第68話 銀狼族の情報
オレたちに持ちかけられたのは、取引だった。
ミーヤミーヤで起きている、人族至上主義者と獣人族至上主義者の対立を解決すると、報酬としてダイスとジムシィから銀狼族についての情報を貰える。
銀狼族の情報は、オレたちにとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
まだまだオレたちにとっては、謎が多い銀狼族。ライラの両親の手がかりに繋がるものがあるかもしれないから、どんな些細な情報でも欲しい。
だが、その情報を得るための条件は、かなり厳しいものだ。
「本当に、銀狼族の情報を頂けるんですね?」
確認のためにオレが訊くと、ダイスは自信たっぷりに頷いた。
「もちろん。犬耳獣人の情報は、いっぱいあるからな」
「わたしは犬じゃなくて狼!」
ダイスの言葉に、ライラが抗議した。
銀狼族のライラにとって、犬呼ばわりされることはプライドが許さないらしい。
そういえば、オレが犬みたいだと云った時も、すぐに犬じゃないと否定していた。
「わたしは銀――」
「ライラ! 声が大きい!」
オレは慌ててライラの口を塞いで、ライラをなだめる。
もし近くに奴隷商人が居たら、銀狼族がいると分かった時点で、狙いを定めてくるかもしれない。ただでさえミーヤミーヤのトラブルに巻き込まれているのに、これ以上のトラブルはゴメンだ。
「ビートくん、どうする?」
「うーん……」
ライラの言葉に、オレは悩んだ。
ライラのためにも銀狼族の情報は欲しいが、情報を得るための条件があまりにも厳しすぎる。
なんとかして、人族至上主義者と獣人族至上主義者の争いを平和的に解決する方法は無いだろうか?
オレはその場で頭をフル回転させ、解決法を探っていく――。
すると、ライラが微笑んだ。
「ビートくん、無理しないで、いいからね」
声が、少し寂しげに聞こえた様な気がした。
銀狼族の情報を諦めたのかと思ったが、それは違うとオレはすぐに気がついた。
このまま考えることを放棄すれば、銀狼族の情報も、ミーヤミーヤの対立も全てがそのままになってしまう。
ライラはそれを、望んでいないはずだ。
それはさっきの悲しそうな表情を見れば、誰だってそう思うはずだ!
オレはふと、ホームに停車中のアークティク・ターン号を見た。
そのとき、オレの頭の中にある方法が浮かび上がってきた。
なんてタイミングがいいんだろう!
まさに天啓だ!
「わかりました。解決してみせます!」
「ビートくん!?」
オレの言葉にライラが驚いたが、それ以上に条件を出したダイスとジムシィが驚いているのがよく分かった。
「ど、どうやって!?」
「……1つだけ、可能性があります」
オレは作戦として、頭の中に思いついたことを提案した。
作戦は「駅に双方のリーダーを招待する」ことだった。
アークティク・ターン号を見せることで、人族も獣人族も共に手を取り合ってきたことを伝えて、争いを収めようとする方法だ。アークティク・ターン号を見たときに「人間と獣人の友好親善の証」という、ハズク先生から教わったことを思い出した。
それに駅の中では、問題を起こすとすぐに鉄道騎士団がやってくる。
目立つようなことはしたくないはずだと、オレは予想を立てた。
「なるほど、アークティク・ターン号という絶好の説得材料がある今の状況を、最大限に活用するのか」
ダイスが納得して頷いた。
「だけど、それだけで上手くいくの?」
「そこで、オレたちの出番だ」
オレはそう云って、首から下げている婚姻のネックレスをそっと触る。
ライラはすぐに、オレが何を考えているのか理解したようだ。
さすがは、オレの妻だ。
オレたちは、すぐに行動を開始した。
駅を出ると、オレたちは二手に分かれ、オレは人族至上主義者のリーダーのところに向かい、ライラは獣人族至上主義者のリーダーのところに向かう。
