第168話 まだ完成していない音を、晒す選択
DayExtraが始まる数日前。
チーム光のオフィス。
光と遥は、今日は別のスタジオに入っている。
バンドとの音合わせと、構成のすり合わせ。
この時間帯、二人は基本的に戻ってこない。
詩音もいなかった。
「母に呼ばれていて」と言って、朝から外出している。
オフィスには、
マリ姐と真白、そして雪だけが残っていた。
仕事用のデスクとは別に設けられた、リビングスペース。
ソファとローテーブル。
飲みかけのコーヒー。
無造作に置かれた上着。
会議というほど構えた空気ではないが、
自然と腰を落ち着けて話す距離感があった。
真白が、姿勢を正して口を開く。
「DayExtraの件なんですけど
1つ、提案があります」
マリ姐は手元の資料から視線を上げ、真白を見る。
「いいわよ。聞かせて」
真白は一度、言葉を選ぶ間を置いてから話し始めた。
「今回のDayExtraって
実質、バンドの“育成期間”ですよね」
一拍。
「完成していない状態で
現場を踏んで
その都度、成長して形が変わっていく」
視線を上げる。
「これ、一番面白いところだと思うんです」
マリ姐は黙って頷く。
真白は続ける。
「それを、
隠さずに見せるのはどうかなって」
マリ姐が問い返す。
「見せる、というと?」
真白は、はっきりと言った。
「撮影を自由にします」
一拍。
「現場での撮影、OK
SNSへの投稿も止めません」
マリ姐の眉が、わずかに動く。
「統制しないのね」
真白は首を振る。
「はい
むしろ、しない方がいいと思ってます」
言葉を補足する。
「ファンが勝手に撮って
勝手に上げる
それが一番“今”の空気に近いので」
マリ姐は腕を組み、少し考える。
「……荒れるわよ?」
真白は、迷いなく頷いた。
「荒れるかもしれません。
でも、それも含めて
このバンドの成長過程です」
少しだけ声を落とす。
「完成品を見せる前に
“育っていく姿”を知ってもらった方が
ファンの熱量は、確実に上がります」
マリ姐が、静かに息を吐く。
「ライブの宣伝にもなるし
バンドの成長ログにもなるわね」
真白は、ほっとしたように頷く。
「はい
熱心に追ってる人ほど、
変化が分かると思います」
そのとき、
キッチン側から雪が戻ってくる。
「……何か、話してました?」
マリ姐が手招きする。
「雪、ちょうどいいところ」
真白が、雪に向き直る。
「DayExtraの現場、
雪さんにも撮ってほしくて」
雪が目を瞬く。
「公式として、ですか?」
真白は首を横に振る。
「公式“っぽく”はしなくていいです」
マリ姐が続ける。
「雪の目線で
ちゃんと追って
記録として残してほしいの」
雪は少し考える。
「……音も、ミスも
そのままになりますけど」
マリ姐は笑った。
「それでいいのよ」
真白も頷く。
「ファンの映像は“その場の正直な偶然の熱”
雪さんの映像は“時系列で追える継続して見る目線”」
一拍。
「どっちも、必要だと思います」
雪は、静かに頷いた。
「分かりました
じゃあ、現場のまま撮ります」
マリ姐が言う。
「お願い
編集も最低限でいいわ」
真白が、少しだけ柔らかく笑う。
「光様のライブって
たぶん」
一拍。
「“正解を見せる場所”じゃなくて
“正解が生まれる瞬間”を見るものなので」
マリ姐は肩をすくめた。
「ほんと、
恐ろしいほど光のファンね」
「一番のファンを自負し、常に目指し続けています」
「あなたは何を目指してるのよ…」
3人の小さな笑いが溢れる。
その日、
DayExtraは――
ファンと、公式の両方に
同時に記録されていく時間になった。




