第一章『思惑通りの思わぬ事態』
二度目の再会はすぐだった。
自分の教室である2-Aに入り、窓側の一番後ろの席に座る。
朝早い登校だったので、教室にはまだ数人ほどしか座っていなく、涼しい風がカーテンを揺らす音と亜鉛を机に小さく叩く音だけだった。
自分はというと、いつも通り読書をする。近頃テストがあるので、他の人たちはその範囲の勉強をしているだろうが、俺はするつもりがない。申し訳ないが、満点を取れるのが目に見えているからだ。まぁ、誰に対して謝っているかはわからんが。
数分すると、次第に教室に入る人が多くなり、ざわざわしていく。テストが近くなると、このクラスは静かになる傾向にあるので、少しこのざわめきに違和感を覚える。なにか面白いニュースでもあったのだろうか。
俺は読書に没頭したかったので、すぐに興味がなくなったが、次第にチャイムが鳴り、朝のホームルームでの担任の言葉で思い出す。
「おはようございます。えー今日は、転校生を紹介します。じゃあ、入ってきてー」
このざわめきの正体は転校生だったのか。そういえば、前に担任が言っていたのを思い出す。
担任は、ドアの向こうに立っている転校生に合図した。
なぜだろう。嫌な予感がする。
「はい!失礼します!」
呼ばれたその人はドアを開き、中に入ってくると、さらにざわざわが激しくなる。特に男はテンションが上がっていた。
まぁ、そりゃそうだろう。学校内でもトップに立ちそうなほどの美貌な瞳、雪のように綺麗な白肌に長い黒髪。そして、似合わないボロボロの靴。
「自己紹介お願いできるかな?」
「はい!みなさん初めまして!留学生として来ました雨宮ひろみと言います!」
このざわめきの正体は転校生の発表だったか。いつも関係ない連絡事項は耳から耳に流していたので忘れていた。
「えーっと、よくいろんな友達からひろみって言われてるので、気軽に下の名前で呼んでください!えーっと、趣味は読書と料理でー、好きな食べ物はパフェが好きです!あと……」
緊張しているのだろう。日本語が少し変だ。視線もよく動き、喉が狭くなって通せずらく、言葉を吐き出すために手が活発に動いている。
去年の四月。俺も自己紹介をする時は「えー」とか「あー」とか言葉の繋ぎ目によく使っていたのを思い出す。その時の周りからの反応は乾いた拍手だけだったのをよく覚えている。
だが、彼女の場合は賑やかだった。
「かわいいー!ゆっくりでいいよ!」
「がんばれ〜」
「えへへ、ありがとうございます!えっと、あ、こんな自分ですが、みんなと仲良くなりたいと思っているので、よかったらたくさん話しかけてください!」
最後のは事前に決めた決め台詞か。とても共感できる。その後、頭を下げて自己紹介を終え、約三十名の盛大な拍手を受け取る。その中には俺の拍手も小さく含まれていた。
「自己紹介ありがとねー。じゃあ、席はーあそこ空いてるね。隣の八崎さん仲良くしてあげて」
「あ、ありがとうございます!」
選ばれた席は廊下側の奥の席だ。あとで話しかけようとみんなワクワクしながら彼女の移動を見守る。隣の八崎という女性も嬉しそうな笑みで、はーいと返事する。
これから彼女はたくさんの人と仲良くなり、クラスの中心人物へと容易く上っていくのだろう。
俺も彼女を見ながら、雰囲気から漂ってきたものかは知らんが、なぜかシンデレラという有名な童話を思い出す。そこでは、冒頭から周りへのいじめや罵倒が多かった。原因はその中には嫉妬という感情が強く入っていたからだろう。
でも、ここのクラスは人間性がしっかりしている人たちがほとんどなので、彼女の存在をみんなが優しく受け止めている。幸せな学校生活は確約されただろう。
全員の視線が一点に交わり、そこに彼女は立っている。なのに、彼女は進行方向とは直角に、こちらを向く。
嫌な予感が当たった。
「あ、」
朝に出会した人が同じクラスだと今知ったのか、彼女は少し微笑み、こちらに小さく手を振る。
先程までクラスの中心人物にも見えた彼女だが、この刹那だけ俺とだけの二人の空間にいる感覚になった。どこかむず痒かった。
すぐさま周りを見た。が、特にその動作に訝しむ生徒はいなかったので、ゆっくりと胸を撫で下ろす。
その後彼女は何事もなかったかのように八崎の隣の席に着き、軽く会話をする。
やがてチャイムが鳴り、朝礼が終わる。一時間目が始まるまでの少しの時間、案の定彼女の周りは賑やかになる。近くの席が女子だけなのもあり、彼女にとっても話しやすいだろう。
改めて見ると、よく笑う人だ。リアクションも良い意味でわかりやすく、話しかける人もとても嬉しいだろう。
さらにその可憐な美貌は魅力的で、外野の人達も引き込まれていきそうだ。特に、目か。目が綺麗だな。
「って、俺なにやって……」
いつの間にか俺も横目でついじっと見てしまった。
ただでさえ俺はこのクラスに馴染められていない。だというのに、今一番人気であろう彼女に期待を寄せるなんて。
いや、思わず観察してしまったのは、まだ俺は彼女のことを疑っているのか?
