(15)疑惑の学府
ウェルザーの合流もあり、ソルドたちは改めて今後の方針を考えるべく集合していた。
昨晩のノーマン負傷の一件から一日も経っていないに関わらず、状況は大きな変化を見せていた。
「あの【テイアー】を退けたというのか?」
サーナからの報告を聞いたソルドは、思わず驚愕の表情を見せた。
実際、【テイアー】と出会った彼にしてみれば戦って無事で済むと思えなかったので、なおのこと意外に感じたのだろう。
「ま、気合よ気合! お姉さんの気合に負けて、尻尾巻いて逃げたってところね」
そんな彼に、サーナはふふんと胸を反らしてみせる。
先刻【テイアー】との戦いで負った負傷も今は元に戻り、見たところ消耗した様子も感じられない。
ただ、自慢げな彼女を見つめるウェルザーの視線は厳しかった。
「ふむ……だが、単純な気力だけで追い返せる相手ではないはずだ。実際、なにがあった?」
【統括者】の力が恐るべきものであることは、特務執行官の誰もが知っている。
精神論だけで片付けられても困るというのが、ウェルザーの本音だ。
もちろんサーナとて、それは理解していた。
「う~ん……ま、確かにツイてたのはあるんだけどね……」
髪を掻き上げると彼女は、【テイアー】との戦闘の内容について語り出す。
話を聞いていく中、謎の声という単語が出たところでウェルザーの目つきが変わった。
「……声、だと?」
「そう……突然聞こえてきてね。その瞬間、なんていうか身体の奥から力が湧き上がってきたような気がして……」
死すら覚悟したあの一瞬、耳にした声にサーナは救われた。
あれがなければ彼女はアーシェリー同様の致命傷を負ったか、最悪死に至っていただろう。
少し考えるような仕草をしたウェルザーは、やがて納得したように言葉を続けた。
「なるほど……サーナ。それは恐らくコスモスティアの意思かもしれん」
「コスモスティアの意思ですって?」
「まさか、それは司令の言っていた……?」
驚きの声を上げるソルドたちに、彼は静かに頷いてみせる。
「そうだ。たった一瞬のことかもしれんが、サーナの思いにコスモスティアが反応したのだろう」
コスモスティアとの意思疎通が【統括者】に対抗する重要なファクターになるということは、秘匿記録開放後の話し合いの中ではっきりしていた。
A.C.Eモードの発動こそなかったものの、サーナの見せた不屈の闘志が秘められた意思を呼び起こした可能性は高い。
「いずれにせよ、お前が倒されなかったのは幸いだった。で、なぜ【テイアー】と戦うことになったのだ?」
【統括者】を退けられた理由ははっきりしたが、そもそも戦うことになった経緯はまだ語られていなかった。
サーナは少し話を巻き戻し、カオスレイダーとの戦いのことを語り始める。
「カオスレイダーとの戦いを観察していた? 拉致するために来たのではなくてか?」
一通り話を聞き終えたところで、ソルドが訝しげな表情をする。
ノーマンの時と違い、サーナは【テイアー】がカオスレイダーとの戦いを黙って見ていたと言うのだ。
「そうね。確かにカオスレイダーとの戦闘は呆気なく終わったけど、邪魔しようと思えば出来なかったわけじゃない。あれは間違いなく観察していたわ」
「どういうことだ? そのカオスレイダーには、なにか特徴でもあったのか?」
「特徴ってほどじゃないけど、覚醒直後の割にはタフだったかしら。でも、それほど差があったわけでもないし……」
サーナ自身も不思議に思ってはいたが、その理由には思い当たらない様子だ。
一同が考えを巡らせていると、ノーマンが静かに発言する。
「推測になりますが、もしや【統括者】は寄生者の拉致を止めたのではないでしょうか? もし、彼らにとって拉致するための目的が果たされているのだとしたら……」
昨晩リーンが起こした事件から、サーナが遭遇した事件の間には半日以上の開きがあった。
これまでの事件発生間隔の統計から考えると大きな空白が空いたことになり、その間に【統括者】側でなんらかの変化が起こったと考えれば辻褄は合う。
ただ、それはあくまで推論でしかない。
「うむ……考えられるが、根拠がない以上は、もう少し様子を見ないとなんとも言えんな」
やや納得はしたものの、ウェルザーとしてもまだ確信できる話ではなかった。
今後のカオスレイダーを巡る動きの中で、敵の真意を掴む必要があるだろう。
