魔王と勇者と魔王軍幹部共⑭
魔王とエリスが連れ立って中庭に戻って来たのを見て、アイリスは早々に自分達の敗北を悟った。
魔王の元へ幹部達が駆け寄っていくと、氷魔が前に出て恐る恐る口を開く。
「ま、魔王様、あの……」
「何も言うな、ルルヴィゴール。この戦い、お前達の勝ちだ」
魔王が認めると、幹部達は敵陣のど真ん中だという事も忘れてわっと喜びの声を上げた。
それからエリスを取り囲み、抱き着いたり肩車したり、手を握ったり頭を撫でたり、喜びを爆発させて勝利を分かち合う。
まるで魔族と人族とは思えないほど仲良さそうなその光景を見て、アイリスは深く溜息を吐いた。
自分が選択肢に入れようとすらしなかった一番良い未来を見せつけられたような気がして、無力感を感じたからかもしれない。
「派手にやられたみたいだな」
輪から抜け出してきた魔王が簀巻きにされたままのアイリスを見てそう口にした。
「そっちは随分とあっさりやられたみたいじゃないか。傷一つ付けないで」
「うるさい。いろいろあったんだ」
「いろいろ、ねぇ……」
正直なところ、この優しい魔王がエリス相手にまともに戦えるとは思っていなかったので、この結果は予想通りと言えば予想通りだった。
それに、幹部相手にあれだけ余裕だ余裕だと言っておきながら惨敗した自分が追求できることでもない。
「しっかし、これからどうすっかな」
今置かれている状況を考えると頭が痛くて仕方なかった。
魔王様大好きクラブを名乗る妙ちくりんな連中に侵攻を許し、あっさりと要職を拉致された挙句、魔王を奪い返されてしまった。
当然、平和条約は白紙、やはり魔族は危険だという認識が燃え上がり、時代は再び戦禍の中へ――。
「ガロっち頼む。死んでくれ。そうすれば全部丸く収まる。後であたしも追いかけるから」
「笑顔で頼むなそんなこと」
「冗談冗談、プリンセスジョークってやつだよ」
「プリンセスジョークって言っとけばなんでも許されると思うなよ」
「それでしたら、問題はないかと思います」
いつの間にか後ろに立っていた光魔がアイリスの拘束を解きながらそんなことを言った。
「問題ない?」
「ええ、ええ。例え人族が侵攻しようとも、魔族領地は焼け野原になっておりますから」
「……ま、まさか、名前だけじゃなく、土地まで捨てて来たってのか?わざわざ焼いて?」
「はい。魔王様がいらっしゃるところが、魔王様大好きクラブの居場所ですから」
それを聞いてアイリスは改めて納得した。
魔王一人のためにここまでする頭のおかしい連中に、人族なんかが勝てるわけなかったのだと――。
「エリィ!?どうしたの!?」
声がした方を見てみると、エリスがうめき声を上げながらその場に蹲まっていた。
目は虚ろ、顔面は蒼白で、身体も小刻みに震えている。
だが、少しもしないうちにぴたりと動きを止めると、ゆらりとその場に立ち上がった。
そして――。
『許さぬ……我が子らと魔族とが交わるなど、決して許さぬ……!』
抑揚のない低い声でそう言うと、細剣を抜き放ちながらこちらへと――魔王のいるところへゆっくり歩いてくる。
明らかに普通じゃない。
まるで誰かに操られているかのような挙動――。
「よくわからないけどまずい気がする!みんな!エリィを止めなさい!」
氷魔の掛け声で一斉にエリスに飛び掛かる幹部達。
だが、触ることはおろか、近づくことすらできなかった。
エリスを守るように半透明の球体が覆っていたからだ。
「なぁにぃこれぇ!?かっちかちだよぉ!?」
「しゃあねぇ……!ちと手荒になっちまうが……!」
火魔が拳で球体を殴りつけようとしたその時、エリスの細剣が目を開けていられないくらいの光を発した。
一瞬の閃光の後――幹部達はその場に倒れて動かなくなっていた。
アイリスのすぐ傍にいたはずの光魔すらも……。
「が、ガロっち!?大丈夫か!?」
アイリスの視線の先、魔王は膝をついて苦しそうに息を吐いていた。
「……あぁ、なんとかな」
「どうなってんだこれ……!何でガロっち達だけ……!」
「おそらく、魔族特効の奇跡だろう。数十世代前の勇者が使っていたのを見たことがある。こんなに強力なものではなかったが……」
「勇者の……?」
だが、エリスの勇者としての力は魔法を弾き返すというもののはず。防御も閃光も使えない。
