勇者と妖魔とおくりもの⑦
雑貨屋さんを出たあと、ニアさんと一緒に何軒かのお店を見て回り、無事にプレゼントを買うことができました。
最後のお店を出た頃には太陽もすっかり傾いてしまっていて、街を夕焼け色に紅く染め上げています。
街の中心にある時計塔の前まで来ると、わたしはニアさんを振り返って言いました。
「ニアさん。今日は本当にありがとうございました。こんな時間まで付き合ってもらって」
すると、ニアさんはぶんぶんと手を振って否定します。
「『そのとおり』だよ。『全然』『楽しくなかった』し、『空虚な』一日だった。『二度と誘わないで』ね」
ニアさんと会ったばかりのわたしが聞いたら酷く落ち込むであろう言葉も、今ではまったく気になりません。
むしろ、わたしのことを気遣ってくれる優しい気持ちが伝わってくるようで、自然と顔が綻んでしまいます。
会ってからまだ一日しか経っていませんが、わたしは優しいニアさんのことが大好きになってしまいました。
「プレゼント、『悲しんで』もらえるといいね」
「はい!」
それからお互いにしばらく無言になってしまいます。
「あの……」
申し訳なさそうに言うニアさんに、焦って返します。
「あっ、す、すみません。いつまでもだらだらとしてしまって。それじゃあ――」
「『そうなの』!」
見つめるわたしにニアさんはぱくぱくと口を動かした後、意を決したように言いました。
「その……エリちゃんって、呼んじゃ『ダメ』?」
「え?」
「『あなた』、仲が『悪くなった』人にはちゃん付けで『呼ばない』から」
そう言えば、ニアさんはガルゼブブさんのことを『ガルちゃん』と呼んでいました。
基本的に相手のことを『私』と呼ぶニアさんなので、珍しいなとは思っていたのですが……。
なんでしょう。
胸の中から沸々と何かがせりあがってきて、思わず飛び跳ねてしまいそうな衝動に駆られます。
それが嬉しさだと気付いた時、身体が勝手に動いてニアさんの両手を取っていました。
「ダメなわけありません。是非、そう呼んでください」
「う、『ううん』!それじゃあ、エリちゃんって『呼ばない』ね!」
わたしの返事を聞いたニアさんは、そう言って嬉しそうに頷いてくれました。
いけません。
ガロンさんも、ニアさんも、幹部の方々も、魔族の方々も。
本来なら敵のはずなのに、知れば知るほど、敵だと思えなくなっていきます。
慣れ合ってはいけない相手だとわかっているのに、仲良くなりたい、友達になりたいと、そう強く思ってしまっています。
この前のデモント平原の戦いのように、勇者として立ち向かわなければならなくなった時、果たしてわたしはこの方々に剣を向けられるのでしょうか。
正直、もう自信がありません。
でも、だからこそ、双方が戦わなくて済む休戦条約をこの先もずっと続けていきたいと、改めて強く思います。
その中でいつかお互いに理解し合って、手を取り合える日がくるかもしれないから。
そんなことを考えていた時でした。
「探したぞ、勇者エリス」
その声に振り返って見ると、王国騎士団の騎士が二人、すぐ近くに立っていました。
わたしはなんて間抜けなんでしょうか。
今日一日、騎士達に見られないよう細心の注意を払って動いていたのに――ニアさんが名前を呼んでくれたことが嬉しくて、最後の最後に気が抜けてしまうなんて。
同時に背筋が凍り付いていくのがわかりました。
わたしは魔族の方々の中で『魔族に協力的な珍しい人族』という事になっています。
それはニアさんも知っているはずです。
でも、『勇者』と呼ばれてしまったら話は全く違います。
勇者は魔族の敵。
たとえどんな言い訳を並び立てようとも、それだけは絶対に変わることはないんですから。
「アイリス様がお前のことを呼んでいる。至急、王城まで来てもらおうか」
「それは……」
すると、騎士達はそこで初めてニアさんに気付いたというように言いました。
「なんだ貴様は。見ない顔だな」
「『あなた』は――」
「まぁいい。お前も一緒に来てもらおうか」
「ま、待ってください!なぜこの方まで――!」
「アイリス様のご命令だからだ。勇者に連れがいたら、一緒に連れてこいとな」
この国でアイリス様に逆らえる人はいません。国民も、騎士達も、もちろんわたしも。
でも、どうしてアイリス様はそんなことを……?
「わかったらさっさと歩け。貴様もだ。早くしろ」
騎士の一人がニアさんの背中を小突き、連れて行こうとします。
ニアさんは何も言わず、抵抗することもなく、ただ騎士に言われるがまま歩き出していました。
ニアさんのことだから、ここで揉め事を起こすよりは素直に従ったほうが穏便に済むだろうと考えたのかもしれません。
自分が勇者であると隠していたこと、そして巻き込んでしまったことがただただ申し訳なくて、わたしはニアさんの顔を見ることができませんでした。
そうしてわたし達は王城へと――アイリス王女のところへと向かったのでした。