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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第8章
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第96話 ダラヤ領スカサハ地方エッジ

 アークティク・ターン号はミレージュ駅を出た後、次の停車駅があるエッジという街に向かって走り続け、ダラヤ領スカサハ地方のエッジに到着した。

 道中、何事も無かったことに、オレとライラは感謝していた。

 これまで次の街に到着するまでの間に、必ず何かしらのトラブルが起きることが日常だったからだ。




 アークティク・ターン号が停車すると、オレたちは列車から降りた。

 そのまま改札を抜け、駅を出る。


「エッジは、刀剣類の製作で有名な街なんだ」


 オレはライラに云う。

 エッジのことについては、孤児院で学んでいた。4つの大陸のほぼ全ての街に詰所を置いている騎士団。騎士団に所属する騎士が持つサーベルを始めとした刀剣は、そのほとんどがここエッジで生産されているのだ。


「へぇ、あの騎士が持っている剣が全部!?」

「全部ってわけじゃないと思うけど、8~9割はここで生産されているんじゃないかな。街中が刀工房だらけなんだってさ」

「あぁ、そういうことね……」


 ライラが、周囲を見回す。


「どおりでこの街、男の人ばっかりだと思ったわ」


 ライラの云う通り、エッジは男性の比率が高い。

 先程から目の前の通りを歩いているのも、男ばかりだ。ライラは先ほどから通りかかる男に視線を何度も向けられていた。ライラだけでなく、アークティク・ターン号から降りてきた女性客はほぼ全員、エッジの男たちに舐めるように見られていた。


「おぉっ!? なんと美しいっ!」


 突然、1人の少年がそう叫んで、ライラに近づいてきた。

 少年は刀鍛冶見習いらしく、鉄粉などで汚れた革製のエプロンを身につけ、帽子を被っている。


「是非、お茶しましょう!」


 少年の言葉に、オレは怒りをあらわにする。


「おいっ、ライラはオレの妻だ! ナンパしてんじゃねぇ!」

「えっ、旦那さんが!?」


 オレの言葉に、少年は目を丸くしている。

 すると、1人の中年男がやってきた。


「コラ! またナンパしてんのか……おぉっ!?」


 最初は叱りながらやってきた男だが、ライラを見て目の色を変えた。

 この男は刀鍛冶らしく、革製のエプロンに、ハンマーなど刀鍛冶が使う仕事道具を入れていた。


「お、お茶しましょうぜ! 可愛い獣人の娘さん!!」


 ライラとオレは、怒りを通り越して呆れていた。

 エッジの男は、どんだけ女性に飢えているのか。


「あんたら、似た者同士だな」

「あの……わたし、ビートくんの奥さんなので」


 ライラは首元の婚姻のネックレスを指して云う。オレも、自分の首元を指し示した。

 婚姻のネックレスは、お互いが結婚していることを示す。

 そこでやっと、オレたちが夫婦であることに気づいたらしい。


「な、なんてことだ……」


 男は落ち込んだが、すぐに先ほどまでの事を思い出したらしく、首を振った。

 そして少年の頭を下げると、自分の頭も下げた。


「お、俺とオレの弟子がご迷惑をお掛けしました! すいません!!」




 中年男はゴンザレスと名乗り、弟子の少年はパンチョと名乗った。

 迷惑を掛けたお詫びにと、エッジを案内してくれることになった。最初は警戒していたが、ゴンザレスとパンチョは人情に篤い男だった。

 街を歩いている途中、すれ違うのは男ばかりだ。


「どうしてこの街は、女性の数が少ないんですか?」


 ライラが訊くと、ゴンザレスが答えた。


「話すと長くなります。よろしければ、食事をしながらでも……」


 ゴンザレスはそう云いながら、ライラの身体のラインを目でなぞっていた。

 ライラがすぐに気づいたらしく、困った顔をしながら手で隠すようなしぐさをする。


 オレはそれに気づき、ゴンザレスに視線を向けた。


「おい」

「ひっ、すいません!」


 オレが低い声で云うと、ゴンザレスはすぐに謝った。

 見た目の割に、肝っ玉は小さいのかもしれないなと、オレは思った。




 ゴンザレスたちに連れられてやってきたのは、大衆食堂だった。

 ちょうど昼時になったこともあり、食堂の中は昼飯を食べに来た職人たちで溢れていた。

 そこでオレとライラは、初めてエッジの女性を見た。女性はほとんどが、給仕と調理場で食事を作っている。そしてもれなく全員が、中年の太った女性ばかりで、若い人は1人もいない。

 オレたちはゴンザレスたちと向かい合う形で座り、職人たちが食べている者と同じメニューを注文した。しばらくして運ばれてきた料理は、職人や肉体労働者向けに作られた味が濃い揚げ物の入った定食だった。それを見たライラが、少し不安げな表情を見せた。きっと、カロリーを気にしているのだろう。


(大丈夫。もし食べきれそうに無かったら、オレが食べるから)

(ありがとう、ビートくん)


 オレが目で合図すると、ライラはそう返した。

 こうして、オレたちは食事を始める。


「それにしても、本当に女性が少ないですね」

「そうなんですよ。元々、エッジは刀剣類の工房が集まってできた街なんです」


 ゴンザレスが、食事をしながら説明してくれる。


「そうした成り立ちから、元来職人が多い街でした。それに、刀剣類の作製は、基本的に危険で重労働なんです。重い鉄を高温で熱して、ハンマーで打って形を整えたり、型に溶かした金属を流し込んで作ったりします。なので、力のある男手が求められてきました。女性の仕事といえば、食堂や飲み屋ぐらいしかなく、あまり女手は必要とされてきませんでした。それで、今でも女性の数が少ないんです」

