85.ローズベリー家の新たなる対決とヴォロヴァン
とある上流階級の邸宅で開かれている、社交パーティー。
そこに、一人の青年がやって来た。
「ご覧になって、アーサー様よ!」
「本当、今日も素敵ね!」
「凛々しい表情が、たまりません……っ!」
すると、途端に若い女性たちが色めき立つ。
「アーサー、相変わらず人気だね」
「これはこれで、困ったもんだよ」
出迎えた友人の声に満更でもない笑みで応えたのは、十八歳の青年。
金色の髪を後方に流し、上等なグレーのスーツを身にまとっている。
ブリティシアきってのエリートが集う全寮制の学校、イーストンに通うアーサー。
先日の社交界デビューから、変わらぬ人気を誇っている。
「……ん?」
アーサーは、初めて見る顔に目を留めた。
「どれ、軽く声をかけておくか」
「彼女の反応が楽しみだね」
「ああ、そうだな」
長い金髪を揺らして歩く少女に、さっそく挨拶に向かう。
集まる視線の中、ネクタイを直し、得意の笑みを作って颯爽と声をかける。
「初めまして、お嬢さん」
「あ、邪魔だから退いて」
「えっ?」
思っていた展開と、まるで違う。
何と少女は『興味ない』とばかりに、人気者のアーサーを押しのけ去って行く。
周りの視線を集めた状態で受けた、まさかの対応。
恥ずかしい瞬間を見られたアーサーは、思わず顔を赤くする。
「な、なんなんだ……?」
こんな屈辱は、初めての事。
自分が声をかければ、相手はうれしそうに目を輝かせるのが当たり前。
それをよろこぶどころか、無視された。
しかも料理を一杯に乗せた皿を、両手に持った謎の食いしん坊女に。
「何なんだよ、あの女……っ!?」
これまで自分が直々に挨拶に来て、あんな態度を取る女性などいなかった。
図らずも恥をかかされたアーサーは、ホールを出ていく少女の背をにらみつけるのだった。
「料理、もらってきたわ!」
「わーっ! とってもおいしそうですっ!」
エマが、歓喜の声を上げる。
料理をいっぱい乗せた皿を持って、使用人の控室にやって来たのは、シャーロット・ローズベリー。
肌荒れを気にして社交界デビューを先延ばしにいていたが、食生活を改善することで無事に問題を解決。
今ではこうして、パーティにも気兼ねなく参加している。
「シャーロット様、こんなところに料理を持ち込んで大丈夫なのですか?」
付き添いでやって来たアンナ・マリーは心配するが、シャーロットは「問題なし」と笑う。
「いいのよ、私が多少お転婆に見られるくらい。こういう場はまだまだ肩がこっちゃうし、三人一緒の時間は良い息抜きなんだから」
シャーロットはすっかり、年近いエマやアンナ・マリーと一緒に過ごすことを、楽しく感じているようだ。
「ほらエマ、近い近い」
食事を目の前に置かれた犬の様に、顔が勝手に皿に寄っていくエマ。
その襟首を、アンナ・マリーがつかんで止める。
「ていうか、こんなところにまで自前のフォークを持ち来んできたの?」
「ふふっ、エマは相変わらずだわ」
両手にマイカトラリーを握って、今や遅しと目を輝かせているエマに、ため息を吐くアンナ・マリー。
そんな二人を見て、シャーロットが楽しそうに笑う。
「今日一食くらいは大丈夫……よね?」
肌荒れを気にして普段は色々控えているシャーロットも、この時ばかりは無礼講。
アンナ・マリーに「もちろんです」と、うなずいてもらうことで覚悟を決める。
「それでは、いただきましょうか」
「はいっ!」
持ち込んで来た、二枚の皿。
その片方に乗っているのが、鶏肉ときのこのヴォロヴァンだ。
手のひらサイズのその一品は、円筒形のパイ生地の器をサクサクに焼き、鶏出汁とクリームで煮込んだ具を詰めたフランク王国料理だ。
ナイフを入れると、幾重にも重なった生地がパリパリと小気味よい音を立てる。
「「「いただきます!」」」
クリームの優しい香りにパイ生地の香ばしさが、食欲をそそる一品。
三人一緒に、口へと運ぶ。
「おいしい――っ!」
エマがさっそく、歓喜の声を上げた。
表面は香ばしく焼き上がり、噛めば薄い生地が軽やかに砕ける。
するとバターの豊かな香りが鼻へ抜けたところに、熱を帯びた鶏肉が転がり込んできた。
何とも、心地の良い歯ごたえ。
濃厚なクリームソースをまとった鶏肉は、噛むほどにその優しい旨味をじんわりと広げていく。
そこに続くのは、マッシュルーム。
柔らかな鶏肉とは対照的に、こちらは噛めばくにっとした程よい弾力が返ってくる。