異常な言動、歴代勇者が使っていた奇跡の行使、そして『我が子ら』という言葉――。
それらを踏まえたうえで、あり得る答えが一つだけ頭に浮かんだが、アイリスは認めることができなかった。
とても現実とは思えない答えだったからだ。
すると、魔王が立ち上がりながら言った。
「あいつは俺が止める」
「止めるったって……」
「今ここで止めなければ、俺だけじゃなく、魔族全員がこの世界から消えることになる。あれは魔族の存在を許さない者――おそらく、神と呼ばれる存在だ」
冗談だろという言葉がアイリスの口から出かかるが、声にはならなかった。
なぜなら、魔王が口にしたその冗談みたいな言葉――それは先程アイリスの脳裏に浮かんだ言葉と全く同じだったから。
神は魔族の存在を――魔王の存在を許さない。
だからこそ人族の中から勇者を選定し、特別な奇跡の力を与えている。
その勇者が、あろうことか魔族と手を取り合うなんて、神が許すわけがない。
「……勝算はあるんだよな?」
その質問には答えず、魔王は言った。
「アイリス。一つ頼まれてくれないか」
「なんだよ」
「俺を封印してくれ」
そう言うと、魔王は懐から何の変哲もない石ころをアイリスに手渡した。
元々の計画で魔王を封印するために使う予定だった『封印の石』――対象の生命力を吸い取り石に変えてしまうという魔法がかけられたものだ。
「それも、ただ封印するんじゃない。『アレ』と一緒にだ」
魔王の視線の先には、ふらつきながらも近づいてくるエリスの姿がある。
魔王の意図を理解して、アイリスは沸々と湧き上がってくる怒りの感情を抑えることができなかった。
「……ガロっちよぉ。自分が何言ってるかわかってんのか?神が憑依してるんだかなんだか知らんけどなぁ!あれは!エリスなんだぞ!?お前が言ってることは!お前が最後の最後まで傷つけられなかったエリスに一緒に死ねって言ってるようなもんなんだぞっ!?」
思わず言葉が荒くなる。
魔王はいつだってエリスのことを気にかけていた。
平和条約の話も、最後の決め手になったのは『エリスを勇者から解放する』という条件をアイリスが出したからだ。
そこまで大切に想っている相手に言う言葉とはとても思えなかった。
そんなアイリスに、魔王は頷いて答える。
「わかっている。だが、いいんだ。だって、自分で言っていたんだから」
「何をだよ!」
すると魔王は相好を崩し、これまで見たことのない優しい微笑みを浮かべながら言った。
「俺が封印されるときは、一緒に封印されてくれるってな。魔族を守るために仕方なかったんだと言えば、エリスなら笑って許してくれるだろう」
まるで子供がした悪戯の話をするように、どこまでも軽い口調で魔王はそう言った。
普通ならば絶対にありえないであろう言葉なのに――どうしてか、アイリスの脳裏にエリスが『それなら仕方ありませんね』と言って笑っている顔がはっきりと浮かんだ。
乾いた笑いがアイリスの口から漏れる。
この二人には、もはや種族を超えた信頼が――絆がある。
魔族でも人族でもなく、魔王でも勇者でもなく、ただ、デスヘルガロンとエリスという二人だけの、決して揺らぐことのない絆があるのだ。
それに気づいたアイリスは、もうそれ以上何も言う気にならなくなっていた。
「……わかった。月に一回くらいは水でもかけてやるよ。このアイリス様が直々にな」
「苔むしりも頼む。虫除けもな」
「それは嫌だ。王女は手を汚さないんでな」
最後にくだらないことを言って笑い合うと、魔王はゆっくりとエリスの元へと歩を進めていった。
その後のことを、アイリスはよく覚えていない。
覚えていないというより、何が起きているのかわからなかったと言った方が正しいかもしれない。
激しい戦いの中、ただひたすらに魔王が作り出す機会を見逃さないことだけに全力を注ぎ――気づいた時には、広場の中央に勇者と魔王の石像が立っていた。
勇者の剣は魔王の胸を穿ち、魔王の右手は勇者の胸を貫いている。
その姿はまるで憎しみ合う人族と魔族との関係を体現しているかのようで――しかし、それ以上に、どれだけ憎しみ合っていてもわかりあえるのだと言わんばかりに、向かい合う二人の顔にはどこまでも優しい笑顔が浮かんでいた。