「【統括者】の動きや事件の動向について、他になにか気になる点はあるか?」
改めて彼は、一同に問い掛ける。
するとそこでソルドが、現在自分の探っていた内容を報告する。
「寄生者の父親が行方不明か。そして、ベルザス・ユニバーシティ……」
リーンの拉致事件から始まり、改めて彼の話の内容を聞いたウェルザーは、ベルザスの名を聞いた途端、表情を曇らせた。
同時にノーマンもなにかに気付いたように、ふむと唸った。
「ソルド殿、それはやはりベルザスを調べたほうが良いかもしれませんぞ?」
「ノーマン、なにか知っているのか?」
二人の態度が明らかに変わったことに、ソルドは首を傾げる。
その疑問に答えるべく、ウェルザーは彼のほうを見やった。
「ソルド……ノーザンライト・アカデミアが出来上がった経緯を知っているか?」
「政府の主導による、総合学園都市計画……それにのっとって生まれたと聞いていますが……?」
「そうだ。およそ二十年前……それまでノーザンライトにあった教育機関は軒並み政府の管轄下に置かれ、公営化した」
ウェルザーは、わずかに視線を上げた。
フィアネスと出会った頃に思いを馳せつつも、彼は当時のノーザンライトの内情を語る。
「ベルザス・ユニバーシティも元は私立の大学だった。公営化に当たり、経営人事の刷新も行われたのだが……大学内部には私立だった頃の派閥も、また残った」
「私立だった頃の派閥……」
「そう……ベルザスの暗部とも言うべき部分だ。その派閥は今でも陰で力を持っているらしい」
そこまで言うと彼は視線を戻し、ソルドの知らなかった事実を突きつける。
「そしてかつてのベルザスを運営していた企業が、あのアマンド・バイオテック・コーポレーションなのだ」
「バカな……あそこは確か【宵の明星】との繋がりがあったはず。それがなぜ、政府の計画に……?」
ソルドは、思わず目を見開く。
反政府組織寄りの企業が政府の計画に賛同し、運営権を移譲するとはとても思えなかったからだ。
実際、ノーザンライトの学園都市化には【宵の明星】も強硬に反対運動を展開していた記録がある。
「当時は【宵の明星】との関係性も見出せず、かの企業も政府の計画に協力的だった。実情はどうあれ、今も表向きは政府に反抗しているわけではない……」
少しいまいましげな表情を浮かべ、ウェルザーは続ける。
以前フィアネスが関わったベータでの事件も含め【宵の明星】との繋がりを示す事例はいくつもあるのだが、決定的な証拠までは掴めない。
仮に掴めたとしてもトカゲの尻尾切りのように一部の人間が切り捨てられ、うやむやにされてしまうのだ。
「ベルザスの公営化が彼らにとって歓迎すべきものでなかったとしても、政府側とのコネクション維持には一役買うこととなった。体制側と反体制側――双方の間でうまく立ち回るための手段として、彼らはベルザスを利用しているのだろう」
それを聞き終えたソルドは、改めて表情を引き締める。
会社側の思惑はさておき、それが事実であるなら警備員たちが協力的でなかった理由に納得がいくし、なにより気になる点が浮かび上がってきたからだ。
「ベルザスがアマンド・バイオテックと繋がりを持つなら、あの男――ダイゴ=オザキが身を潜めていてもおかしくないか……」
リーンの拉致事件に際し、姿を見せた【統括者】の下僕たる男。
彼がノーザンライトでの暗躍拠点として、ベルザスを利用している可能性は充分にある。
「でも、確かダイゴって男は、アマンド・バイオテックからいなくなってたんじゃなかったっけ?」
「ああ。だが、かつては情報統括役員を務めていたほどの男だ。社内に独自のコネクションを形成していても不思議ではないし、ベルザスになんらかの手を回すことも可能だろう……」
表向きは自殺と報じられ社会的にも抹殺されているダイゴだが、それもオリンポス含むCKOからの追及をかわすための手段だったと考えられる。だとすれば、今も裏で会社との繋がりがないとは言い切れない。
サーナの疑問に返答したソルドは、改めてウェルザーに向き直る。
黒髪の男は少し考えたのち、一同に対して命令を下した。
「よし……では、ソルドとノーマンでベルザスを探れ。私とサーナは街全域の警戒に当たろう。また【統括者】や覚醒者が姿を現さんとも限らんからな」
その言葉に頷いたソルドたちは、新たな目的に向けて行動を開始した――。




