レベル20: 燃ゆる獅子王
舞鬼は、大天使之剣を鋭く、そして深く振り下ろしたが、獅子王には届かず、続く二の太刀、三の太刀も、虚しく空を切った。
「ほぉ、若様と太刀筋が似ているのだ。」
天上でギラつく陽光が、獅子王の美しい立髪に反射する。
舞鬼の額に、汗が滲む。
ついさっきまで足元をうろついていた小さな猫が、みるみる大きくなり、見上げるほどに巨大化するさまを見て驚いたミミーは、転びそうになりながらも、全力で獅子王から離れた。
「こんな魔力...ありえない!」
マップウインドウが表示する獅子王の座標位置は、依然として白帝城のままである。
「あのニャンコが獅子王だったの?!」
魔力計の数値を見たミミーは、悲鳴をあげた。
「この魔力...、そしてこの威圧感...!こいつは、間違いなく獅子王だ!」
舞鬼は、叫ぶように言うと、さらに一歩、前に出て、獅子王との間合いを詰めた。
「こいつと戦ったことがある私が、見間違えるわけがない!」
と、言い終わるより先に、舞鬼は獅子王の喉元に向けて、鋭い突きを入れた。だが、獅子王は、立髪を揺らしながら、これをゆらりとかわした。
ミミーは、半ば放心状態になっており、状況の変化についていけてない。
「ミミー!しっかりしろ!」
今、最も必要なのは、アタッカーである舞鬼を援護するミミーの攻撃魔法である。リドルノートは、混乱状態のミミーに檄を飛ばした。
獅子王が、ミミーの方へと視線を移すと、舞鬼は、自分の方に注意を向けさせようと、再び獅子王に対して切り込もうとした。
だが、その時、獅子王との間に、ハイエルフの少年が割って入った。
牛若丸である。
獅子王とは比べものにならないが、牛若丸からも大きな魔力を感じる。
ーー 完全に魔力を隠蔽するほどの魔法使いだが...。
「君に用はない!そこをどけ!」
「嫌です。」
ーー こうも近ければ、剣士である私に分がある。
「ならば斬る!」
舞鬼は、右手に持つ大天使之剣で鋭い突きを入れると同時に、右腰の魔王之剣を抜きざまに、牛若丸の胴を横一閃に薙ぎ払ったが、いずれもあっさりと、かわされてしまった。
ーー この身のこなし...、ただの魔法使いではない!
獅子王は、舞鬼を一瞥した。
「その舞鬼という女剣士は、かなり手強いのだ。心してかかった方がいいのだ。」
獅子王は、圧倒的な威圧感を放ちながら、のしり、のしりと、リドルノートたちの方へと歩を進めると、山のように立ちはだかり、ミミーたちを見下ろすように、ギロリと睨みつけた。
「この二人は、この俺様が、直々に相手をしてやるのだ。」
獅子王の立髪が逆立った。
「その人たちを殺しちゃダメだよ。」
「殺してはダメなのだ?」
「色々と、聞きたいことがあるんだよ。」
「若様の命令であれば、仕方がないのだ。」
獅子王は、鼻をフンと鳴らすと、ドスンと右足を踏み出した。
「死なない程度に、可愛がってやるのだ。」
獅子王の暴力的な魔力に、リドルノートは圧倒されていた。
「舞鬼のやつ、こんな化け物と戦ったのか?!」
リドルノートは、姿勢を落としてゆっくりと後退したが、逆に獅子王は、胸を張るようにして、大きく前に出た。
「お前たちが、この俺様と戦う資格があるのかを確認するのだ。」
踏ん張るようにして四肢を広げた獅子王は、砂の大地に巨大な鉤爪を食い込ませると、威圧的な白い牙を覗かせる口を大きく広げて、腹の底から全てを吐き出すような雄叫びを上げた。
地響きとともに、烈風のような衝撃波が、リドルノートたちを襲った。
幾重にも張り巡らされたマジックウォールは、津波のような咆哮によって、すべて押し流されてしまった。
咆哮の波に飲み込まれたリドルノートは、全身を打ち付けられたような強い痛みを感じたが、マジックウォールが、破壊されながらも咆哮の威力を軽減してくれたおかげで、なんとか意識を保つことができた。しかし、心の奥底から溢れ出るような、耐え難い恐怖によって、今すぐにでも、この場から逃げ出したいという衝動に駆られた。
ミミーに至っては、額を地面につけてうずくまり、両腕を抱えて震えている。そして、その瞳は大粒の涙で溢れ、激しく嗚咽している。かろうじて意識はあるようだが、舞鬼やリドルノートの呼びかけに対して、まったく反応がない。
パーティーにおいて、魔法使いの援護を失うことは、全滅につながりかねない、極めて深刻な状況である。
