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君に寄り添う六日間、世界が消える一日  作者: 鬼子
第九章:境界線

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Episode:10 記憶に刻まれた感覚

 酒場の外には、坊主の略奪者(ハーラッシュ)が血を流しながら立っている。

 金騎士の攻撃を受けて、まだ立っていられる時点で、黒曜級の冒険者なことは素人目にもわかった。


「あぁ……クッソ、いてぇ」


 坊主の略奪者はそう呟いて、両手に握った二本の直剣を握り直した。


「……やめにしないか?」


 坊主の略奪者はそう話す。

 その言葉に、僕とディジーは眉を歪めた。


「なに、言ってるんですか……?」


 僕は、坊主の略奪者を睨み、そう答えた。


「さて、外はどうかなっと」


「こっちは片付いたニャ」


 壊れた酒場の壁をくぐり、シェラとティリアが姿を現す。

 僕の後ろに立って、坊主の略奪者を見つめた。

 こちらは四人、相手は一人。

 それも、負傷している。

 ここから勝つのは難しいと、そう判断するのが当たり前だ。


「だから、やめにしよう。お前らは見逃す。バルドのことも、魔剣も、綺麗さっぱり水に流してやる」


 坊主の略奪者は、薄ら笑いを浮かべ、まるで明日の天気でも話すかのように軽く放ってみせた。


「ここまでして……!」


 僕が話そうとした直後、その言葉を遮るように、坊主の略奪者が話を始めた。


「ここまでしたからだ。酒場は壊れた、仲間も……あぁ、何人死んだ? まぁ、いいや。取り敢えず沢山死んだ。ここでお前らを殺せたとしても、現段階で大赤字だ。これ以上戦う理由がない」


 坊主の略奪者は、淡々と話した。

 このまま戦っても、利益どころか赤字。

 事実を並べ、無駄な刻を過ごすと、彼は確かにそう言ったのだ。


「……なら、なんで始めたんですか」


「勝てると思ったんだ。まさか、こんな強いなんてな」


 坊主の略奪者は自嘲するような笑みを浮かべ、目を細める。

 直後、地面に細かな振動が伝う。


「なんだ?」


 シェラが地面を見て眉を歪めた。

 何かの振動、重いものが近づいてくる。

 そんな音だった。


 ティリアの耳がピコピコ動き、音の正体を探る。


「な、なにか近づいてくるニャ!」


 ティリアの声が響いた瞬間、近くの大通りからそれが現れた。


「荷馬車!」


 現れたのは、大きな荷台を括られた馬だった。

 僕たちがそれに気を取られた瞬間、坊主の略奪者はニヤリと笑う。


「まともに話を聞くなんざ、お前ら甘ぇよ」


 坊主の略奪者はそういうと、荷馬車に向かって走り出した。

 逃走。

 敵前逃亡。

 彼は、ただ投げるためだけに、会話で間を繋いでいた。

 稼がれたのだ。


「やられた!」


 ディジーはそう話し、走り出す。

 それよりも早く突き出たのは、シェラだった。


「逃がすか!」


 シェラは坊主の略奪者に追いつき、大曲剣を振り上げた。

 ここで首を取らなければ、二度と会うことはないかもしれない。

 だからこそ、冷静になるべきだったのだ。


 振るった大曲剣は軸がブレ、あっさりと弾かれてしまう。

 勢いだけの振り抜きは、力が正しく伝わらなかった。

 相手が素人であればよかったかもしれないが、相手は黒曜級。

 軸のない攻撃を捌くのは慣れていただろう。


 金属音が響き、シェラの身体がのけぞる。

 追撃はせず、その隙をついて走り出す。


「早く! 乗ってください!」


 荷馬車を操る人物がそう叫ぶ。

 頭巾の繋がった外套。

 女性の声がしたが、それ以上の情報は得られなかった。


「逃がすな! ディジー!」


 シェラが叫ぶと、ディジーは小さな石ころを掴み、軽く投げた。


「セル・ゴロンの強振の双斧」


 ディジーはそう呟いて、双斧を振る。

 だが……。


 ガチンッ


 金属音が響き、斧が止まった。

 止めたのは、赤黒い短剣。

 それは、ティリアが持つ短剣だった。


「――っな!」


 ディジーは驚き、一歩身を引いた。

 だが、魔剣の能力は止められない。


 フィィィィン


 甲高い音が響き、鈍い音と共に、瓦礫を巻き上げる。

 それは、災害の如く、周囲の地形を抉り取った。


「――ティリア! アンタ、何してんだい!」


 巻き上げられた瓦礫、衝撃によりティリアは地面を跳ねていた。

 ディジーの言葉は、すでにティリアには届いていない。

 

