第84話 ボニーとクライド
アークティク・ターン号が走っている地域が、平原から農村地帯へと変わった。
オレとライラは、窓を開けてのどかな田園風景を眺めながら、紅茶を楽しんでいた。
久々に訪れた平和なひとときだ。
誰にも邪魔されず、2人だけでゆっくりと過ごしたかった。
「平和ね……」
「うん、平和がイチバンだ」
ライラの言葉にオレは答え、紅茶を飲み干す。空になったビンを、机の上にそっと置いた。
すると、ライラも紅茶を飲み干した。オレと同じように、ビンを机の上に置く。
「さて、少し昼寝でも……」
そう思って、オレはベッドに身体を向ける。
その直後、ライラに後ろから抱きつかれた。
ここ数日、ライラが抱き着いてくる頻度が以前よりも増えたような気がする。
グレーザー孤児院に居た頃から、数えるのが馬鹿らしく思えるほどライラはオレに抱きついてきたが、ここ最近はそれに拍車が掛かっているような気がする。
「ライラ、なんか最近、抱きついてくる回数が多くないか?」
「いいじゃない。個室で2人っきりなんだから!」
ライラはオレの指摘に尻尾を振りながら、そう答える。
確かに、その通りだなとも思う。
オレもライラに抱きつかれるのは、嫌いじゃない。
まぁ、いいか。
オレは今日もそう思って、ライラのスキンシップを受け入れる。
しかし、今日のライラは少し違った。
「ビートくん……ビートくん……!」
「うわっ!?」
オレがおかしいと思った時には、オレはベッドの上でライラに押し倒されていた。
ライラは慣れた手つきで、オレの服を脱がしていく。
「ちょっと、ライラ!!」
「ビートくん……ゴメンね。我慢が……」
オレの服を脱がしたライラは、自分の衣服も脱ぎ捨てた。
あっという間に、ライラは一糸まとわぬ姿になってしまう。
「くっ……!」
なんてこった。身体は正直だ。
――ライラを抱きたい。
――ライラの全てを、自分の色に染めてしまいたい。
オレの中で、欲望が渦巻いていく。
たまらなくなり、ライラをギュッと抱き寄せる。
「キャッ!」
急に抱き寄せられたライラが、小さな悲鳴を上げる。
オレはライラを下にした。
「ライラが悪いんだからな? こんな……」
「ビートくん……ビートくん……!!」
ライラはオレと唇を重ねてくる。
そして、舌まで入れてきた。
オレはライラに応え、舌を絡める。
唇を離すと、ライラとオレの間に唾液の糸ができる。
「……オレも我慢できなくなったけど、いいよね?」
「うん……! ビートくん、来て……!!」
その一言に、オレの理性は抑えが利かなくなった。
同時刻。アークティク・ターン号が走ってくるレールの脇にある、今は使われていない古い給水塔の上から、2人の男女が遠くに見えたアークティク・ターン号を見ていた。
「来たぞ、ボニー」
「見えたわ、クライド」
男女の名はボニーとクライド。ボニーは獣人族兎耳族の女性で、クライドは獣人族猫族の男だ。
「あの列車が、アークティク・ターン号なのね?」
「ああ。あいつを襲えば、きっと1年は食うに困らないだけの稼ぎが見込めるぞ!」
ボニーとクライドは、列車強盗だった。
「そうすれば、今の貧乏暮らしからもおさらばだ!」
「もう少しで、お腹いっぱい食べれるのね!」
「リスクはあるけど……今の生活より、良くなることは確かだ。失敗したとしても、鉄道騎士団に捕まれば、最悪でも刑務所には行ける。刑務所でも、今よりかはいくらかマシだろうよ」
アークティク・ターン号の汽笛が聞こえ、ボニーとクライドは視線を交わす。
この先はカーブになっている。そのためカーブ直前のこの直線は、減速区間であることを示す標識が立っている。
アークティク・ターン号は必ず、このストレートで減速するはずだ。
そうしないと、120両ある長大な列車はカーブを曲がり切れずに脱線してしまう。
その瞬間こそ、飛び乗る絶好のチャンスだ!
