32.キッチンみけと鶏の照り焼き
「ほら、どうしたんだよ店主」
「早くメシにしてくれー」
「あ、ああ……」
閉店後の『みけ』に、突然やってきた外国の男たち。
すっかり夕食モードの二人に急かされて、キッチンに入る。
もちろん達也は今も、店のドアが見知らぬ土地につながってしまったという、異常な状況に混乱したままだ。
「ええと、注文は何を……?」
困惑しながら聞くと、二人は顔を見合わせて苦笑い。
「それじゃあ……何かうまいものを頼む」
「無理言うなって。どれを選んでも似たようなもんだぞ」
「それなら店主に任せるよ。ただし……ウナギ以外な」
「あははははっ!」
二人が見せるのは、ブリティシアでも特別にメシがマズい、イーストエッジ特有の笑い。
達也は言われるまま、冷蔵庫の中身を確認してみる。
すると、残った材料で作れる一品に思い至った。
「……よし」
大きく一つ息をつき、調理を開始する。
『みけ』のキッチンに立つのは、実に十年以上ぶりとなる。
それでも、身体は覚えていた。
子供の頃から何万枚もの皿を洗って、いつしか包丁を握り、火を使い。
染みついた動きに、よどみはない。
社会人になってからも出来る限りは料理をしてきたことが、達也から『作る感覚』を奪わなかった。
『達也』と刻まれた包丁は、祖父母からの贈り物。
二人が綺麗に研いでおいてくれた刃は今も、その切れ味を失っていない。
「ええと、二人は……どこから?」
知らない場所と、見知らぬ客。
尽きない謎を前に、達也は手を動かしながらそれとなく聞いてみる。
「俺はここ、ロンドールの生まれだよ」
「オレはウェルズからだ」
やっぱり、分からない。
聞いたことのない地名だ。
「でも、店主も外国から来てわざわざブリティシアで店を開くなんて、変わってんなぁ」
そしてどうやら彼らが『やってきた』のではなく、達也の方が『外国から来た』と判断されているようだと知る。
「……ていうか、なんだかずいぶんと本格的だな」
そんなことを話していると、祖父譲りの技術の高さに気づいた二人が、不思議そうにし始めた。
「本当だな。ロンドールの、しかもイーストエッジでこんな丁寧に……」
驚くのも無理はない。
労働者の二人には、これだけしっかりと作る料理に覚えなどない。
「……ごくり」
さらに経験したこともない良い香りが、鼻先をくすぐり出した。
自然と腹が鳴り、ノドが鳴る。
その身体は早くも、『うまいものへの予感』に反応し始めている。
達也は多様な皿の中から、合うものを選んで盛りつける。
祖母譲りの美的感覚が生み出す盛り付けは、今日も好調だ。
こうして見事な手際で、完成した料理。
緊張する。
でも同時になぜか、ワクワクしている。
誰かのために作る料理は、本当に久しぶりだった。
「はい、お待ちどうさま」
祖父の自然な口調を真似しながら、二人の前に出来たての料理を置く。
それは達也が祖父母に教えてもらった、得意料理の一つ。
そしてかつての達也が、初めて客に作って出したものだ。
「これは……」
「……なんだ?」
一方出された二人の客は、呆然と目の前の料理を見つめている。
豪華な食材と、美しい彩り。
料理を飾り立てる美麗な皿に、見事な盛り付けがされている。
それは自分が知っている『料理』とは、まるで別次元の一品だ。
「鶏の照り焼きだけど……」
「初めて見る料理だよな?」
「ああ、初めてだ」
どうやら二人は、達也の国では定番の『照り焼き』を知らないようだ。
やはりここは遠い異国か何かなのだろうと、達也は予想する。
今、確かなことは一つだけ。
それは目の前の料理が『うまそう』だという事。
艶やかなタレが光を受けて放つ、妖しい鶏の輝き。
そこにレタスとプチトマトが、瑞々しい彩りを加える。
くべるための燃料ではなく、楽しんで食べるための料理は、見た目からしてまるで違う。
「とにかく、食ってみようぜ……!」
「あ、ああ!」
漂ってくるうまそうな匂いに我慢できず、二人は並んで一口。
「「う、おおおおおお――っ!?」」
同時に驚愕の声をあげた。
右の席に座った男に至っては、驚きにフォークを取り落としている。
「なんだ……なんだこれっ!?」
「こんなうまい料理、食ったことねぇ!!」
二人思わず、顔を見合わせた。
「うますぎるぞ! どうなってんだよこいつはっ!?」
あらためて口に入れれば、香ばしい鶏皮の風味を感じる。
その直後に歯が、心地よい弾力を感じながら肉に潜り込んでいく。