そしてそこでオレとライラは「大陸横断鉄道のアークティク・ターン号が来ていますが、是非見に行きませんか?」と誘いを掛けた。
正直、やってみるまでは話に乗って来るかどうか不安だったが、意外にもリーダーは「面白そうだ」と簡単に話に乗ってくれた。後で聞いたが、ライラも同じように「面白そう」という理由で乗ってくれたようだった。
こうしてオレたちは、人族至上主義者と獣人族至上主義者のリーダーを、ミーヤミーヤ駅へと連れ出すことに成功した。
数人の護衛がついてきたのは、少し予想外だったが。
ミーヤミーヤ駅に入ると、双方のリーダーは叫んだ。
「「おぉっ、これが大陸横断鉄道のアークティク・ターン号か!!」」
双方のリーダーが同時に叫び、声が重なった。
しかし、アークティク・ターン号に夢中になっているらしく、そのことに気づいていない。
近くに居たオレとライラは、少しだけクスッと笑う。
なんだかこの2人、よく似ている。
「「あれっ?」」
同じような言葉がほぼ同時に聞こえたことに、双方のリーダーが気づいた。
気づくの遅いよと思いながら、オレたちはそのまま様子を見る。
「「!!」」
双方のリーダーが、敵対している相手がすぐ近くに居たことにようやく気づく。
表情がみるみるうちに緊張の色を帯びて行き、面白いように変わっていく。
さて、この方法が吉と出るか凶と出るか。
オレとライラは、固唾を呑んで見守った。
「お前は……!」
「こいつ……!」
双方のリーダーが、慌てた様子で距離を取った。
しかし、お互いに攻撃はしてこない。
正当防衛にしようと、その時を待っているらしかった。
正当防衛にするためには、相手が仕掛けてくるまで待たなければいけない。
相手が攻撃して来て、それに対して攻撃を行うことで、初めて正当防衛が成立する。
先に攻撃したら、ただの先制攻撃になってしまうから、自分たちにとって不利になることを、お互いによく知っていた。
だが、いつまで経ってもお互いに相手の出方を伺ってばかりで、動かない。
いや、もしかしたら相手の出方を伺っているように見えるだけで、本当の所はただビビっているだけなのかもしれない。
オレがそんなことを考えていると、双方のリーダーがオレたちに敵意のこもった目を向けてきた。
「お前ら! わざとこんなところに――!!」
「ぶっころ――!!」
オレたちは殺すような目で見られ、冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
その殺意は、きっと本物だろう。
オレはゆっくりと、背中のソードオフへと手を伸ばす。
そのとき、人族と獣人族の子どもたちがやってきた。
「わーい!」
「キャッキャッ!!」
子どもたちは、駅からミーヤミーヤに出られなくて退屈していた、アークティク・ターン号の乗客の子どもだった。
親がトラブルに巻き込まれるのを心配して、駅から出ないようにキツく注意していたため、仕方がなく駅の中で遊んでいた。
子どもたちは、そんな緊張しきった空気を感じることも無く、双方のリーダーの間に入ってくる。
まるで周りが見えていないようだ。
「うおっ!?」
「なんだ!?」
突如として子どもたちが双方のリーダーの間に割り込み、そこで遊び始める。
「今度は何して遊ぶー!?」
「しりとりしようよ!」
「さんせーい!!」
子どもたちはその場でお構いなしにしりとりを始める。
その表情は笑顔で、人族の子どもも、獣人族の子どもも関係なく楽しんでいる。
「「……」」
楽しげに遊ぶ子どもたちを見て、双方のリーダーは、自分たちの子どもの頃を思い出していた。
昔はこうして遊んでいたことがあった。
しかし、今はそうじゃない。
とても懐かしい気持ちになれた。
いつから、自分たちはこんなにも変わってしまったのだろうか――?
