第6話: 赤と蜘蛛
ツバキさんのお店は想像より大きかった。ショーウインドウには男性向けのスーツや袴、着物がたくさん。もう一つの小さなショーウインドウに、豪奢な女性用のドレスと着物が一着ずつ。需要と供給が見て取れた気がした。
「…大きい、んですね?」
「ええ、このあたりでは一番の仕立て屋ですからね。和裁も洋裁もこなしますので、貴族の中では人気ですよ。」
それに、とアオウメさんが続ける。
「女性ものの服を仕立てられる方は少ないんです。男性とはかなり形がかわるでしょう?それに貴族となると服はオーダーメイドが主流ですし、忙しい方なんです」
「そ、うなんですか…?じゃあ、お邪魔じゃ…」
「いえ、いつでも来るようにと言っていました。店にはいつも彼一人ですからね」
「一人でこんなお店を!?」
「ええ。それに今ユリ様が着てる服もツバキ様の作ったものですよ」
慌てて自分を見下ろす。水色のワンピース。とても丁寧な作りで、たしかに私の体つきにぴったり合ってる。でも採寸なんてされた記憶はない。
そんな困惑を読み取ったように「目測で時間もなかったから本当のぴったりにできなかったし、本当はもっと装飾もつけたかった…と言っていましたよ」とアオウメさんが笑った。いや、シンプルな方が私としては着やすいですしこれ以上ぴったりって……?
アオウメさんがコンコンコン、と3回のノック。そして「ツバキ様ー、ユリ様を連れてきました」と声をかけた。途端に店の中からバタバタという音と声。
「ごめんなさーい!少し待ってくださるー!!?」
そして少しすると、ドアが開いた。店の奥から長身のツバキさんがぬ、と出てくる。長く艷やかな黒髪を何本もの簪でまとめ上げ、両目の上に3つずつ並んだ真っ赤なラインストーンがいつもよりはっきり見える。服もおしゃれながら動きやすそうなもの。普段屋敷で見るときとは違う、お仕事中のツバキさんだった。
「ごめんなさいね、店の前で待たせちゃって。ユリ、来てくれて嬉しいわ。……あぁ、その簪、ワンピースに似合ってる。とてもかわいいわ」
「えと…あ、ありがとうございます。突然お店に来ちゃってすみません…」
「いいのよ、ユリならいつでも大歓迎。アオウメも、ユリを連れてきてくれてありがとう。さぁ、いらっしゃいアタシの城へ」
店のなかにはたくさんのマネキンやトルソーと服。完成したもの、作りかけのもの。壁には布や毛糸、ボタンやリボンなど。圧巻だった。
「すごい…」
現代日本で量販店の服しか買ったことのない私にとっては、初めて見る世界だった。こんなに大きな店を一人で回してるなんてすごい以外の言葉が私には見つからない。
「こんなにたくさん…一人じゃ大変じゃ…?」
そう尋ねるとツバキさんが肩を跳ねさせた。
「……大丈夫なのよ、アタシは。お仕事ダイスキだもの♡」
「そうなんですね…そんなにお仕事に熱中できるなんてすごいです」
私は仕事にそこまでの感情が無かったし、そんなに熱中は出来なかったので少し羨ましく感じた。尊敬の念を込めて見上げると少し強張ったツバキさんの表情。まずいことを言ってしまったのかと気になったけれど、突っ込んで聞く勇気はなかった。すぐに表情が戻り、にっこりと笑いかけてくれる。
「ふふ、どうやって服を作っているかは企業秘密よ。」
アオウメさんがそうだ、と思い出したようにケーキの箱を差し出す。
「…ツバキ様、こちら手土産のお菓子です。」
「あら!それって大通りに新しくできた洋菓子店の?ありがとう、今お茶を淹れるわ!」
奥に向かおうとしたツバキさんがぴたりと立ち止まる。
「…あー、ごめんなさい。黒豆茶とハーブティーとルイボスティーしか無いのよ。何がいいかしら?」
「え、黒豆茶ですか?」
「そう。アタシ、カフェイン駄目な体質なの。もしかしてコーヒーとかのが好きだったかしら?」
「いえ…せっかくなので飲んでみたいです」
そう言うとツバキさんは喜んでお茶を淹れに行ってくれたが、手伝いを申し出ると「絶対駄目!」と言われてしまった。本当にこの世界では女を動かしたがらないようだ。
×××
「……いい?アンタたち。絶対出てきちゃ駄目よ?ユリは虫が苦手なの。怖がらせちゃうからね」
奥で小蜘蛛たちに囁く。糸やボタンを持ったままの子もいる。急に奥に隠れさせたから、小蜘蛛たちも驚いているようだった。びっしりと小さな蜘蛛が店の奥に集まってる様をユリが見たらきっと悲鳴どころではないだろう。あの日の雪山でのように気絶してしまうかもしれない。
この小蜘蛛たちはアタシの手足だ。縫い針を運び、糸を張り、布を作り、縫製して、レースを編み、飾りを縫い付ける。長年一緒に仕事をしてきた、大切な相棒たち。一人でこんなに大きな店を回せるなんて、とユリが感心してくれたが、実際は小蜘蛛たちを使役して縫製やレース編み、飾り付けなどを手伝わせている。アタシ一人じゃない。もちろん背中から生やせる8本足もフル稼働させている。
アオウメが声を店の外からかけてくれたのは、蜘蛛だらけの店内とアタシの真の姿を見せないようにするためだろう。本当に気の遣える男だった。ユリのためとはいえ。
「……蜘蛛キライな女の子って、多いものね。」
一匹の小蜘蛛を指に乗せる。アタシの両目の上にあるストーンのように輝く6つの赤い目。隠しきれない蜘蛛の本性。
「……殆ど無理やりだったけど、結婚できただけ幸いよ、アタシ」
黒豆茶と皿とフォークを用意してユリたちの元へ戻った。




