第五-異譚 マ族とはとかく、人と相対する種族でして。
いきなり他者視点始まって申し訳ないです。
クラリティ…..マ王の娘。圧倒的に人望がない。
ケイオス……人間とアバッズレ(サキュバス)の混血。社会的に支配下にある相手を実際に洗脳できる。
ハム……この物語の主人公。生まれと頭と性格が悪く、顔は良い。
レオンハルト……ユウシャ。マ王はすでに討伐しており、ハーレムの女たちと暮らしている。
**吐息が白くなる。薄い待機には毒素が含まれ、草木一本たりとも生えてはおらぬ。人類限界点を遥かに超過した山頂。聳えるは魔族の巣窟にして心臓!人類の仇敵たる魔王城である!
魔族とは自身の生存ではなく、人類の根絶を種の命題とする、まさに生まれながらの天敵!自己愛より他者破壊を優先する様はまさに、”魔”!!!
されど圧倒的な力を持つ魔王が倒れた今、魔族はまさに絶滅の危機である!*
「___というのは、どうでも良い。私が言うのも何だが、マ族というのは滅ぶべくして滅ぶのだ。」
躊躇なく、公の場で断ずる。名目は「マ族復興のための首脳者会議」であるにも関わらず。
玉座におわすはマ王の娘にして名代、クラリティ。見かけは小娘といえども侮るべからず。王が死んだ今、唯一の『魔王種』であり、魔界において最も高いパラメータの持ち主。大の男の軍団があれども、執事が茶器を傾ける合間に鏖殺されるであろう。
それほどまでに隔絶された、極上の種!
自らの父を失ったばかりだというのに、気勢にいささかの怯みも感じられない。冷徹な瞳で謁見の間に集まった有力魔族たちを見下していた。
「問題は何を残すかということ。その為には貴様らの命など、次のマ王までの繋ぎでしかない。私もまた強者に捧げる王冠であり、種を肥やす大地に過ぎん。」
歪な哲学を首肯するように、壁に埋め込まれた女騎士が大きく痙攣した。騎士の両手は壁に、足は天井から吊るされて丁度Vの字に開脚させられている。何より目を引くのは、すべての口をジュエルスライムの巣窟にされていることだった。愛玩のために、見せしめのために、憎むべきマ物の苗床として生かされ続けるインテリアと貸している。
それが壁一面にプロフィールと共に並んでいるのだから、死んだマ王の冷酷さが推して知れるようだ。
それまで冷然としていたクラリティが突如として立ち上がり、夕暮れを背景に力強く演説を始める。
「私が言いたいのは、なぜ諸君らは本気で戦ってこなかったのか……そういうことだ!諸君に最後のチャンスを与えたい!我々の偉大なる使命のため、己の!家族の!隣人の心臓を捧げる覚悟があれば、我らは再びユウシャを屠る爆撃となろう!」
素人目に見ても心を震わせる演説!フレーズ、立ち姿、抑揚、そして、演説者は眩いばかりの美女!父を失ってなお気高く立つというバックボーンも十分!全てが一流のオペラのように噛み合っている。
……誤算があったとすれば、もはや部下の関心は演説一つで取り戻せる域になかったことでしょう。
「魔族のものどもよ!誇り高く血を震わせよ!今こそ我、新しき魔王の元に集え!憎き人類根絶、そのために!」
広大な謁見の間に、張りのいい声が……しかし寂しく響きます。
劇的なフィナーレにも関わらず、拍手はまばら。というか一名だけ。眼下に在る数十の配下は誰も一人として俯いたまま。事前に仕込んでいたサクラすら反応していない。
大成功するはずだった演説。しかし一言で言えばこれまでの所業がそれを許さなかった。
見よ、壁に据えられた残酷なインテリアを!
苗床と化しているのは人間だけではなかった。役立たずと判断されたマ族たちまで、四肢を壁に埋め込まれ、宝石マ物の苗床にされている。各部族の英雄と呼ばれたものが、下品にあえぐ知性のない孕み袋として晒されている。
今まで不満が形にならなかったのは前マ王の圧倒的な支配・実力によるものだった!
