第1話:死神が捧げた『三顧の礼』(絶望の記憶〜回帰)
15話まで、1時間おきに連続投稿します。
冷たい雨が、容赦なく俺の肌を叩いている。
2046年、属国化した日本の処刑台。
終わりを告げる、無数の銃声が放たれた刹那。
――これは、俺が守れなかった光の記憶だ。
◆ ◆ ◆
2030年、秋。夜の銀座。
「……ねえ、志郎くん。日本、これからどうなっちゃうのかな」
「大丈夫だよ。俺が絶対に遥を守るから」
「……ふふっ。ありがとう。明日も、この街で待ち合わせね」
交差点の別れ際。彼女は振り返り、手を振って笑ってくれた。
その瞬間。
街の喧騒を切り裂いたのは、鼓膜を破る無数の銃声だった。
北京のテロリストたちによる、見せしめの無差別掃射。
目の前で、彼女の白い服が紅い飛沫に染まる。
「遥……っ! 嘘だろ、おい、遥っ!」
崩れ落ちた体を抱き寄せると、指の隙間から温かい血が溢れた。
声にならない血の泡を吐き、彼女の瞳から光が消え失せる。
俺の腕の中で、彼女の体温が急速に失われていく。
凄惨な血の海の中で、テロリストたちは薄ら笑いを浮かべていた。
なぜ、あのとき彼女と離れなければ……。
俺のすべてだった光が消え、心は完全に死に絶えた。
後悔と絶望だけを喰らい、世界を呪う死神が産声を上げたのだ。
それからの16年間。
俺は復讐のゲリラ兵として、泥水と血をすすりながら戦い続けた。
だが、支援者の政治家や財界人は、最初から北京の犬だった。
決死の反攻すら、占領の口実やガス抜きに利用され、捨てられた。
仲間は次々と先立ち、抗戦も虚しく日本は属国へと成り果てた。
守るべきものも、復讐すらも果たせなかった、無力な人生の最期。
◆ ◆ ◆
そして今。38歳になった俺は冷たい柱にくくりつけられ――
終わりを告げる、無数の銃声が放たれた刹那。
――ジ、ジ、ピィィィィッ!
鼓膜を刺す電子ノイズとともに、世界が唐突にモノクロに反転した。
放たれた無数の銃弾が、俺の全身を貫く寸前で空中に固定されている。
雨粒すらも静止した空間に、不敵な声がひびいた。
「バッドエンドのログは堪能したかい? キッド」
ノイズの歪みから、奇妙な男が現れた。
「俺の……走馬灯か?」
「失礼な。時間再起動の超越者、イーロン・孔明と呼んでくれ」
男は炭素繊維のコートをなびかせ、透明なサイバー羽扇をあおぐ。
「君の意識を2027年に移してあげられる。……やり直すかい?」
「やりなおす…… …… 孔明、だと?」
16年の泥水で悟った。個人の武力では巨大なシステムは壊せない。
「なら、俺の『軍師』になってくれ! 世界をひっくり返す盤面をよこせ!」
「いいよ。でも、タダじゃない」
イーロンは羽扇で口元を隠し、いたずらっぽく目を細めた。
「君には代わりに三つのものを差し出してもらおう」
「僕に対する、現代の三顧の礼だ」
「一つ、君の戸籍。二つ、周囲の記憶。三つ、未来の栄誉だ」
雨のふらない空間に、イーロンの声が冷たくひびく。
「サインすれば、君は誰にも認知されないGHOSTになる」
「作戦コード:クロノス・ゼロ。……覚悟はあるかい?」
「……安いもんだ」
俺は血と泥にまみれた顔を上げ、狂ったように笑った。
「彼女が生きている世界を作れるなら」
「俺がゴミ箱に捨てられるくらい、安すぎる代償だ」
「最高にクレイジーな答えだ! 3秒での即答に、ボーナスをあげよう」
イーロンがサイバー羽扇をふり下ろす。
「僕のシステムと直結する『イーロン・リンク』だ」
「さらに、君の愛用品データをダウンロードしてあげよう」
「使うたびに脳が焼き切れる痛みをともなう、呪いのチートだがね」
「……上等だ。地獄の痛みなら、16年間味わい尽くした」
「契約成立だ。生まれ変わる君に、字をプレゼントしよう」
「――志明。歴史の暗闇から、志を明らかにする者だ」
静止していた無数の銃弾が、俺の全身を貫いた瞬間。
強烈な光とともに、俺の意識は過去へと飛躍した。
◆ ◆ ◆
2027年。第一列島線の最前線、台湾。
南国の見知らぬ公園。
まぶしい太陽と、ヤシの木が揺れていた。
水たまりに映る、19歳のときの、若く健康な自分の顔。
「……戻って、きた」
俺の脳内には、2046年までの全作戦コードがある。
「習孟平。あんたが絶望の歴史を書く前に……俺がペンを折る」
「すべてを書き換えるのは、俺だ」
俺は静かに立ち上がり、不敵に笑った。
ここから、俺の歴史に対する蹂躙が始まるのだ。
最愛の彼女の破滅まで、あと1000日。
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