自分自身に対してため息をつき、頭を抱える。一人の人間に対して、ここまで思考が振り回されるとは思わなかった。きっと、昨晩夜更かししたツケが回ってきたのだろうな。
教室に入る前、自販機で目覚まし用のカフェイン入りの炭酸水を買っておいた。リュックにしまっておいたそれを手に取り、プシューと音を鳴らした穴に口を寄せ、中の飲み物を勢いよく喉に通す。
「軽く肩慣らしか?」
ふと前を向くと、背負っているリュックを机に置きながら、こちらの様子を見てコメントをする男がいた。もう朝礼が終わったというのに、今来たのだろう。
俺はわざと無視をする。こいつに反応するのに一々労力を使いたくない。気にせず次の授業の準備をする。
「どうしたんだ?こんな朝から。あぁでも良い飲みっぷりだったぞ。お前の目はいつも通り不機嫌そうだけど、喉は絶好調みたいだな」
「そうかよ。お前は今日もかませれるほどの調子があって羨ましいな」
「俺が遅いんじゃない。世界が早いだけだ」
何を言っているのかよくわからないこの変人は西蓮寺龍馬。背丈はほぼ俺と同じくらいで頭も良く、そこまで社交的とは言えない人と、結構共通点が多い。この学校で唯一話しかけやすいクラスメイトだ。
違うところといえば、茶髪とその目立ったギザッ歯、あとは運動神経がいいところだな。だが意外にも、所属している部活は美術部だという。
そこまで親友と呼べるほどではないが、仲良くないわけではない。周りから見れば、たまに話してるよねくらいだろう。
「あれ、今日もしかしてノート提出?」
あと違うところは、抜けてるところだな。
転校生が来るというイベント以外、案外いつも通りの時間が進む。特に俺や龍馬のような、あまり人に興味のない人間は、相変わらずの1日だ。
今日は職員会議がある日なので、五時間目が終わり次第解散となる。授業を無視して内職していると、気づけばもうお昼時になり、そのまま五時間目も終了した。副担任が適当に終礼を終わらせ、一部の人間は移動の支度を始め、一部の人間は部活しにいく。
「孝一。一緒に帰るか?」
「いやいいよ。普通にいつもの場所行く」
俺の場合、帰りもせず、部活にも行かない。所属していないしな。このあとはお気に入りの場所で読書を満喫するつもりだ。そして暗くなったら家に帰る。俺の不変的で平凡な1日はこんな感じだ。
だが、今日はいつもと違うということを忘れていた。
「おい、後ろ。呼んでるぞ」
龍馬に後ろを指さされ、振り向くと八崎がいた。そしてその斜め後ろに雨宮がいる。
「……あのさ、孝一くんだよね?ひろみちゃんと知り合いなんだっけ」
「いや、まぁそんなとこか……?」
知り合いってなんだ。ここクラス全員雨宮の知り合いだろ。そんな俺知り合いすらいるイメージないのか?
少し萎む俺に構わず、彼女は要件を続ける。
「私さ、委員会の仕事が急遽できちゃったからさ、代わりにひろみちゃんの学校案内してくれる?ほら、先生たちも忙しいし、ひろみちゃんから聞いたら、あんたが応えてくれるって聞いてさ」
話してたのか。魔法の話などで盛り上がった時に、朝の紙飛行機の話題が出て、自然と俺のことが上がってきたのだろうな。お昼時に随分と廊下側は盛り上がっていたし、そのくらいに俺の話をしたかもな。
それにしても――
「汗すごいな。無理してるんじゃないか」
「……は?なにが?」
八崎の顔はとても引きつっていて、汗が出ている。俺に指摘されて、慌てて袖で額を拭う。
「じゃあ私はこれで。ひろみちゃんをよろしくね」
「あぁ」
八崎は少し早足気味で教室を出て、最後に雨宮に手を振って廊下へ去る。同じく手を振りかえした雨宮は、こちらに上目遣いで振り向き、片手を胸に、もう片手はスカートの裾をくしゃくしゃにしながら声をかける。
「孝一くん、ごめんね。他の友達みんな用事あるらしくてさ。話しやすいの孝一くんくらいで。用事あるなら全然いいんだけど……」
別に明日でもいいだろ、と言おうとした瞬間、龍馬に背中を肘で突かれる。何を言おうとしてるのかすぐさま察したのだろう。
「ほんとお前ってやつはな。こんなかわいい子のお願いとか、俺なら即決だぞ」
小声で俺に少し圧をかけながら言われる。俺も小声で返す。
「じゃあお前がやれよ」
「バカか。お前に頼んでんだろ。はぁ、ほんとお前は恵まれてんな。妹が嫉妬するぞ」
「妹?なんで急にお前の妹の話が出てくるんだよ」
話がどんどん面倒くさくなってきた。こうなりゃ、もういっそ承諾したほうが楽だな。
ため息をつきながら再び雨宮の方に振り向くと、俺と龍馬がこしょこしょしていたところを見て、少しあわあわしていた。
「すまん。用事はない。俺でよかったら学校案内するよ」
「……ほ、ほんと?ありがとう!えへへ」
後頭部をかきながら、どこか嬉しそうに笑顔を浮かべた。そんなに学校案内が楽しみだったのか?まぁたしかに、一部が非現実的な世界だし、共用施設がどんな工夫されているのか興味を持ったのだろう。
「じゃあな孝一。ちゃんとやれよ」
「あぁわかったよ」
軽く龍馬と別れ、俺は雨宮と二人で学校を歩くことになる。一つ引っ掛かるのが周りの男子からの視線だ。
転校してきた美少女と二人きりで歩くとなると、目撃したクラスメイトは必ず視線を寄せるだろう。どうにか、この話題が広まないようにと願いたいが。
「じゃあ行くか。主によく使うとこだけ案内するぞ」
「はい!お願いします先輩!」
軍人の敬礼のように、手を斜めに傾け頭につける。呆れながらその姿勢を無視して、二人で教室を出る。
どうでもいいことだが、いつのまにかお互い敬語をやめていた。