「待って、待って欲しいニャ」


 ティリアはそう呟きながら、地面から起き上がる。

 周囲は荒れ、荷馬車は転倒。

 その中でも、ただ一人、ティリアだけが僕たちを見つめていた。


「何を待っていうんだい!?」


「ルイン! 今追わねぇと、いなくなっちまうぞ!」


 ディジーはティリアに話し、シェラは僕に叫ぶ。

 二人の声が交差した。


「待って欲しいニャ! 荷馬車を引いていたのは、ティーちゃんの、ティーちゃんのお母様だニャ!」


 その言葉に、ディジーの目が見開かれる。

 シェラは、逃げていく坊主の略奪者と、外套を纏った女性を睨んでいた。


「ルイン! どうすんだ、今ならまだ追いつける! 俺様なら、まだ追える!」


 シェラは怒号にも似た声で、僕に叫んだ。

 その瞳は、瞳孔が完全に開き切っていて、怒りと闘争心を抑え込めてはいない。

 

「ルイン! どうする!?」


「待って欲しいニャ! ルイン!」


 二人の声が交差した。

 その時には、すでに略奪者の姿は見えない。


「…………逃げちまった、逃げちまったぞ!」


 シェラは、略奪者が逃げた方角を指差し、叫ぶ。


「ディジー! なんで金騎士を動かさなかったぁ!」


 シェラはディジーの服を掴み、顔を近づけて怒鳴る。


「仕方がないだろう! 戦わなくて済むなら楽なんだ、話を聞いてみる価値はあると、アタシはそう思ったんだよ!」


「なら荷馬車を狙えばよかった!」


「狙っただろう!? ティリアが邪魔をしたんだ! あの小娘がアタシの攻撃を防いだんだ!」


 シェラとディジーの怒号が響き合う。

 それはあまりにも醜く、あまりにも真剣だった。


「ルイン、お前もだ、なんで行かせてくれなかった!? まだ追えた……」


「大事な人が死ぬ景色は、シェラ、あなたが一番知っているはずです!」


 シェラの声を遮り、僕は怒鳴る。

 シェラは眉を歪め、ディジーから手を離し、ゆらりと僕の近くに来て、胸ぐらを掴んだ。


「アーガスの事言ってんのか? でもよ、それとこれとは話が変わるだろうが、あぁ? こっちは善人、あっちは悪人、死んで当然だろうが」


「ティリアは、母親だと言いました」


「あの外套で、指すら見えなかった! 母親かどうかの確証なんてねぇだろうが! ゴミみたいな可能性に縋って、助けられたかもしれねぇ命まで捨てたんだぞ!」


 僕とシェラの言い合いを、ディジーが悔しそうに、ティリアは俯きながらただ聞いていた。


「仲間を救うのが冒険者ってものじゃないんですか!?」


「一般人を最優先に守るのが冒険者だ!」


「身近にいる仲間一人守れないのに、大勢を助けられるわけがないでしょう!?」


 僕との言い合いは、さらに激しくなり、いずれ、ディジーが間に手を入れた。


「衛兵が来る。今は、身を潜めるべきだ。いいね?」


 ディジーが入った事で、僕とシェラは少し落ち着きを取り戻す。

 直後、シェラはティリアに視線を向ける。


「話しは、聞かせてもらうぞ」


 シェラの低い声が響く。

 その声に、ティリアの耳は倒れ、尻尾は垂れ下がる。

 そんな風景を目の当たりに、ディジーは深いため息を漏らして、僕を見つめた。

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