すると煮詰められて、とろっとしたタレの甘辛さが口内に広がった。
火にかけられることでわずかに焦げた醤油は、照り焼き特有の焼けた香りを放ち、そこにみりん由来の丸い甘さがふわっと続く。
その柔らかな甘みが醤油の深みと溶け合うことで、生まれる独特な甘辛さ。
あふれ出した新鮮な鶏肉の旨味や脂と、混ざり合う。
そして最後にふわりと立ち上がる生姜の香りは、重くなりがちな甘さをすっと切り、次の一口へと誘う。
唖然とする二人の男は、ここで別皿に盛られた白米を発見。
初めて見るその食材は、まばゆい輝きで誘惑を仕掛けてくる。
思わず、フォークで取って一口。
「「っ!?」」
達也には、鍋一つあればふっくらおいしいご飯を炊く技術がある。
ほのかな甘みを持つ白米は、甘辛な照り焼きとの相性が抜群。
米粒一つ一つが照り焼きの旨味を吸い込み、主役の鶏と一体となる。
こうなればもう、抗うことなどできない。
「うまい! うますぎるっ!」
「ああ、こいつは最高だっ!!」
「……っ」
初めて食べる料理に夢中になっている二人を見て、なぜだか身体が震える達也。
男たちの手は、口は止まらない。
食事は燃料補給でしかないというのが、ブリティシアに生きる労働者たちの常識だ。
だが今は違う。
うまいから、もっと食べたくてたまらないから手を動かす。
二人はそれから何かを語ることもなく、我を忘れて鶏の照り焼きを食べ尽くしてしまった。そして。
「店主! あんたすげえよ!」
「ああ、正直驚いた! 鶏肉がこんなにうまいだなんて、信じられないっ!」
歓喜と共に、満足気な息をついた。
忘れていた言葉を取り戻したかのように、そのおいしさを熱く語り出す二人。
「……いや、ちょっと待ってくれ」
突然片方の男が、表情を硬直させた。
「これだけの料理だ、イーストエッジとはいえ相当高いんじゃないか……?」
そんな言葉に、相棒も息を飲む。
「オ、オレたち、これだけしか持ってないぞ……」
二人がポケットから取り出したのは、共に十数枚ほどの貨幣。
向けられる、気まずそうな視線。
「別に支払いはいいんだけどな……それなら、この銀貨を一枚ずつとか?」
達也はそう言って六、七枚ほど混ざっていた銀貨を、一枚ずつもらってみる。
すると二人はまた、唖然とした。
「いっ、いいのか!?」
「こんなにうまいのに……!」
支払いを終えた二人は、安堵と歓喜の笑みを浮かべながら立ち上がる。そして。
「最高にうまかった! 絶対また来るよ!」
「ありがとうな! これで明日もがんばれるぞ!」
「こりゃ良い店を見つけたなぁ……っ!」
「ああ!」
心からうれしそうに、店を出て行く二人。
見送りに出て来た達也に、振り返る。
「でも俺たちみたいな連中にも、こんなにうまいものを安く食わせてくれるなんてさ……」
「あんた――――偉いなぁ」
「っ!!」
そう言い残して二人は、意気揚々と石畳の帰路を行く。
「……ああ、これだ」
そんな二人の背を見送りながら、思わずこぼれた言葉。
自分の仕事で誰かが笑うのを、見た事なんてなかった。
誰かが喜ぶのを見たことも、「ありがとう」と言われることもなかった。
「これだったんだ……」
それはずっと感じていた、違和感の正体。
昔はたくさんのお客さんが笑って、喜んでくれた。
いつだって祖父母の『みけ』に感じていた、楽しさや優しさ。
今日まで自分がしてきた仕事には、それがなかった。
「……なあ」
足取りも軽く去って行く二人を見送った後、達也は『みけ』の看板にそっと触れる。
そして何万回も見た、店の看板キツネに問いかける。
「もう少し、続けてみてもいいかな?」
達也には、ここがどこで何が起きているのかも分からない。
ただ、そんな疑問を吹き飛ばしてしまうほどの強い思いが、心の中でわき立っている。
偶然立つことになったキッチン。
思い出した、誰かのために作る感覚。
そして料理を夢中で食べる二人を見て、確かに動いた感情。
何かが変わりそうな、変わっていきそうな気がしていた。
「キッチン・みけ……俺、やってみたいんだ!」
見知らぬ世界。
普通であれば驚いてしまうような不思議な状況の中でも、自然とあふれ出した言葉。
看板のキツネは今日も変わらず、得意げな笑みを浮かべていた。
明日より第二章! いよいよブリティシアが紅茶大国へと変貌していきます……!
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