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第171話 ただ歌っているだけだったのに

極めて珍しい男性の音楽配信者としての活動。

生配信のコメントをその場で曲にするリクエスト作曲ショー。

国内最速ペースでのフォロワー、チャンネル登録者の拡大。

世界初となる男性全国ツアーと全世界配信の同時成功。

世界的歌姫ルナリアとの最年少コラボレーションライブ。

フランスの象徴シャンゼリゼ通りにてピアノ1台のサプライズライブ。

「音の解放」を掲げたアルバムが、新人として異例の大ヒット。

その楽曲群が、世界中で爆発的に引用・再構築される社会現象となる。


これが、光がこれまでに積み上げてきた実績だった。


どれか一つでも、十分に“異常”だった。

それが、途切れることなく積み重なった。


そして――

光自身の口から生配信で告げられた、

“国内最大級10万人規模の単独スタジアムライブ”。


それは、

限界まで膨らんでいた期待に、

最後の一押しを与える言葉だった。


その瞬間、

世間の期待は、はじけた。


続いたのは、

拍手でも歓声でもない。

無数の声だった。


称賛、解釈、期待、使命。

世界は一斉に、

光について語り始めた。



最初は、純粋な驚きだった。


「本当にやるのか」

「この世界で?」

「男性が?」


次に、賞賛が続いた。


「前例を壊した」

「時代を更新し続けている」

「誰もやれなかったことを、またやるのか」


そして、いつの間にか、

言葉の質が変わり始める。


「新時代の男性像」

「男性が前に出る時代の象徴」

「男性も、もっと主張していいのではないか」

「既存の音楽業界の破壊者」


光が、そう語ったわけではない。

光が、誰かにそう言わせたわけでもない。


だが、

光がそこに“存在している”という事実だけで、

世界は勝手に物語を作り始めた。



その流れを、さらに加速させたのが――

光バンドオーディションだった。


DAY1、DAY2、DAY3。

天才的、としか言いようのない即興。

遥の翻訳。

演奏者たちの切り替え。

主役の席を空けたまま維持される音楽。


そして、

裏で始まった光バンドの武者修行。


商業施設のステージ。

地方イベントの仮設舞台。

音響も環境も最低限。


そこに現れる、名前を伏せた“光バンド”。


ファンカム。

公式映像。

偶然と意図が混ざった記録。


それらが、

SNSという平面に、同時に並べられた。



「完成前の修行」――チーム光の内部では、そう呼ばれていた時間。


だが、外側の世界は違った。


「計算され尽くした育成」

「意図的な神話構築」

「次のフェーズに進むための儀式」


光が、

イベントステージでマイクを置き、

観客と一緒に手拍子をしているだけで、


「観客と同じ目線に降りている」

「支配ではなく共有を選ぶ姿勢」


そう意味づけされた。


ギターに歌を任せ、

最後の一瞬で戻ってくると、


「主役が不在でも成立する構造」

「帰還のカタルシス」


と、言葉が与えられた。


光は、

ただ音楽で遊んでいただけだった。


だが世界は、

それを“思想”に変換した。



気づけば、

光の選ぶ曲。

歌詞の一節。

一瞬の間。


すべてに、

「意味」が貼り付けられるようになっていた。


昨日と同じフレーズでも、

今日は違う解釈が生まれる。


光が沈黙すれば、

「次の布石ではないか」と言われる。


光が笑えば、

「余裕の証だ」と書かれる。


光が迷えば、

「意図的な揺らぎ」と名付けられる。



それに、

光自身が気づいたのは、

DayExtraが始まって、しばらく経ってからだった。


最初は、

「すごいなぁ」くらいの感覚だった。


次に、

「なんか、変なこと言われてるな」と思った。


そして、

ふと気づく。


『――俺、

 もう“好きなことをしてる人”として

 見られてないかもしれない。』


誰かの期待。

誰かの理想。

誰かの希望。


それらが、

音楽の上に、静かに積み重なっていく。


重い、というより。

置いていかれている、に近かった。



チーム光の誰も、

まだ、はっきりとは言葉にしていなかった。


だが、

どこかで、同じ違和感を抱き始めていた。


スタジアム10万人。

それは、祝福であり、

同時に、

世界が光を“象徴”として

確定させてしまう宣言でもあった。



そして――

次の会議。


スタジアムライブの演出。

グッズ。

曲目。


今までなら、

真っ先に光が口を開いていた。


「これやりたい!」

「あ、それ面白い!」

「ここはあえて空けて、当日その場で考えてもいい?」


そうやって、

無茶を言い、

現場を困らせ、

それでもチームが最後には形にしてきた。


だがその日、

光は、何も言わなかった。


ただ、

テーブルの上の資料を眺めているだけだった。



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