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【1章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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3.フィッシュ&チップス&工場長

 ブリティシアで始まった産業革命は、綿織物の需要増加がきっかけとなった。

 海を隔てた、はるか東の国インディオ。

 そこで作られた綿製品が大流行し、自国での生産のために機器を開発。

 急速な機械化の進行が、その始まりだ。


「だからさぁ……遅いんだよね、仕事が」

「すみません」

「次は搬出時間を守れよ。代わりの工場なんて、いくらでもあるんだぞ?」

「本当に……申し訳ありません」


 御者は冷たく言い放って、製品を山と積んだ荷馬車を走らせる。


「……無理な生産量を押し付けておいて、よく言う」


 その姿が見えなくなったのを確認。

 綺麗な七三分けと、シャツの上に着た灰色のベストが目印。

 織物工場の長であるオリバーは、舌打ちと共に足元の石を蹴飛ばした。

 今日の生産は、これで終了だ。


「とにかく、幻覚を解かないことが大事だ……!」

「そうなるよなぁ……」


 先日から妙に元気な若手二人の声に、軽い苛立ちを覚えながら作業場へ戻る。

 機器の整備を行えるのは、自分だけ。

 そのためオリバーにはこの後さらに、一人残って機械調整の仕事が待っている。


「あ、お疲れさまです」

「……ああ」


 すれ違う、歳近い中堅工員たち。

 オリバーは、短く応えて作業場へ。

 すぐさま、織機の調整を始める。


「なんだよ、あの不機嫌な態度」

「やりづれえよなぁ……毎日ピリピリ。俺もうこの工場やめようかなぁ」

「仲間誘って別のとこ行くか。仕事だけならいくらでもあるからな」


 広がる工員たちの不満は遠く、オリバーの耳まで届かない。

 工場に迫っている、大きな危機。

 そんなことは露知らず、本日最後の職務を終える。

 これでようやく、仕事は一段落だ。


「腹、減ったな……」


 一人工場を出ると、待っていましたとばかりに腹が鳴った。

 思い出してみれば、今日は夜どころか昼も食べていない。


「……こんな日はフィッシュアンドチップスと、エールのセットだな」


 激しい空腹には、食べ応えのある揚げ物とエールの組み合わせが一番だ。

 ここ労働者街では、エールも食べ物に属する。

 重たい飲み口のエールは腹に溜まってくれるため、早急にエネルギーを取りたい時に重宝されている。


「さて、今日はどうかな」


 オリバーはさっそく、夕食を探して街を進む。

 最初に見えてきたのは、居並ぶ屋台の列。

 ブリティシアが生んだフィッシュアンドチップスは、白身魚のタラを小麦粉で揚げたものに、ポテトフライを添えた料理。

 さっそく、その店が見えてきた。


「……ここは昼の売れ残りを二度揚げしてるから、衣が厚過ぎる。こっちは魚が古いんだな。黒っぽくなるまで揚げて誤魔化してる」


 ロンドールではまだ食材の保存方法が安定していないため、このようなやり方がよく見られる。

 だがこれでは、大きく味を落としてしまう。


「フィッシュアンドチップスどう?」


 すると、一人の店員が声をかけてきた。

 オリバーは商品を見るまでもなく、問いかける。


「ここの油は三日目か? それとも四日目か? 古い油特有の酷い臭いでバレバレだぞ」

「さ、さあ、どうだったかな?」


 すると店員は、あからさまに視線をそらした。


「まさか、それ以上か!?」

「……記憶にございません」


 そっぽを向いて、下手な口笛を吹き始める店員。

 オリバーは早々に見切りをつけると、続く屋台を見ながら進む。

 屋台や安食堂の店員は料理の勉強をしていないことが多く、作り方も自己流が多い。