「なるほど。それで男はみんな、女性に飢えているわけか……」


 オレはエッジの駅を出た直後、ライラや他の女性客が視線を浴びていたことを思い出す。ゴンザレスとパンチョも、ライラをナンパしてきた。あれは女性との接点が少なすぎたがゆえに、起きた出来事だったのだ。

 やっと、理解できた。

 だからといって、ライラをナンパするのはダメだが。


「そういうわけでして、男たちの楽しみといえば、ナンパするか娼館に行くか……おっと失礼!」


 ゴンザレスは口を滑らしたことを謝り、定食を一気に口に運ぶ。

 ライラは、ゴンザレスの言葉に首をかしげた。


「ビートくん、しょうかんって、何?」

「え、えーと……」


 娼館の意味は、オレも知ってはいた。

 しかし、ライラにどう説明すればいいのか……。

 そもそも、こんな昼間からそんなことを話題に出していいのか?

 こんな大衆食堂のような公共の場所で。


 オレがどう説明しようか悩んでいると、パンチョが口を開いた。


「ライラさん、娼館っていうのは、娼婦が男からおカネを貰って、売春を行う場所のことですよ! 人族の娘も獣人族の娘もいて、エッジの男たちはみんな1度は娼館にいる娼婦のお世話になるんです!」


 パンチョはキラキラした目で、ライラに恥ずかしげもなく娼館がどのようなものかを説明していく。

 ゴチンッ!

 すると、ゴンザレスがパンチョにゲンコツを食らわせた。


「いってぇ!!」

「コラッ、レディの前でなんてことを!」


 ゴンザレスはパンチョを叱りつける。

 しかしライラはパンチョの説明で、娼館がどういうものか理解する。


「……つまり、売春宿ということですね?」

「そ……その通りです」


 ゴンザレスが答え、気まずい空気が流れる。辺りは職人たちの歓声に満ちているのに、オレたちのいる場所だけが違う空気が流れているようだ。

 それを打ち破ったのは、給仕で来た中年女性だった。


「水のお代わりは……まぁ、なんて美人の娘さんだい!?」


 中年女性は、ライラを見て目を丸くしていた。


「ゴンザレス、あんたこんな可愛い娘がいたのかい!? それとも、どこかの娼館から連れてきたのかい!? こんな昼間から!」

「いや、その子は――」

「違います! オレの妻です!」


 オレがそう云うと、中年女性は驚いた。


「ほ、本当かい!?」

「はい。わたしはビートくんの妻で、ライラといいます」

「そうかい。あたしはドーラ。ここで給仕のオバちゃんをしているの」

「あの、ドーラさん……娼館に、わたしのような銀髪の獣人はいましたか?」


 ライラの質問に、ドーラはそっと息を吐いて首を横に振る。


「娼館のことなら、あたしに訊かれても答えられないよ。目の前にいる、男たちに訊いておくれ。もしくは、ヤーナ奴隷商館に行くのが手っ取り早いかもしれないね」

「ヤーナ奴隷商館ですか?」


 聞き慣れない言葉に、ライラは首をかしげた。


「駅の近くにある、奴隷を専門に扱う場所さ。エッジでも、荷物運びや危険な作業をするのに、奴隷を使っている場所も多いからね。娼婦も、何人かはそこから調達されたって話は聞いたことがあるよ。あたしが話せるのは、これくらいねぇ」


 ドーラはそう云うと、去って行った。次のお客に、出来上がった食事を運んでいくのだ。


「ビートくん、食事を終えたら、ヤーナ奴隷商館に行こう!」

「えっ、どうして!?」


 突然のライラの決断に、オレは驚いて訊いた。


「もしかしたら、銀狼族がいるかもしれないから!」


 それが、ライラの理由だった。




 食事を終えたオレたちは、食堂から出た。お代は、ゴンザレスが持ってくれた。

 ゴンザレスとパンチョと別れたオレたちは、駅の近くにあるというヤーナ奴隷商館へと向かう。


「ビートくん、急ごう!」


 もしかしたら、銀狼族が奴隷として取引されているかもしれない。

 ライラはそう思うと、居ても立ってもいられなかった。

 同族が奴隷になってしまうのが、耐え難い。

 ライラの言葉に、オレは一緒に行くことを決めた。


 ヤーナ奴隷商館については、オレたちはドーラからだけでなく、ゴンザレスとパンチョからも聞いていた。娼館に居る娼婦も、ここから供給されてくるのは間違いないらしい。

 しかしパンチョはこう云っていた。


「ライラさんんほどの美人が入ったと聞けば、街全体が大騒ぎになるはずです。ましてや、銀狼族が入ったならきっと全員が奴隷商館に集まるはず。でも、最近はそんな話は聞いたことがありません。もっとも、秘密裏に入っている可能性も、もちろん否定はできません。ライラさんほどの美人なら、買い手はいくらでも見つかると思いますから」


 秘密裏に入っている可能性もある、か。

 やっぱり1回、調べてみた方がいいかもしれないな。



 やがて、ヤーナ奴隷商館が見えてきた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月29日21時更新予定です!

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