口の中で噛みしめるほど、きのこ特有の土を思わせる深い香りと風味がにじみ出し、それが鶏肉の淡い旨味、濃いクリームソースの味と混ざり合う。
濃厚ではあるのに、重たさはない。
香ばしく軽いパイ生地がソースを受け止め、その合間から鶏肉の旨味とマッシュルームの風味が顔を出す。
さらにその全てが、異なる食感で楽しませてくれるのだ。
「上品な料理ですが、パイとはまた違っていておいしいですね」
これにはアンナ・マリーも、思わずうなずく。
パイ生地で作った小さな器の中に、香ばしさと濃厚さ、肉の旨味ときのこの風味がぎゅっと詰まった一品は、見た目に上品な料理でありながら、食べ進めるほどに「もっと食べたい」と思わせる力強さも兼ね備えている。
パーティの時だけ、見栄のために良いものを出す。
ブリティシア上流階級のプライドは、今日もさすがの一言だ。
「何より、こんなにおいしそうに食べるエマがいるんだもの。何だってご馳走に見えてくるわ」
楽しそうに笑うシャーロットは、もう一つの皿を二人の前に。
「タルト、好きなのを選んで」
「ええええーっ!?」
イチゴ、洋梨、プラム。
三種類のタルトが一つずつ並んでいるということは、もちろん一人一つずつだ。
唐突な選択肢に、エマは頭を抱える。
そのまま悩みに悩み、ついに繰り出した結論は――。
「選べません……っ!」
半泣き状態での、降参だった。
そんなエマに、思わず笑い合うシャーロットとアンナ・マリー。
「それなら私たちのも、一口分上げるから」
「本当はあまり、褒められたことではないのですが……」
まさに天から差し込んだ光明。
エマは満面の笑みで、イチゴのタルトをぱくり。
「んんーっ!」
「はいどうぞ」
口いっぱいに広がるイチゴの風味を楽しむと、続けてアンナ・マリーの切り分けてくれた洋梨タルトを一口。
「ありがとーっ! これもおいしいっ!」
「こっちもどうぞ」
豊潤にして濃厚な甘みを味わった後は、シャーロットのプラムも一口。
「ありがとうございますーっ! わあ! これもおいしいですっ!」
サクサクのパイ生地に乗った、焼いた果実独特の円熟した甘み。
ほのかに残る酸味と共に、思いっきり堪能する。
「ほらエマ、また」
「えへへ、ありがとう」
エマの頬についた果実の欠片を、アンナ・マリーが取ってあげる。
昔から何度も繰り返してきた、このやり取り。
シャーロットが、そんな二人を見てまた笑う。
「お母様も最近はずっとご機嫌だし、これもエマや達也さんのおかげだわ」
公爵夫人の開いたアフタヌーンティーの成功と、その流行。
シャーロットの母エレノアも、あれから気分上々といった感じのようだ。
「それじゃあ私はパーティに戻るわ。もう少し挨拶したら帰るつもりだから、ここで待ってて」
「「はい」」
「あ、気を付けるのよ。こういう会場には、綺麗な子を見つけては誰彼構わず声をかけてくる人もいるらしいから」
「エマにはまだ早いですっ!」
顔を赤くしたアンナ・マリーが、即座に反応。しかし。
「アンナ・マリーも十分危ないんだから、気を付けるのよ」
「っ!」
「そういうことだから、何かあったらすぐに私に言うようにね」
いよいよ頭から、蒸気を噴き始めたアンナ・マリー。
シャーロットはそう言い残して、控室を出た。
そして華やかな会場へと、戻ってきたところで――。
「伯爵夫人のお誕生日、何かできませんでしょうか」
そんな声が聞こえて、足を止めた。
パーティ参加者の一部が語っているのは、伯爵夫人の誕生日祝いについて。
「それなら次のパーティーを、お誕生日会にしたらどうかしら」
「それは良いわね。サプライズでおもてなしの料理を出しましょうよ」
「良い案だな。ベアトリス夫人はよろこぶよ」
どうやらサプライズのおもてなし料理を出すことで、話がまとまりそうだ。
「さて、では誰が料理を用意するかだが――」
「私にやらせてください」
声を上げたのは、シャーロット。
「ベアトリス夫人は母が、社交界のあれこれを教えてくれた恩師のような存在だと言っていました。私もデビューの時にお世話になったので、ぜひ恩返しをさせていただきたいです」
母エレノアはもちろん、自身も社交界に出て来たばかりの頃に面倒を見てもらった相手。
この好機を逃す手はない。
「恩返しか。なるほど、それはいいね」
「でしたら、料理はシャーロットさんにお任せしましょう。私たちはサプライズの場を用意しますわね」