 下処理という言葉すら知らない者が、ざらにいるほどだ。

 それが、ブリティシアにマズい店が多い理由の一つになっている。


「俺は、フィッシュアンドチップスにはうるさいんだ」


 働くために食べる『義務メシ』が、基本の労働者街。

 だがオリバーは、そもそもフィッシュアンドチップスが大好物だった。

 だからこそ、この惨状では店を選べない。


「ったく、なんなんだよ……」


 それなのに気分はもう、完全にフィッシュアンドチップスになってしまっている。

 苛立ちは、ピークに達していた。

 大きな舌打ちをしながら、屋台の並びを通り過ぎたオリバー。


「……ん?」


 その先に、初めての店を発見した。

 キッチン・みけ。

 雰囲気の良さに、惹かれるようにしてドアを開く。


「いらっしゃい」

「いらっしゃいませーっ!」


 するとすぐに、笑顔のメイドが駆けてきた。

 言われるまま席に着くと、さっそくオーダーを取りにくる。


「ご注文は何にしますか?」


 そんなものは、決まっている。


「フィッシュアンドチップスを頼む。あとエール」

「かしこまりました! 少々お待ちくださいっ!」


 注文を通して少しすると、聞こえてきた油の弾ける音。

 幸い、古い油の嫌な臭いはしてこない。

 その点はマシなのだろうと、安堵の息をつく。


「まあ最悪ビネガーをたっぷりかければ、まずい魚の風味もかき消せるからな」


 とはいえここは、労働者街だ。

 期待しないように、あえて言葉にしておく。

 するとわずかな時間の後、メイドのエマがテーブルにやって来た。


「お待たせしました! フィッシュアンドチップスですっ」

「っ!?」


 オリバーは思わず、目を見開いた。


「これは、これは一体なんだ……!?」


 これまで見てきたフィッシュアンドチップスとは、全然違う。

 目に映える鮮やかな焼き色は、まるで黄金の衣のようだ。

 そしてその半分ほどに、美しい白色のタルタルソースが乗せられている。

 自然と、ノドが鳴った。


「……ど、どれ」


 まずはフォークで端を切り取って、何も付けずに一口。


「なんだとっ!?」


 噛むと、サクッと心地よい音が耳に届いた。

 それから白身魚の穏やかな旨味と塩味が、口の中に広がる。

 熱で程よく豊かさを増した風味は、見事に衣の油と混ざり合っている。


「うまい!」


 浮かべる、驚愕の面持ち。


「タラの持つやや控えめな風味が、むしろ上品にすら感じられるだと!? そもそも何もつけずに、おいしく食べられるなんてありえないことだ……!」


 そうなると今度は、白いソースが気になってくる。

 マヨネーズを使って作られた、美しいタルタルソース。

 オリバーは初めての経験に、ドキドキしながら一口。


「ぬああっ!?」


 すぐさま、驚きの声をあげた。


「白いソースのまろやかな酸味が白身魚の旨味に混ざり、今度はしっかりとした味わいに変わった……! 茹でた卵の風味とタマネギの歯ごたえが、控え目なタラを力強く引き立てる感じだ! またソースに水っぽさがないために、フライのサクサク感は失っていないッ!」


 思ったことが、全部口に出ちゃうオリバー。

 やや濃いめの味付けを楽しんだ後は、必然的にノドが渇く。


「これは……」


 そこにはすでに、きめ細かな泡を乗せたエールが置かれていた。

 フィッシュアンドチップスに夢中で気づかなったジョッキに手を伸ばして、流し込む。


「はああああああ――っ!」


 思わず吐き出す、豪快な吐息。


「最っ高じゃないか!! 爽やかな飲み口のエールはしかし、強い炭酸とキレのある苦みでノドを洗い流してくれる! そしてそうなればまた、『濃い』ものが食べたくなる! まさに『飲』と『食』が、互いを際立たせている状態だっ! こんなにうまいフィッシュアンドチップスは、食べたことがないっ!!」