配下の心情を汲み取れぬ王に応える様、一人のマ族が進み出た。剛直な体躯、胸にあつらえた勲章。『獅子王』と恐れられた獣人の豪傑だった。
「陛下。われわれはモノではありません。子や家族と同様にです。」
「知っている!だから何だ?」
魔族の血は人類を憎んでいる。しかし、ただひたすらに人類の殲滅を願っているのは純粋な魔族、魔王種であるクラリティだけ。現地の生物と交配し、その血が薄まった獣人やアバッズレといった中位魔族は憎しみより愛を優先する生き物だ。
そして、その心は王に届かない。
「ならば、最早陛下には従えません。」
その拳は硬く握られ、青筋がいくつも浮いている。はちきれんばかりの膂力、敏捷力!彼にかかれば、玉座を両断するまで一秒とかからないだろう。___だからなんだ、という話でもありますが。
「私に弓引くか。今、瞬きした間に三回は殺せたがな。」
王は微塵も狼狽えない。マ王に劣るといえども、その暴力は圧倒的という他ない。これまで通り力による専制支配を続けられると考えていた。
「ええ、力で陛下に勝てるものなど居るはずもございません。それこそユウシャのみ。されど、これ以上人類と戦争をするつもりもない。」
獣人ははどっかと座した。他のマ族もそれに続く。
「魔族一同、陛下と争う気はありません。されど従う気もありません。玉座を明け渡し、城を出られなされ。さもなければ我ら一同自害します。」
他のマ族も同様に、クラリティを固く、冷たい目線で見ていた。どうやら叛意は決定的なようだ。砂上の王はため息を吐いて足を組む。このまま血を流して統治を続けられるか。それとも他のものに魔界の統治権を渡すべきか。
どちらの方が効率的に人類を殲滅できるか。
傍にいた従者に問いかけた。唯一と言っていいクラリティの支持者だ。
「なーケイオス。どうすればいいと思う、これ?」
「ご随意に。この不忠者を粛清するも、あるいは…」
△
結果。クラリティは一人残った従者を連れて荒野を歩いていた。
「玉座を明け渡して良かったのですか?」
「うん。ああも決意を固くされてはな。最適解を突き詰めたつもりだったが。」
「……あなたは、そうでしょうとも。」
家族が、愛が、理解できない。そんな在り方は決定的に破綻している。魔王の力あって成立する特異点だ。
クラリティは喪に服すこともなく、その姿はマ王が死んだ日から何一つ変わらない。乳白色の肌に深い翠の衣を纏い、つま先からツノの上まで眩しいばかりに磨き上げられている。顔のパーツ一つ一つ、スタイル、何処を見ても全く減点ができない。人というより、宝石。マ王の栄華を支える無謬の生産機。それが自他ともに認めるクラリティという存在だった。
政治にもとんと興味がなく、殺戮本能のままに振る舞った結果付き従うのはただ一人。
鋭い目つきに、季節感のない厚着をした半マ族の少年___ケイオス。アバッズレと人間の混血で、生まれてすぐ縊られるところをクラリティが拾ったのだ。『無駄遣いは許せぬ』として。恩に着せるつもりはなかったが、それ以降ケイオスはまるで耳のある道具のように、まさしく滅私奉公で仕えている。そして彼がその生き方を疑ったことは一度もない。
今だって彼の手は赤く汚れ、その足跡には赤黒いものが山と並んでいる。主人の目に入らぬよう、追っていたものたちを粛清した後だ。
荒野の二人を護衛するように、下級の……しかし大型の魔物たちが群れをなしている。
『ランドクローラー』『無知性巨人』……etcetc,
トップクラスの戦士ですら苦戦する魔物とも。それらを最も簡単に従えているのはケイオスの『支配魔術』によるものだ。形式的・社会的に支配下にあるものを実際に洗脳、三回命令をすることができる。普通は部下の統率くらいにしか使えない。
それでも、肉弾に優れ知能の弱い大型魔物たちに使えばこの通り。歩く要塞の完成だ。
魔物軍団の地響きは地平線に消えつつある魔王城にさえ届いた。主人を砂煙から保護すべく、コートを掛ける。
「中々に便利だな、お前の支配術も。形式的にも支配下にあるものは洗脳できるんだったか。」
「この数、そう長く持ちませんが。貴方様の威光あってこそのくだらない術ですよ。」
「くだらない、か。私はそうは思わない。」
コートを掛けた従者の手を取り、しばし見つめ合う。直に触れるとわかる、クラリティの存在の濃度。目の前にある柔肌ですら、自分のような木端は傷つけることは叶わないだろう。
なのに……ああ。この君は従者への好意を伝えることに躊躇いがない。私は、ただ愚直な道具であろうとしているのに。
「いい術だ。」
ああ、気高い君。これでは邪な思いが芽生えてしまう。......おっと、魔物たちの支配を切らさないように。
