第40話 悪意直結、リストア決行
メイン・フレームと同化した巨大なウイルスの肉塊。
俺がそれに手を伸ばした瞬間、視界のUIが【System Error】という赤い文字で埋め尽くされ始めた。
『Target:Virus_Entity 』
『Warning:対象をDeleteすると、Core_System(世界)も同時に消失します』
「知ってるよ! だから全部消えちまう前に、セーフモードで分離する!」
前世のIT知識と、この世界のチート権限をフル動員する。
俺がやろうとしているのは『システム・リストア』。感染前のバックアップまで巻き戻し、ウイルスだけを抽出して隔離する処理だ。
「……ッ!!」
脳が焼けるような激痛。
世界(星の裏側)の膨大な情報量が、俺の脳に直接逆流してくる。
森の木々の一本一本、海を泳ぐ魚、王都の人間たちの呼吸──そのすべてのデータ通信を処理しながら、ウイルスコードの隙間を縫って分離作業を行わなければならない。
『愚カナ……我ニ干渉スルトイウコトハ、我ノ【悪意】モマタ、卿ノ脳ニ直結スルトイウコトダ……!!』
ウイルスの嘲笑と共に、俺の意識の中に『旧文明の憎悪』が流れ込んできた。
争い、殺戮、破滅。兵器AIが蓄積してきた黒い感情の奔流が、俺の自我を塗り潰そうとする。
「ぐっ、あああああぁぁぁぁッ!!」
俺は片膝をつき、自分の頭を抱えた。
目、鼻、耳から一斉に血が滲み出す。
『ホウラ……精神ガ崩壊スル……卿ノ小サナ脳のキャパシティデハ、星の歴史ト我ノ憎悪ハ、処理シキレマイ……!』
ダメだ……。
ウイルスを引き剥がす前に、俺の脳がショートして死ぬ!
『残り、1分』
「アッシュ様!!」
意識が暗転しかけたその時。
倒れていたエレナが、最後の力を振り絞って俺の背中に抱きついた。
「エ、レナ……離れろ……お前まで、システムへの接続負荷で、頭が……!」
「離しません!!」
エレナは、血塗れの俺の背中に顔を押し当てて叫んだ。
「私がアッシュ様の【盾】であると誓った日を、忘れたのですか! アッシュ様が世界の重圧に耐えようというのなら、私が……この矮小な魂を砕いてでも、その痛みを肩代わりしてみせます!!」
エレナが魔力ゼロの体で、無理やり精神接続を繋いできた。
それは彼女の魂をオーバーヒートさせる自殺行為だ。
だが……そのお陰で、俺の脳を焼き尽くそうとしていた情報の許容量が、奇跡的に「2人分」へと拡張された。
「……っはは。お前……本当に、最高の狂信者だよ」
俺は血だらけの顔で笑い、再びモニター(視界)を睨み据えた。
「上等だ、クソAI。俺の『盾』がいる限り、俺は絶対に折れない」
【System:ユーザー(エレナ)とのメモリ共有を確認。権限レベル3『神格モード』へのリミッターを一時解除します】
「──行っけぇぇぇぇッ!!」
俺は脳内で、ウイルス部分とコアシステム部分の結合部に楔を打ち込むイメージで、『Cut』コマンドを叩きつけた。
バチィィィィィィィンッ!!!!
空間が、閃光に包まれた。
スピーカーから、ウイルスの断末魔のようなノイズが弾ける。
『ガ……バガナ……我ガ……神カラ……剥キ取ラレル……!!』
「今だッ!!」
システム(世界)から分離されたウイルスの肉塊に対し、俺はすかさずとどめのコマンドを打とうとした。
だが、その分離の瞬間に生じた膨大な反動が、巨大な衝撃波となって俺たちを飲み込もうと迫り来た。
魔力もない、物理防御も間に合わない近距離でのエラー爆発。
食らえば俺もエレナも、粒子レベルで分解される!
「きゅるるるるるるんッ!!!」
──その時。
ずっと俺の肩の上で大人しくしていたスライム(元・超絶絶望バグ)が。
俺たちの前にピョンッと飛び降り、信じられないほどの速さで「パンッ!」と巨大なドーム状に膨張し、俺たちを包み込んだのだ。
ドゴォォォォォォンッ!!!
エラーバーストの大爆発が、スライムのドームに直撃する。
スライムは元々「同種のエラー塊」だったモノを俺が書き換えた存在だ。だからこそ、システム爆発の属性を完全に吸収してくれたのだ。
「きゅ……むっ」
衝撃を全て吸い取ったスライムが、パラシュートのようにへなへなと萎んでいく。
「お前っ……!」
俺はスライムを両手で抱きとめた。
世界を滅ぼすレベルのウイルスから引き剥がされた残骸。
それを前に、俺は最後の力を振り絞り、決着のコマンドを唱えた。
「Target:Virus_Entity」
「Action:Delete (完全消去)」
……プシュンッ。
古いテレビを消した時のような、小さな音。
それと共に、巨大な肉の塊(旧文明の悪意)は、ポリゴンのように四角く崩れ去り、完全にこの世から「削除」された。
『システム再起動(Reboot)。正常な環境管理プロセスへの復旧を開始します』
涼やかな風が、地下空間に吹き込んだ。
魔素が再び満ちていき、止まっていた重力場と気候管理が息を吹き返す。
視界のUIから赤い警告エラーが消え去り、穏やかな緑色のステータスバーが並んだ。
「……終わった」
俺はその場に大の字になって倒れ込み、天井を仰ぎ見た。
血と汗と泥にまみれた、最悪で、最高のデバッグ作業が終わったのだ。
「アッシュ……様……」
隣で意識を取り戻したエレナが、魔力が回復していくのを感じながら、震える手で俺の頬に触れた。
「世界が……世界が、アッシュ様の御手によって……再び、産声を、あげたのですね……」
エレナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ああ。まあ……お前のサポートがなきゃ、死んでたけどな」
「もったいないお言葉です……。神の偉大なる再創生に、この取るに足らない命を捧げられたこと……私の、永遠の誇りです……」
エレナは俺に寄り添い、そして力尽きたように穏やかな寝息を立て始めた。
俺の胸の上では、シワシワになったスライムが「きゅぅん」と寄り添って眠っている。システム爆発を吸収したせいか、前より少し強そうなツヤが出ている気もした。
「……これでようやく、有給とれるかな……」
俺もまた、究極の疲労感に包まれながら、静かに目を閉じるのだった。
けれど次に目を開けた時、待っていたのは静養ではなく「世界救済の戦後処理」だった。