 今まで食べてきたものは、何だったのか。

『みけ』のフィッシュアンドチップスは、自分の知っているものとは完全に別物だ。


「……ん?」


 そんな感動の中で、見つけた揚げポテト。

 何気なく、一つ。


「おお……」


 外はカリッと、中はホクホク。

 ジャガイモの素朴な味を、見事な揚げ方によって生み出した食感が、何倍もおいしく感じさせてくれる。

 今度は皿の上に置かれた、赤いソースにつけてみる。


「おお……っ!」


 ブリティシアではまだ一般化していない、ケチャップの持つ酸味がまた良く合う。


「同じ揚げ物でも、違う味わいを提供しようというのか! 素晴らしい……素晴らしいっ!」

「……おいしそうですねぇ」


 気付けばメイドのエマが目を輝かせながら、心から羨ましそうな顔でこちらを見ていた。


「エマちゃん」

「ハッ! エヘヘ……」


 店主の達也にたしなめられて、恥ずかしそうにトレーで顔を隠すエマ。

 仲の良い上司と部下のような掛け合いをする二人に、思わず笑ってしまう。


「……これは本当に、フィッシュアンドチップスであってるんだよな?」

「ええ」


 小さくうなずき、応える達也。しかし。


「いや、違う!」

「違う……?」

「これは、こいつは――――キング・フィッシュアンドチップスだ!!」


 オリバーはついに、雄叫びをあげた。


「もともとフィッシュアンドチップスは、おいしい料理なんだ」

「もちろん」


 達也は大きくうなずく。


「それがマズくなってしまう理由は、高価な油が起こさせる使い回し。保存の弱さゆえに、失われる魚の新鮮さ。そして店員の不勉強といった点だろう」


 小麦粉を付けて揚げるだけ。

 シンプルな料理ゆえに、粗悪な素材や作り方は大きく味を落としてしまう。


「だがこの店のフィッシュアンドチップスは、そんなものとは一線を画している! まさに王だ!」


 もれる吐息は、大きな満足と共に。


「最高にうまかった……ありがとう、また来るよ」

「「ありがとうございました」」


 とても大げさだが素直な言葉に、ちょっとだけ口元をほころばせる達也。

 オリバーも来た時はうっとうしくすら感じたエマの笑顔に、思わず笑い返してしまうのだった。



   ◆



「だからさぁ、遅いんだよ」


 御者がぶつけてくる、嫌みったらしい言葉。


「いやー、すみませんね」


 しかしオリバーは、余裕を見せる笑みで返した。


「これでも急いでるんですけどねぇ」

「……チッ」


 舌打ちと共に去って行く荷馬車を、手を振りながら見送る。

 もはやオリバーには、御者の嫌味なんて可愛いものだ。


「あ、おつかれさまです」


 すると一人の工員に、声をかけられた。


「工場長、今日もご機嫌じゃないっすか」

「なーに言ってんだ。今回だって締め切りギリギリなんだ、明日も頼むぞ」

「「了解です!」」

「ところでお前たちは……キング・フィッシュアンドチップスを知っているか?」

「「はい?」」


 トーマスとハリソン。

 今日も元気な若手たちに、得意げに問いかけるオリバー。


「……なんか、工場長変わったよな」

「そうだなぁ。これならここを辞める必要はなさそうだ」


 それを見た中堅の工員たちからも、そんな声が上がる。

 働くために仕方なく食べる義務メシが、おいしい料理を楽しむために働くようになった。

 大好物を、美味しく作って出してくれる店がある。

 それだけで、見える世界がちょっとだけ違う。

 不機嫌の呪縛から、すっかり解き放たれたオリバー。

 それはいつの間にか従業員たちを、そして工場と自分までをも救っていたのだった。

ご感想いただきました! ありがとうございます!

返信はご感想欄にてっ! ※明日は昼12時ごろ更新かも……?


◆◆◆お読みいただきありがとうございました!◆◆◆

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― 新着の感想 ―
一時期日本でも衣が厚い揚げ物が持て囃されたけど、 あれどう考えても値段抑えるためだよね…(衣7割身3割) しかも油ってカロリーになるけどカロリーにしかならないという。 二度揚げも元の衣が薄ければ味が濃…
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