第7話: 白と雪
ツバキさんが戻ってきて、黒豆茶とケーキを頂いた。
ツバキさんはザッハトルテ、アオウメさんはシュークリーム、私はショートケーキ。
「ざっは…とるて…。アタシ、ちょこ初めてなの!美味しそうねえ!見た目もツヤツヤでキレイだわ!」
「そうなんですね。私は元の世界ではよく食べてましたよ、チョコ」
「そうなの?ユリちゃんの元の世界はハイカラなのね」
「ユリ様の元の世界は、だいぶこちらと違うようですね」
ツバキさんがキラキラした目でザッハトルテを見つめる。艶やかな黒いザッハトルテは、どこかツバキさんの雰囲気にもよく似合っていた。この世界は明治〜大正ロマンのような和風の異世界だ。着物のような和装や、女性スタイルの人、洋装でも軍服のようなものが多いらしい。そういえばクチナシさんも、異国の方だけど袴のようなズボンだった。
「私の世界では着物は滅多に着ませんでしたね。好きな人や職業によってはよく着ている人もいましたけど、私はもっぱら洋服ばかりで…。着物を自分で着れる人も少なかったかと」
「え!?ユリ様、着物の着付けができないのですか?てっきりその…和装が苦手なのかと」
こちらに来てから用意されてた服は着物も洋服もあったが、私は洋服しか着ていなかった。それは着物に慣れていないのと、着付けができないからだ。
「そうだ、そっちで流行ってたお洋服やドレス教えてちょうだい?ユリちゃんの世界のこと知りたいわぁ」
「は、流行り…ですか…?私あまり詳しくないんですけど…。ドレスとかもハリウッドセレブとかが着てるイメージしか…」
「いいのよぉ!どんなお話でも教えてちょうだい!」
ケーキとお茶を楽しみながら、いくつか思い出せるものやこちらでは珍しそうなファッションの話をしているとツバキさんは、はぁ〜〜〜!と大きなため息をついた。
「うらやましいわぁ!個性が許される世界なのねぇ!こっちでは服そのものはある意味ではバリエーションあるけど…なんというか、個性を出すと変な目で見られるのよねぇ」
「どういうことですか?」
「そっちは人間しかいないでしょう?でもこっちには異形が多いからね…例えばスーツ」
仕立て途中のスーツをツバキさんが指さす。
「例えばクチナシなら腕が6本あるしあの体格でしょう?普通の型紙なんか使えないわ。それにモミジみたいな獣神系や獣系なら尻尾のために穴やファスナーをつけたりもするし。それにユリちゃんの言ってる……Tシャツやパーカー?みたいな頭から被る服はリンドウみたいに角のある種族は穴を開けずに着るのは中々難しいかもね」
「あ…なるほど、確かに」
普段の皆さんの服装を思い出す。クチナシさんはシャツに着物、袴で襷掛けをよくしている。異国の方なのに和装なのは、洋装よりも多少調整がきくかららしい。
アオウメさんも同じような書生スタイルか、いかにもの忍び装束、そして絶対にマフラーで口元を隠している。
モミジさんはスーツ、リンドウさんは着物。そしてツバキさんは。
「アタシみたいに女物の着物を大きく作って男風に着崩してるのはだいぶ変な目で見られるし、からかわれるのよ。今は仕事着だから動きやすさ優先だけどねぇ」
「そうなんですか…?」
少し赤い顔で声が大きくなってきた。何か嫌なことでも思い出したのだろうか。
「そうよぉ!アタシが女郎蜘蛛じゃなかったらもっと言われてたわよぉ!」
「ひいっ!!」
にょきっ。ツバキさんの背中から大きな蜘蛛足が飛び出してきた。目の上の赤いラインストーンが大きくなりギョロッとこちらを見る。あれ、目立ったのか。牙も長くなっている。背中の蜘蛛足は服を突き破ったわけではなく、背中に隠れていたスリットから出てきた。これも専用の服なのだろうか。
蜘蛛足に怯えて後ずさるとアオウメさんが間に入ってくれた。
「ツバキ様!ユリ様の前で真の姿を晒すのはおやめください!」
「えっ……?あ、あら?ごめんなさい足出てた?やだ、なんか感情的になっちゃって…」
「……?」
ツバキさんが慌てて元の姿に戻る。ツバキさんの顔は赤くてどこか遠くを見て…。
……そこで私はようやく気付いた。
ツバキさんのお皿のザッハトルテは、もう綺麗になくなっている。
ザッハトルテ。
チョコレートケーキ。
チョコには、カフェインが含まれている。
「あれ……ツバキさん、カフェインだめって……」
「そうよぉ、アタシカフェイン摂ると酔っちゃうのよぉ、蜘蛛だから…もうカフェイン摂るとまともに編むことも…」
「!ごめんなさい…チョコってカフェインはいってるんです…!すっかり忘れてた…!」
「え?ちょこにですか?」
驚いたようにアオウメさんが言う。ツバキさんはチョコが初めてだと言っていたし、アオウメさんもあまり洋菓子に詳しそうでは無かった。私が気付くべきだった。私のショートケーキと交換していれば。
「ごめんなさいツバキさん……私気づくの遅くて…」
「え〜〜…?ちょこってカフェイン入ってたのぉ?いいのよぉユリちゃん。こうやって酔うだけなのよぉ。謝らないで?ユリちゃん悪くないんだからぁ。アタシこそ怖い顔してごめんねぇ」
「僕もちょこについては知らず…下準備すべきでしたね」
「いいのよぉ〜。あー…今日はもう駄目ねぇ、店仕舞いするわぁ」
「え、そんな…ごめんなさい…」
頭を下げる私にツバキさんはじ…と目線を合わせた。
「ユリちゃん」
ツバキさんの真っ赤な目と目が合ってびく、としてしまう。
「謝らないで。それクセなの?謝られるとこっちが悪いことした気分になるわ」
「え…そんな…ごめ、」
「はいストップ」
口に長い人差し指を当てられる。女性的で爪の先まで整えられているのに、確かに男の人の手。
「謝らないで。アンタなんにも悪くないんだから。折角可愛いんだから、そんな顔しないで可愛い顔でいて?」
「可愛い…?」
「そうよ。……ふふ、そういう顔のほうが似合うわ」
そう言うとツバキさんはふにゃりと笑った。 普段より少しだけ力の抜けた笑顔は、どこか幼く見えた。
×××
アオウメとユリを帰らせ、ソファに座る。久しぶりに酔った感覚にぼんやりとする。
「あ〜〜〜………」
人差し指を見る。まだ、感触が残ってる。
「唇…柔らかかったわね…」
小蜘蛛たちが毛布と水を持ってくる。毛布を抱きしめ、店の奥にある作りかけのドレスを見る。
「…やっぱりあの娘には白が似合うわね。雪のような真っ白。…レースはもっと…そうね、透け感のある素材も良いかも…」
ユリのためのウエディングドレス。真っ白なドレス。あの娘には洋装が似合う。まだ作りかけのそれを見ているとアイディアが浮かんでは消える。
「……また怖がらせちゃったわね」
真の姿を見せた時、あの子は怖がっていた。そうだ、こちらでも怖がる女性は多い。
「いつか本当のアタシも受け入れてもらえたらいいなぁ…」
そう呟いて目を閉じた。