「……光栄です。して、これからどうなさいます?裏切り者たちを粛清して回りますか?」
「辞めておこう。あそこまで敵意を固められては頭目をもいだところで懐柔できぬだろう。私は疲れた。それより飯を支度せよ。」
「先ほどのまんてん栄養バーが最後の食料です。」
「……む……。では寝るぞ。」
「家はございません。」
しばし、間隙があった。
「うむ。では、やっと役目を果たせるぞ!魔王界にアプローチをするのは無駄そうだからな。勇者に特攻する!」
「………………。」
「おい?」
「かしこまりました。七日前の報告ですが、ユウシャの現在位置は把握しております。」
改めて、彼女の思考回路は理解ができないと思う。食欲、睡眠欲が満たされない。じゃあ死のう。自分たちの命を消費しよう。……やはり、理解できない。このまま二人で誰も目立たないところで雌伏の時を待つ。それでもいいではないか。
きっと、彼女の中には深淵なる考えがあるのだろう。愚かな半魔には触れることも許されないほどの。
「では、あれに乗って参りましょう。『キャプチャー』。」
尖った爪先から桃色の糸が伸びる。逃げようとするファルコンの耳から脳内に潜入すると、たちまちのうちに神経を縛り、意識を共有して支配下に収める。馬2頭ほどもあるファルコンが慎重に二人の近くに降り立ち、首を下げる。クラリティが一番羽毛の濃いプレミアムシートに胡座をかいた。
「冷えますから、これでよければ。」
「くるしうない。」
自分のコートを破いて即席のマフラーを作り、主人の首に巻く。手慣れたものだ。そして手綱をかけ、ファルコンの腹を蹴って空高く飛び立つ。その間際、下級魔物たちに魔王城を轢き潰すよう命令を送っておく。ちょっとした嫌がらせだ。
ケイオスは主人の前に座り、凍てつく風を代わりに受ける。コートの中、背中に主人が潜り込んでくるのを感じる。
(……勘違いするな。クラリティ様はこれが最適解だからこうしているだけだ。)
「お寒くないですか?」
「うむ。」
飛ぶことに集中せよ。ファルコンの移動力は世界有数。飛び立って間もなく景色は流線型に溶け、加えてすべての地形を無視して移動できるようになる。
「この分なら明日にはユウシャのいる地域にたどり着けるかと。」
「うむ。」
クラリティは勝つことをハナから放棄しているようで、コートの毛玉をいじっていた。昔飼っていたマネコの匂いがするらしい。
二人は特に話題なく空を翔ける。
「何か気の利いたことを話せ!」
「はぁ。では……頑張ってユウシャを倒しましょう。」
「無理だ!戦力を削るぞ!」
「そうですか。これから特攻する身の上としては倒すぐらいの気持ちで臨みたいところですが。」
「無理なものは無理だ!」
「そこに自信持たなくていいですよ?というか何故ですか?」
クラリティは決戦の際に見たユウシャのことを思い出す。事前に何度もシュミレーションした。戦力的には勝っているはずだった。しかし、それ以上に『天が味方している』としか思えない強さだった。
直接戦闘では偶発的な要因によって肝心な攻撃は外してしまうし、代わりにあちらの攻撃は必ずクリティカルヒットする。
集団戦を挑めば裏切りと事故のオンパレード。
逆転に次ぐ逆転に次ぐ逆転を経て、マ王は討伐された。
文献を紐解けばこういう手合いはたまに出てくる。『神に愛された』としか表現できないものが。
「英雄にままある。戦闘に持ち込んだ時点で無理なタイプだな。エネルギーをどれだけ積み上げても勝てん。」
「『戦闘に持ち込めば』?奇襲で仕留めればあるいは、ということですか?」
「戦闘という文脈に触れた時点で無理だろうな。……痴話喧嘩でもして自滅してくれないかしら?」
「自滅、ですか。」
どうでもいい願望のはずのその言葉がやけに引っかかった。混乱を誘い、無益な血を流させる。……半アバッズレであるケイオスにとってはそちらが本領だ。
「状態異常系が通じればな〜。でも全状態異常抵抗されるから無理だ。」
しばし時をおいて、ケイオスは振り返った。背後にある愛しの姫君をじっと見る。最期だとわかっているからだろうか。彼女の望みを叶えるだけではなくて、プラスワンがしたいと思った。
城を落とす時、わざわざ城主の鍵を盗む必要はないのだ。衛兵を一人追い詰めればそれでいい。
「……なんだ照れくさい。お前のように弱いと交配できんぞ?」
_____守りたい、彼女を。
「考えがあります。うまくいけば、ユウシャを完封できるかもしれません。」
第五話で何話投稿してるのって話ですね。キリのいいところまで完成させたつもりだったけどいざ投稿しようとなると改稿に次ぐ改稿で全く進みません。
こんな感じですがよろしくお願いいたします。