再び汽笛が聞こえ、ブレーキの音も微かに聞こえてくる。
センチュリーボーイが、ボニーとクライドの目の前を通過していく。
その時、ボニーとクライドは確かに見た。
車輪とレールの間から、細かい火花が飛び散っているのを。
紛れもなく、ブレーキが掛かっていることの証明だ。
「準備はいいか、ボニー!?」
「いいわよ、クライド!!」
ボニーとクライドは手を繋ぐと、タイミングを見計らって、給水塔から飛び降りた。
眼下には、アークティク・ターン号の屋根が。
吸い寄せられるように、ボニーとクライドは落ちていく。
スタッ。
上手に、ボニーとクライドは屋根に飛び降りた。
「……成功ね」
「さて、どこか乗客が留守にしている部屋を探そう。まずはそこからだ」
ボニーとクラウドは、屋根の上を進み、車両の部屋の中を確認していく。
いくつかの部屋を確認して、部屋の中が暗く、窓に鍵が掛かっていない部屋を見つけた。
しかも2等車。
これなら騒ぎ立てつ奴もそうはいないはずだと、クラウドは踏んだ。
「ボニー。見つけたぞ!」
「早速、忍び込んで物色させてもらおうじゃないの!」
慎重に窓を開けると、ボニーとクライドは軽い身のこなしで2等車の部屋へと入り込んだ。
「「……えっ?」」
ボニーとクラウドは、自分の目に飛び込んできた光景に、言葉を失った。
2等車の個室のベッドの上で、人族の男と獣人族の女が、絡み合っていた。
ベッドの前には、着ていたと思われる衣服が落ちていた。
「ビートくん、ビートくん!!」
ライラの激しい求めに応じるように、オレは動いていた。
そして再び絶頂を迎えようとしたとき、背後の気配に気づいた。
「……!?」
オレは動くのを止め、振り返る。
窓が、いつの間にか開いていた。
そして窓の前に立つ、2人の獣人族の男女。
片方は兎耳の女で、もう片方は猫耳の男。
い、いったいいつ、この部屋に忍び込んできた!?
いや、そもそもどーやって!?
「……ビートくん?」
ライラがゆっくりと、オレの背後に視線を動かす。
それに気づいたライラは、目を見張って叫んだ。
「キャアア―――ッ!!!」
ライラの叫びで我に返ったかのように、忍び込んできた獣人2人がビクンと体を震わせた。
「お、大人しくしろ!!」
「命までは取らないから、静かにしなさい!!」
2人の獣人が、そう叫んだ。
予想外の展開に呆然としていたボニーとクライドだが、計画変更をしている余裕など無い。
すぐに抑え込めば、大きなトラブルにはならないだろうと、クライドは踏んだ。
事実、いきなり現れた自分たちに、獣人族の女は怯えていた。
「お、大人しくしろ!!」
「命までは取らないから、静かにしなさい!!」
なるべくドスが利いた声で、ボニーとクライドは相手を威圧する。
頼むから、これで収まって欲しい!!
後は金目の物だけ奪って、すぐに出て行けばいいのだから。
すると、人族の男が脱ぎ捨ててあった衣服に手を突っ込んでいた。
武器を出す気だな!
そう思ったクライドは、隠し持っていたナイフに手を伸ばす。
「う、動くな――!?」
クライドは、向けられた物を見て絶句した。
ソードオフショットガンの銃口が、こちらに向けられていた。
まさか、あんな凶悪な代物を持っていたなんて――!
完全に、予想外だ。
戦意が急速に奪われていった。
ライラが叫んだ直後、オレはすぐにベッドから飛び降り、脱ぎ捨てた衣服に手を伸ばした。
衣服の中に、ソードオフショットガンがあったはずだ。
オレの指先が、金属製のものに触れる。
(あった!)
それは紛れもなく、ソードオフショットガンの感触だった。
オレは素早く、ソードオフショットガンの銃口を兎耳の女と猫耳の男に向ける。
「動くな! 動くと撃つ!」
オレ自身は裸だが、それでも相手はかなり怯えていた。
丸腰かと思っていた相手が、ソードオフショットガンを取り出したから、かなりビックリしたのだろう。
しばらく、沈黙した時間が流れる。
その間は長く感じられ、2人の獣人はまるで滝のように汗を流していた。
ふと視線をベッドに向けると、ライラは備えつけの薄い掛け布団で身体を隠している。
まるで女優がベッドシーンを演じているようで、オレは思わず紅くなってしまう。
しかし、今はライラに気を取られている場合ではない。
目の前の問題を解決するのが先だ。
そう思っていると、猫耳の男は、持っていたナイフを床に落とした。
「ひいいい! 助けて下さい!」
「命だけは、どうか!!」
2人の獣人が、その場にひれ伏す。
オレは近づき、猫耳の男が持っていたナイフを回収する。
完全に、戦意喪失したと見ていいだろう。
「……詳しい話は後で聞く。まずは服を着させてくれ。その間、絶対に動くなよ?」
「はいぃい!!」
オレの命令に、2人の獣人は土下座したまま何度も頷いた。
「ライラ、とりあえず服を着ようか」
オレとライラは、脱ぎ捨てた服を拾い上げ、その場で身につけていく。
せっかくのお楽しみの時間が、こいつらのせいで台無しになってしまった。
オレたちが名前を訊くと、2人はボニーとクライドと名乗った。
「で、ボニーとクライド。そもそもどうやってオレたちの個室に忍び込んだんだ?」
「そこの……窓からです」
クライドが、窓を指し示す。