双方のリーダーが辺りを見回すと、あちこちで人族と獣人族が同じ駅の中に居た。
「ちょっと、力貸してくれないか?」
「いいぜ」
「安いよ、1つどうだい?」
「くれ!」
そこには対立している様子など、どこにもない。
とても平和で穏やかな時間が流れている。
「こら、あなたたち!」
子どもたちに向かって、大人の声が浴びせられる。
子どもたちの親が、やってきた。
「人様の間に割り込むのはいけないって、いつも云っているでしょうが!」
「ご迷惑をおかけしました、すぐに連れて行きます」
母親と父親らしき人が子どもを叱り、双方のリーダーに謝る。
それぞれ獣人族と、人族だった。
そして首元には、婚姻のネックレスが光っている。
夫婦なのか、この2人は――。
「……」
「……フフフ」
黙りこくった後、笑いが溢れ出た。
笑いは伝染していき、いつしか護衛についていた者たちも含め、その場に居た全員が笑い始める。
子どもを連れ戻しに来た夫婦は、いきなり笑い出したことに呆気にとられていた。
子どもたちはそれを不思議がり、遊びを止めて双方のリーダーを見る。
「おじちゃんたち、どうしたのー?」
1人の子どもが、聞いた。
「いや、なんでもないよ」
「ねー、おじちゃんたちも、一緒に遊ぼうよー!」
子どもたちがリーダーたちの手を引く。
疑うことを知らない目で、子どもたちはリーダーを見上げていた。
その表情は、期待に満ち溢れている。
「こらっ、やめなさい!」
母親が止めに入ろうとしたが、それを人族のリーダーが静止した。
「いいんですよ。子どもはこれくらい元気で遠慮が無いのが、1番ですから」
人族のリーダーは子どもに向き合い、笑顔を見せる。
「わかったわかった。遊ぶか!」
「うん、遊ぼう!!」
「俺たちも、子どもの相手をさせてくれないか?」
獣人族のリーダーの発言に、人族のリーダーは親指を立てる。
「おう!」
まるで昔からの知り合い同士のように、双方のリーダーが意気投合した。
そこに護衛についていた者たちも加わっていく。
気がつく頃には、人族も獣人族も関係なく、子どもたちと遊んでいた。
その様子を見たオレたちは、肩をすくめた。
「まさか、大陸横断鉄道よりも、子どもの方が効果的だったなんて。おまけに、まるで魔法にかかったかのように、すっかり変っちゃった」
「結果オーライということで、いいんじゃない?」
「そうだな」
ライラの言葉に、オレは頷いた。
終わりよければすべてよし、だ。
「ありがとう!!」
すると、ダイスとジムシィがやってきてお礼を云った。
「これで……大丈夫かな?」
「あぁ、あの表情を見れば分かる! あれは心から楽しんでいる表情だ!」
「きっと、これからは対立も収まって、平和に暮らせるようになるよ!」
子どもたちと遊ぶ、双方のリーダーを見て喜ぶダイスとジムシィ。
男同士で抱き合い、喜びを分かち合っていた。
この2人はオレとライラのように、強い絆で結ばれているんだな。
ダイスとジムシィを見て、オレはそう感じる。
オレはふと、約束を思い出した。
「そうだ! 銀狼族の情報を、教えてくれるんだよな!?」
「おぉ、そうだった!」
ダイスが云い、駅の外を指し示す。
「ついてきてくれ!」
オレたちは、駅を出て歩き出した。
先導するのは、ダイスとジムシィだ。
ミーヤミーヤの街は相変わらず静かだったが、小競り合いなどは起こっていなかった。
早くも平和になったのか、それともただ単に偶然小競り合いが起こっていなかったのかは分からなかったが。
「ここで、説明するよ」
オレたちが案内されたのは、ダイスとジムシィが暮らしている家だった。
アパートの一室で、中に入るとわずかな家具の他に、大量の学術書があった。
「オレたちは、文化人類学を学んでいる学生なんだ」
「文化人類学っていうのは、生活様式を研究する学問さ。すごく面白いんだぜ!」
