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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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30.夜のこっそりロールケーキ

 それは『みけ』が、営業時間を終えた後のこと。

 明かりを落とした店の中で、達也はひっそりと動き出した。

 すでに片付けを終えたキッチンに入り込み、そっと開くのは業務用の冷蔵庫。


「いいぞ……成功だ」


 その出来栄えに、思わず笑みが浮かぶ。

 ステンレス製の角盆を取り出し、ラップを剥がす。

 用意しておいた細やかな粉糖を最後に振りかければ、出来上がりだ。


「ふふふふふ」


 思わずまた、笑みがこぼれる。


「おいしそうですねぇ」

「うおわああああ――っ!?」


 背中にかけられた声に、達也は思わず跳び上がった。


「エ、エマちゃん……?」


 振り返るとそこには、満面の笑みを浮かべたエマが立っていた。


「これってケーキですか!? すごく綺麗ですねっ!」

「い、いつの間に……?」

「おいしそうな気配がしたので」


 夕食となる賄から数時間。

 腹をすかせたクマのように、三階から『下山』してきたエマ。

 おいしい気配を感じ取ってやってくるその感覚は、なかなかに鋭いようだ。


「これ、達也さんが作ったんですよね?」

「ああ、まあね」

「達也さんがケーキを作るの、初めて見ました」

「…………」


 言われて達也は、観念したかのように話し出す。


「実は俺さ……結構な甘党なんだよ。それで昔から、スイーツの自作を続けてきたんだ」

「そうなんですかっ!?」


 達也の言葉に、目を輝かせるエマ。

 一度食べたくなったら、つい作ってしまうのが達也のサガだ。

 今回は仕込み時間に同時進行で作ったものを冷やしておいて、夜にそっと食べる予定だった。


「ついニヤニヤしちゃうから……隠しておきたかったんだけどね」


 いい年してスイーツをこっそり作って笑い、それを隠れて食べようとしていたところを見られるのは、やはり少し恥ずかしい。

 達也は、照れくさそうに苦笑してみせる。


「これは、なんていうケーキなんですか?」

「ロールケーキだよ」

「ロールケーキ!」


 達也が作ったものは渦巻き型ではなく、中央に配置したクリームを薄めの生地で巻いたもの。

 その顔を見ればすぐに分かるため、聞く必要はなさそうだが、一応問いかけてみる。


「エマちゃんも食べ――」

「はいっ! いただきますっ!」


 全部言い切る前に、元気な答えが返ってきた。

 見ればその両手にはすでに、フォークが握られている。


「賄からまだ数時間ってところだけど、食べられる?」


 もちろん夕食は夕食で、しっかり食べたエマに問いかける。


「はい! なぜかは分かりませんが……甘いものは食事と別物な気がします!」


 どうやら『甘いものは別腹』という特殊技能も、習得しているようだ。

 すっかりご機嫌な様子のエマは、両手にフォークのまま鼻歌を口ずさむ。

 彼女の実家があるノンフォークを占めるのは、農業従事者だ。

 果樹園では収穫期にリンゴが取れるため、アップルパイが最高のデザートだった。

 それでもその時期に数度食べられるかどうかといった特別なもので、高価な砂糖も使わない。

 ケーキなど、もちろん食べる機会がなかった。


「達也さんがコンポートゼリーの作り方を教えてくれたのも、甘いものが好きだったからなんですね」

「そういうことだな」


 令嬢シャーロットの危機に、普段とは毛色の違うレシピを教えた達也。

 どうやらそれは、本人の好みから生まれていたようだ。


「はい、どうぞ」


 綺麗にカットされたロールケーキを、小さな皿に乗せて出す。

 まばゆい純白のクリームを包み込む、穏やかな色味の生地。

 その表面には、粉雪のように繊細な粉糖がわずかに降り積もっている。

 飾り気のない洗練された美しさは、ある意味究極と言えるだろう。


「では、いっただきまーすっ!」


 エマは我慢できずに、大きく一口。


「わあ……!」


 あまりにシンプルな一品には、当然それだけの『おいしさ』が求められる。

 まずはふんわりと、そしてしっとりと焼き上げられた生地が、卵の豊潤な味わいを静かに感じさせることで応える。

 そして本命のクリーム。

 その口どけは、圧倒的になめらか。