エルフ族は、精神系の魔法に対する強い耐性があると言われている。しかも、ミミーは、数多の戦場で経験を積んできた大魔導士である。にもかかわらず、たった一度の咆哮で戦闘不能に陥ってしまうなど、誰が予想できただろうか。
今も舞鬼は、必死に剣を振い続けている。
舞鬼は、レベル100を超える高ランカーの戦士であるため、ミミーやリドルノートほど、咆哮の影響を受けてはいない。だが、それでも明らかに、剣の動きが鈍っているのは、誰の目にも明らかだった。
「普通はこうなるのだ。何も影響を受けない若様が、異常なのだ。」
獅子王は、得意げにフフンと鼻を鳴らした。
マジックウォールの連続使用で残存魔力が僅かになっていたリドルノートは、魔力回復薬である『レッドポーション』を右腰のポシェットから取り出して、一気に飲み干した。
「...獅子王の...咆哮には...強力な精神系...の魔力が...付与されているようだな...。」
魔力を回復させたリドルノートは、気力を振り絞って、高らかに精霊級魔法『勇者讃歌』を歌い始めた。この『歌う』という行為は、勇者讃歌の詠唱に当たるが、単なる詠唱と異なるのは、その歌声自体に、心から恐怖や不安を振り払い、勇気を奮い立たせる効果があるという点にある。つまり、展開までに多くの時間を要する高位魔法でありながら、即効性があるのだ。そして、その効果は、本人を含めたパーティ全体に及ぶという広範囲性も有している。
だが、良いことばかりではない。
他の精霊級魔法に比べて、極端に消費魔力が大きいのだ。
そのため、この魔法を行使するには、最低でも、リドルノートのような高位の神官でなければならない。
リドルノートの力強い歌声が、小さなオアシスに響き渡る。
リドルノートが天上之神笏を頭上に掲げると、辺りが淡い光で包まれた。
勇者讃歌が完成したのだ。
リドルノートは、じわりと心の芯が熱くなるのを感じた。舞鬼も、キレのある、いつもの動きを取り戻していた。
「...リドルの...おかげで...なんとか...動けるようになったよ...。」
ミミーは、右手に握る火龍之王笏を杖にして体を支え、左手で涙を拭いながら立ち上がった。
「爆炎黒竜波をぶちかましてやるんだから!」
ミミーは、獅子王を睨みつけた。
「女の子を泣かすヤツは、許さないんだから!」
そう言うと、ミミーは、火龍之王笏を思いっきり握り締めて、長大な魔法詠唱を始めた。
「古の竜族にして、炎を司る偉大なる竜王よ...。」
爆炎黒竜波とは、精霊級の火炎系魔法である。破壊力は抜群であるが、詠唱時間が長く、消費魔力も大きい。しかも、火龍之王笏を使って展開させれば、その効果は倍増するが、その分、魔力消費量が跳ね上がってしまう。
「ほぉ、俺の咆哮に耐えているのだ。俺様と戦う資格は、あるようなのだ。」
ミミーの詠唱は続く。
これまでリドルノートは、レッドポーションを使って魔力を回復させながら、数えきれないほどのマジックウォールを展開していた。そして、獅子王の咆哮によってマジックウォールが破壊されると、高位魔法である勇者讃歌を使った。
魔力に余裕がなくなっていたリドルノートは、再びレッドポーションを使って魔力を回復させた。
最後のレッドポーションだった。
もう後がないリドルノートにとって、残った魔力を温存したい状況であった。
しかし、獅子王に対して、確実にダメージを与えるためには、勇者讃歌の効果だけでは足りなかった。更に、ミミーが得意な火炎系魔法を底上げする必要があった。
「ミミー!お前の一撃に賭けたからな!」
天上之神笏をミミーの方へと向けると、最後の魔力を振り絞るように、『バイファイア』を無詠唱で展開した。この魔法は、火炎系の攻撃魔法を強化する上級魔法である。
そんなリドルノートを横目に、ミミーは、火龍之王笏に意識を集中している。全身に魔力がみなぎり、練り上げた魔力が、杖の先まで循環していくのがわかった。
リドルノートは、その場で尻をついて、ぐったりと座り込んだ。まだ魔力には余裕があったが、魔法の連続使用で、身体的な疲労がピークに達したのだ。
「ミミー!あとはお前に任せた!」
この時、火龍之王笏の先端が強い光を放ち始めた。
「炎を司る竜王よ!その灼熱の息吹で大地を焼き尽したまえ!」
ミミーは、火龍之王笏を天高く突き上げた。すると、眩い閃光と激しい爆音とともに、目の前に巨大な火柱が立ち上り、獅子王を飲み込んだ。
それは、地獄の業火に炙られているような、凄まじい光景であった。