ダイスとジムシィは、目をキラキラさせている。
「ミーヤミーヤの対立を解決してくれて、本当にありがとう!」
「おかげで、また前と同じように安心して、フィールドワークができるようになるよ!」
「それは……どうも」
オレたちは興奮気味にお礼を云うダイスとジムシィに、少し引いていた。
どうやら熱中しているものについて語ると、周りが見えなくなるタイプらしい。
「あの……そろそろ、銀狼族の情報を教えてほしいんですけど」
ライラが云うと、ダイスとジムシィは思い出したようにハッとした。
「そうだった! 悪い悪い!」
「これから教えるから! さ、座って座って!」
ジムシィが座るように促し、ダイスが紅茶を出してくれた。
紅茶を口にすると、ダイスとジムシィは落ち着きを取り戻していった。
これで、ゆっくりと情報を聞き出す事が出来そうだ。
「それじゃあ、まずは基本的なことだけど、いいかな?」
ダイスの問いかけに、オレたちは頷く。
それを見ると、ダイスも頷いて口を開いた。
「銀狼族の特徴とは……北大陸の奥地に暮らしていて、美男美女が多く、好きになった相手には一生を捧げるほど尽くすことから、奴隷として需要がある。そのことは知っているな?」
「もちろん」
オレたちは頷く。
基本中の基本といってもいいことだ。
ライラはハズク先生から教わり、オレはライラからそれを教わった。
それらが真実なことは、オレの隣に座るライラが証明している。
ライラは美人だし、オレに対してどこまでも一途だ。
一生を捧げるというレベルを軽く超えているような気がするほど、一途だ。
そして、ライラは強盗から何度か奴隷にするために狙われたことがある。
最初は確か、グレーザー孤児院に押しかけてきた強盗だったような……。
「よし。それじゃあ、ここからが本題だ」
ダイスの言葉に、オレたちは耳に全神経を集中させる。
ライラはメモ帳とペンを取り出し、ペンを手にしていつでもメモができるようにしていた。
「銀狼族が暮らしている場所は、大陸横断鉄道の終点、サンタグラードから近い場所なんだ。だけど、そこは雪で閉ざされているエリアを抜けないと、辿り着くのはかなり困難だ。さらに雪のエリアは、雪山に慣れている者であっても、遭難してしまうことがある」
「じゃあ、どうやって行けばいいんだ!?」
オレは愕然とした。
銀狼族の暮らしている場所に向かうためには、雪山に慣れている者でも、遭難してしまうことがあるほど過酷な場所を通らないといけないとは。
まさか、そんな厳しい場所に銀狼族が暮らしているなんて、夢にも思わなかった。
当然の事だが、オレたちは雪山に登った経験などない。
オレたちが育った南大陸では、雪なんて降らない。
南大陸で暮らす人々のほとんどは、雪を絵本などでしか見たことが無い。
ライラも不安そうな表情を見せていた。
過酷な未来が待ち受けているであろうことは、ある程度は覚悟していた。
だが、これは正直、自信が無かった。
オレたちは、本当にライラの両親を見つけ出すことができるんだろうか?
不安に駆られたオレたちに、再びダイスが口を開いた。
「心配することはない。銀狼族の村まで案内してくれる、ガイドとなってくれる銀狼族が、サンタグラードにいると聞いたことがある。まずはサンタグラードまで行って、ガイドの銀狼族を探すのが近道だ」
ダイスの言葉に、オレたちの中に希望の光が再び輝いた。
ガイドが、アークティク・ターン号の終点、サンタグラードにいる!
しかもガイドは、銀狼族。
もしかしたら、ライラの両親の情報も握っているかもしれない。
ダイスとジムシィの言葉から、オレたちが終点に着いてからの目的が決まった。
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