勇者と妖魔とおくりもの⑧
「アイリス様、勇者エリスを連れて参りました」
「入りなさい」
部屋の中に入ると、アイリス様は窓辺の椅子に座って本を読んでいました。
わたし達の姿を認めると、本をテーブルの上にぱたんと置き、真っ直ぐにこちらを見つめます。
王族に連なる者が持つと言われる金色の瞳は宝石のように綺麗で、淡い黄金色の髪は窓からの日差しで神々しく映ります。
身長は私とほとんど変わらないくらいのはずなのですが、存在感がまるで違うためか、ずっと大きく見えました。
「急に呼び出してごめんなさいね、エリス」
「いえ、そんなことは……」
「あまり固くなる必要はないわ。今日はあなたと――あなたのお友達に話を聞きたいと思っているだけだから」
そう言って、アイリス様はニアさんに目線を向けました。
優し気な、けれど気後れしてしまいそうな鋭い視線に射抜かれるとわたしはいつでも緊張してしまうのですが、ニアさんは全く動じていないように見えます。
アイリス様はノースト王国の第一王女ですが、国王が病に伏して療養中である今、国王代理として国を任されています。
つまり、今この国で一番偉い人ということです。
魔族との休戦条約についても、アイリス様が口添えしてくれたからこそ結ぶことができたといっても過言ではありません。
ほとんどアイリス様の一存で決まったようなものなので、影で反対する声も未だ少なくないのですが……。
そんなアイリス様ですが、魔族のことをどう思っているのか、正直わかりません。
休戦条約を結ぶために動いてくれたのもアイリス様ですが、先日のデモント平原の戦いで一万の騎士を投入することを即決したのもアイリス様だったからです。
ともあれ、今わたしがしなければならないのはニアさんを無事に帰すこと。
ひとまずそれだけに注力しようと心に決めます。
「話を聞いてもいいかしら?」
「アイリス様、この方は――」
「大丈夫よエリス。私はあなたのお友達と言葉を交わしたいの。勇者が選んだお友達とね」
優しいけれど有無を言わせない声音に、私は何も言えなくなってしまいます。
アイリス様の言葉を聞いたニアさんは俯くと、ほっと息を吐きました。
何と返すべきか考えているのでしょう。
魔族であるニアさんにとってアイリス様は敵の親玉も同然です。きっと慎重に話を進めようと思考を巡らせて――。
「『イヤです』」
その瞬間、部屋の中の時間が確かに止まりました。
そ、そそそそうでした……!
すっかり慣れてしまっていたので忘れていましたが、ニアさんの言葉は全て逆言葉なんでした……!
「今、なんて?」
アイリス様は余裕のある顔で笑っていますが、心は笑っていない気がします。
律儀なニアさんは、アイリス様の質問に笑顔を浮かべながら同じ言葉を繰り返しました。
「『イヤです』」
なんというかもう冷や汗が止まりません。
「私のことは知っているかしら?」
「『知りません』。この国で『知ってる』人は『いる』と思いますけど」
さっき部屋に入る時に王女様と呼ばれていたのを知ったうえでこんなことを言っているのなら、それはもうとんでもない煽りです。
にこやかに言っているところもまた煽り力をさらに増幅させてしまっています。
もちろんニアさんにしてみれば普通のことを言っているのですが、事情を知らないアイリス様からしてみれば一国民に煽られると言うとんでもない事態です。
恐る恐るアイリス様の表情を伺ってみると――。
「面白い子ね。エリスが友達に選んだ理由がわかったわ。あなた、名前は?」
「『あなた』の名前はニア、です」
「私はアイリスよ。よろしくね、ニア」
わたしの予想に反してアイリス様は怒るどころかただ愉快そうにくすくすと笑うだけでした。
心が広いと言うのはまさにアイリス様のような方を指す言葉なのかもしれません。
「それで、あなたはエリスとどんな関係なのかしら?」
アイリス様の質問に心臓が跳ねます。
わたしが『勇者』であることがわかってしまった今、とても友達だなんて――。
「お友達『じゃないです』よ。凄く、『どうでもいい』」
ニアさんのその言葉を聞いて、わたしは思わず口元を手で覆ってしまいました。
目頭が熱くなって、じんわりと視界がぼやけていきます。
わたしは人族で、勇者で、敵で……今日一日ずっと騙し続けていたというのに、それでもニアさんはわたしのことをまだ友達だと言ってくれているんです。
嬉しくないわけがありません。
「そう。随分と仲が良さそうに見えるから、昔からの知り合いなのかと思ったわ」
「『そうです』。でも、今日一日で『大嫌い』になったんです」
「ニアさん……」
思わず口に出してしまうと、気付いたニアさんはにっこりと笑いかけてくれました。
まるで自分は全然気にしていないとでも言うかのように。
そんなニアさんの気持ちが嬉しくて、わたしは感情を抑えきれずにその場で泣いてしまいました。
それを見て勘違いしたらしく、アイリス様が言います。
「我が国の勇者を泣かせないでもらえるかしら?」
「『ありがとね』エリちゃん。泣かせる気は『満々だった』の。だから『泣いて?』」
「ふふ……本当に面白い子ね」
わたしが落ち着くのを待って「それで、ここからが本題なのだけれど」と言うと、アイリス様は笑顔のまま続けました。