 ミルクの深いコクと甘みを、ギュッと濃厚にした味が舌に伝わる。

 だが、達也のこだわりはこの後だ。


「っ!」


 遅れて口内に広がるのは、バニラの甘く濃密な香り。

 それはやさしい味わいのクリームに、バニラビーンズを混ぜ込むことで生まれた至高の風味だ。

 一口ごとにミルクのうまみと甘み、バニラのかぐわしさが口いっぱいに広がる。

 濃厚なのに甘すぎないクリーム。

 また薄手の生地も主役のクリームと一体になる、程よい軽さを持っている。

 そのため「もう一口、あと一口」と食べ続けてしまうのだ。

 その魔性ぶりに、手が止められない。


「んんーっ!」


 シンプルゆえの洗練。

 エマは思わずその足をパタパタ鳴らし、幸せそうに両手で頬を抑える。


「ふぉいふぃふぇふ!」

「食べてからでいいよ」

「すっごく、すっごくおいしいですっ!」


 最初は勢いよく、大きく口を開けて食べていたエマ。

 量が減ってくると、フォークに取る量が少しずつになる。

 食べ終わってしまうのが、もったいないのだろう。

 達也は共感しながら、笑みをこぼす。


「まだいっぱいあるから、好きに食べていいよ」

「はいっ!!」


 再びエマは嬉しそうに、大きくクリームをすくって口に運ぶ。


「この時間に食べるのって、なんか……すごくいいですよねぇ。しかもケーキだなんて、ドキドキしちゃいます……!」


 後はもう寝るだけなのに、小腹をしっかり満たす。

 悪魔の誘いに乗るかのような行為には確かに、不思議な背徳感すらある。


「……さて」


 だがこの時間は、達也にとって挑戦の瞬間でもある。

 神妙な面持ちで立ち上がると、手にしたグラスにビールを注いでいく。

 今回もしっかり、見事な泡を作ることに成功。

 それから一つ息をつき、覚悟を決めてグイっと飲み干す。

 すると鮮烈な苦みの後に、独特の後味が広がっていった。


「……やっぱり、変わらないか」


 やはりまだ、舌がこの苦みを『うまい』と感じるようにはなっていない。


「エマちゃん」

「はい」

「本当に頼むから、「おいしいです!」とか先に言い出さないでね?」

「ふふっ、大丈夫だと思いますよ。でも達也さんはどうしてそんなに、エールをおいしく飲めるようになりたいんですか?」


 賄の時間に合わせて行われがちなこの行事に、エマは首を傾げる。


「そりゃ、うまそうにジョッキでビールを飲む姿が単純に羨ましいからだよ……あと」

「あと?」

「うちは祖父母が料理店をやっててさ、祖父のどっしり構えた自然な『大将』感に憧れてたんだ」

「達也さんの、おじいさんですか」

「甘いものは「あまり得意じゃないんだ」って言いながら苦いビールを豪快に飲む様子は、子供だった自分には信じられなくてさ。でもその姿は……なんだかすごくカッコ良かった」


 その光景は今でも、ハッキリ記憶に残っている。


「だからビールを楽しめる人が羨ましいし、なれるものならなりたい。まあ、御覧の通り現状は真逆なんだけど……」

「そうなんですね」

「こうしてると思い出すよ。祖父母の仕事終わりに、三人で夕食を食べてた頃のことを……」


 達也はかつての『みけ』の、営業時間後の雰囲気を思い出す。


「……達也さん」

「ん?」

「わたし、お仕事の後に達也さんと一緒においしいものを食べるこの時間が……大好きですっ」


 楽しくも忙しい仕事を終えた後に、達也と過ごすこの時間。

 それはエマにとって、大切なひと時になっていた。


「もちろん俺にとっても、大切な時間だよ」


 穏やかな空気が流れる、夜の店内。

 ほほ笑むエマに、達也も自然と笑みをこぼす。


「あと、お客さんに「これ食べていいよ」って言われたエマちゃんが、捨てられた子犬みたいな目で「い、今お仕事中なので……」っていう瞬間も好きだよ」

「み、見てたんですかーっ!?」


 お客さんの料理を羨ましそうに見ていたエマが、「一つ食べる?」と聞かれる。

 そこから「お、おおおお仕事中なので!」と泣く泣く断る流れは、すごくほほ笑ましい。


「ははははっ。ケーキ、もう一つ食べる?」

「はいっ!」


 エマは恥ずかしそうにしていたが、達也の問いに即座に反応。

 待っていましたとばかりに、両手のフォークを掲げてみせた。

 達也にとっても、すっかり楽しみとなったこの時間。

「おいしいおいしい」と、夢中で食べるエマの姿は本当に可愛らしい。


 こうして『みけ』の夜は、今日も静かに更けていく。

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