こうしてシャーロットは、伯爵夫人の誕生日サプライズを担当することになった。すると。
「それなら、ぜひ僕にもやらせてください」
そこに、まるで対抗するかのように参加を表明する者がいた。
やって来たのは、アーサーだった。
「うちの母も若い頃、ベアトリス夫人にお世話になっていたとのことなので」
意外な展開だ。
シャーロットが、驚きを見せていると――。
「先ほどはずいぶんとお急ぎでしたね。あの時は僕のことなど、目にも入らなかったようですが」
「……なんのこと?」
「っ!」
エマやアンナ・マリーと一緒に料理を食べることを、ただ楽しみにしていたシャーロット。
いよいよアーサーが『視界にも入っていなかった』と言ったも同然の、問いかけをしてしまう。
するとアーサーは、わずかに頬を引きつらせながら続ける。
「無理もありませんね。とても……食い意地が張っていらっしゃるようでしたので」
「なっ!?」
それが何を言っているのかに気づいて、シャーロットはすぐに赤面する。
「あ、あれは私一人で食べるわけじゃ……!」
「「「クスクスクス」」」
「っ!」
両手に皿を持って、いそいそと控室に向かったシャーロットの姿を思い出した参加者たちから、起きる笑い。
上流階級において飽食は、褒められたことではない。
思わぬ形で笑いものになってしまったシャーロットは、顔を真っ赤にしたままうつむく。
「それでは、二人が料理でおもてなしするという形でいいかしら」
「いいね。料理対決みたいで面白そうじゃない」
「こらこら、あくまでおもてなしだぞ」
そう言いながらも、二人が同時に立候補したことによって、自然と盛り上がる主催者たち。
アーサーは、赤面のシャーロットに告げる。
「当日を楽しみにしてるよ。せいぜい見劣りのする料理を出さないよう、気を付けてもらえると助かる……それでは」
そう言い残して踵を返し、そのまま会場を出ようとしたところで――。
「ああ、忘れてた」
「……なに?」
「あまり――――食べ過ぎないようにね」
「っ!?」
最後にもうひと笑い起こして、今度こそ会場を後にしていく。
「なっ、何よあれ! ……嫌味なやつ!」
そんなアーサーの後ろ姿を見ながら、シャーロットは頬をふくらませたのだった。
◆
「あら、それは面白いことになったのね」
「笑い事じゃないわ!」
帰宅したシャーロットがこの日の出来事を語ると、母エレノアは楽しそうに笑った。
「あまりムキになっても、仕方ありませんわ」
エレノアにとって社交界の揉め事など、慣れたもの。
楽しそうな話に、余裕の笑みを見せるほどだ。
「本当……何なの? あのアーサーってやつ」
「…………アーサー、ですって?」
しかしその名前を聞いた瞬間、表情が変わった。
「どうしたの?」
シャーロットがたずねると、エレノアは急に目を鋭く細める。
「金髪ですわよね?」
「そうだけど」
「シャーロット……負けることは許されませんわよ」
「それはもちろん、見劣りするものを出したくはないけど。でも、どうしてそんな急に……」
「そんなの決まっていますわ! アーサー・ポートマンは、隣の家のバカ息子だからです!」
「そうなの!?」
なんとアーサーは宿命のライバルである隣家、ポートマン家の子息だったようだ。
そうと分かった途端に、その目に猛烈な炎を燃やし出すエレノア。
「負けることは、絶対に許されませんわ! アンナ・マリー! すぐにエマさんに助力を求めなさい! そして達也さんの知恵を借りるのです!」
「は、はいっ」
すでに熱くなっている、エレノア婦人。
普段は温厚な淑女なのだが、この件にだけはどうしても頭に血が上ってしまう。
その結果。
「いいですわね! 絶対に勝ちなさい! もし負けたら――――アンナ・マリー以外全員クビですっ!」
「「「ええええーっ!?」」」
使用人たちは「現場にいないのに!?」と、震える。
こうして世代をまたいだ因縁は、思わぬ形で新たな対決を生み出したのだった。
誤字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!
なんと再び注目度ランキングに入れて頂いた模様! ありがとうございます!
お読みいただきありがとうございました!
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