「どうやって?」
「列車の速度が落ちてきて、屋根に飛び移ってから、そこの窓が開いていたので……入らせてもらいました」
こいつ、とんでもない身体能力持ってるな。
サーカス団にでも、入団した方が良さそうだ。
「……まさか、お前ら列車強盗なのか?」
オレがソードオフを向けると、ボニーとクライドは涙目になった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!! 金目のものと食料だけ奪って、後はすぐに逃げるつもりだったんです!」
「もう何日も食べていないんだ! お腹ペコペコで……」
ボニーのお腹が、盛大に鳴る。
「ビートくん、これ以上は少し可愛そうじゃない? お腹が空いているのは、本当の事みたいだし……」
「そうだな。確か、携帯食料があったはずだな」
オレたちはアイコンタクトを交わすと、自分たちの携帯食料を振る舞うことにした。
ライラが、荷物から携帯食料とビン入りの紅茶を取り出し、ボニーとクライドに差し出す。
「はい、どうぞ」
「食べて……いいんですか?」
「もちろんよ」
ライラが笑顔で云うと、ボニーとクライドは再び頭を下げた。
「「ありがとうございます!!」」
携帯食料を受け取ったボニーとクライドは、すごい勢いで食べていった。
よほどお腹が空いていたらしいと、オレたちはその勢いを見て思った。
お腹が満たされると、ボニーとクライドはこれまでのことをオレたちに語ってくれた。
「食事を恵んでくれた方なんて、初めてです!」
クライドはそう云うと、身の上をオレたちに話し始めた。
ボニーとクライドは、孤児院出身でつい最近までは近くの貧しい農村で小作人として暮らしていた。しかし雇い主は豪農ではあったが、ロクに給料を支払わない男だった。日々の食事にも困る生活で、その上重労働を課せられていた。そんな暮らしに耐えきれず、深夜にこっそりと農村を抜け出し、各地を転々としていくうちに、列車強盗や馬車強盗をするようになっていた。
今回、アークティク・ターン号に乗り込んできたのも、列車強盗をするためではあったが、どちらかというと人から奪うことよりも、生きるために止む無くやったことだった。最悪、刑務所に行っても今よりマシな生活ができると考えていたらしい。
「……ビートくん」
「……ライラ」
2人の話を聞いたオレたちは、これ以上ボニーとクライドを攻めることができなくなった。
もしかしたら、一歩間違えば、オレたちがボニーとクライドのようになっていたかもしれないのだ。
オレたちはたまたま、グレーザー孤児院に引き取られ、ハズク先生から世の中の事や学問を教わったから、なんとか仕事を見つけることができたし、一緒に暮らすこともできた。
だが、ボニーとクライドはそうはならなかった。
このまま見捨てて鉄道騎士団に引き渡すのは簡単だ。
だけど、本当にそれが正しいのだろうか……?
「……ちょっと、待っててくれ」
オレたちはそう云うと、個室を出た。
「お客様、何をおっしゃっているのか……?」
「ですから、次の駅までオレたち以外に2人、同じ部屋を使わせてほしいんです」
オレとライラは、ブルカニロ車掌にボニーとクライドの身の上を話して、相談していた。
鉄道騎士団に引き渡さず、次の駅まで送ってもらうよう頼んでみた。
もちろん、責任はオレとライラが持つという条件でだ。
「困りましたねえ……料金は2名分しかいただいていないはずですが?」
「そこをなんとか、目を瞑ってもらえませんか!?」
「オレたちはもう一度、あの2人にチャンスを与えたいんです! お願いします!」
オレとライラは、ブルカニロ車掌に頭を下げる。
ブルカニロ車掌は困った様子で頭を掻き、そっとオレたちに口を開いた。
「お客様。それでは次の停車駅のオレウジュまで、トイレと食事以外で一度も2等車の個室から出さないことを条件に、追加2名分の無賃乗車につきましては、目を瞑ります」
「ほ……本当ですか!?」
「ただし、何か2人が問題を起こした場合は、お客様もオレウジュで騎士団に引き渡させていただきます」
「わかりました。ありがとうございます!」
オレとライラは再度頭を下げ、お礼を云った。
「……というわけで、次の停車駅オレウジュまで、オレたちがボニーとクライドの身元引受人になった」
オレがブルカニロ車掌とのやり取りを話すと、ボニーとクライドは何度もお礼を云って、土下座をしてきた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「命の恩人、永遠に感謝します!!」
オレとライラが若干引いていることにも気づかず、ボニーとクライドは何度もお礼を云い続けた。
アークティク・ターン号は、オレウジュへと向かい、レールを走り続けていく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は、7月10日21時更新予定です!
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ここまで伸びてくれたことに、感謝です!
今後もできる限り毎日更新を続けていきたいので、どうかビートとライラを見守ってやってください!





