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第154話 誰のものでもなくなった音楽

 【自由の夜明け ― 誰のものでもない音 ―】と題された光の初アルバムに入っていたのは、音楽だけじゃなかった。


 完成された楽曲のほかに、楽譜、midi、stem――分解できる音そのものが、何の説明もなく放り出されていた。


 それに最初に反応したのは、プロでも評論家でもない。



 ――音で遊びたい人たちだった。



 最初に広がったのは、いわゆる「てみた」動画だった。

 一緒に歌ってみた。自分の楽器で弾いてみた。光くんに代わって歌ってみた。

 ただ、それだけの動画が次々に上がっていく。


 次に始まったのが、合唱だった。

 同じ音源を少しずつずらして重ね、画面の中に並ぶ無数の「光」。


 動画のタイトルは、こんな具合だ。


 ――【光くん100人に歌わせてみた】


 同じ声なのにあえて微妙に音程やテンポをずらすことで、不思議と合唱として成立している。

 コメント欄には「壮大すぎて笑った」「合唱感動する」「人数増えるほど楽しい」と書き込まれていった。


 その次に流行ったのは、声そのものを弄る遊びだった。

 光の声を少しだけ加工する。高くする。女声にする。そして、その女声と元の男声をハモらせる。


 ――【光くんを女体化させて、光くんと歌わせてみた】


 光の女声バージョンと男声バージョンのデュエット。

 わざわざ女声版の「光ちゃん」を描いたファンアートまで添えられている。

 意味が分からない動画だったが、再生数は気づけば100万を超えていた。


 さらに、アルバム全体を素材として扱う人も現れた。

 全曲のキーを調整し、途切れないようにつなげていく。


 動画のタイトルは、やけに素っ気ない。


 ――【光くんのアルバム、全曲繋げてみた】


 転調しながら、別の曲に滑り込む。

 一曲が終わる前に、次の曲が始まる。

 コメント欄には、

「一曲が終わってない感じがする」

「ずっと聴いていられる」

「最後と最初が繋がってて終わりがない」

 そんな言葉が並んだ。


 ネットの歌い手が10人集まり、同じ曲を一緒に歌う動画も出た。


 使用した音源は、そのまま公開される。

 それを見た誰かが、自分なりに手を加えた音源をまた公開する。

 その改変版を、別の誰かが使い、さらに別の誰かが使う。


 誰かがやると、次の誰かが真似をする。

 それが当たり前の遊びとして定着していき、その頃にはまた次の遊びが発明される。


 もう、出どころは分からない。

 整理も、統一も、ルールもない。

 ただ、音だけが爆発的に、無限に増殖していく。


 それぞれの動画が、勝手に数万再生。

 多いものでは、数十万、数百万と伸びていった。


 誰が中心というわけでもなく、どれが正解というわけでもない。

 気づけば、あちこちで同時に鳴っていた。


 海外でも、同じことが起きていた。

 言語は違う。発音も違う。

 それでも、メロディとハーモニーと遊び心は共通だった。

 コメント欄には、国旗の絵文字が並び始める。


 そして、ある日。

 一つの動画のコメント欄に、少し長めの一文が落ちた。


『遊んでくれてありがと〜。

 楽しそうだね。

 いい曲になってて、普通に面白い!』


 光の公式アカウントだった。


 次の瞬間。


「本人降臨!!!」

「え、光くん?」

「公式が見てる!?」

「ガチで本人!?」


 炎上ではなかった。

 完全に、祭りだった。


 「勝手に使ってごめんなさい」というコメントに、


『全然いいよ、むしろもっと遊ぼ!』


 と短く返す。


 それだけで、界隈にかすかに漂っていた遠慮が消えた。


 さらに、

『また別のアイデアも見てみたいな』

 と続けたことで、加速だけが残った。


 音は、もう止まらなかった。


―――


 オフィスで、その様子を眺めながら、光がぽつりと言った。


「ねえ。

 こうやってたち誰かが曲を使って、

 別の曲を作ってもさ」


 少し考えてから、続ける。


「ちゃんと、

 元の人にお金が戻る仕組みって作れないのかな。

 それができたら、みんな音を公開するようになる気がするんだよね」


 詩音が、一瞬だけ目を見開いた。

 そして、何も言わずに頷く。


 数日後、このムーブメントを見ていた詩音とその母親は、静かに動き始めていた。

 音楽を閉じないための仕組み。奪わず、縛らず、それでいて、ちゃんと持続可能な形で回ること。

 それが、のちに音楽の作られ方そのものに影響を与えていくことになるのだが――それは、また別の話。


 今はただ、音が自由に、あちこちへ広がっているだけだった。


———


 ――そして。


 その流れとは少し距離を置いた場所で、

 マリ姐が、ふと資料を閉じて言った。


「……そろそろ、

 バンドオーディションのこと、

 ちゃんと考えなきゃね」


 部屋の空気が、少しだけ現実に戻る。


 光は、一瞬だけきょとんとしてから、ぱっと目を輝かせた。


「……やろう!!」


 何をやるかも、どうやるかも、まだ何も決まっていない。

 ただ、次の遊びの準備が、静かに始まった。



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