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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(13)少女に迫る危機


 駅から数十分も歩いたところで、フューレは足を止めていた。


「ここだ……」


 彼女の目の前には、湖が広がっている。

 光を受けて虹色に煌めく水面は、幻想的とも言える風景を作り出す。風で揺れる木々の葉擦れの音が、その景色に涼やかな音色を添える。

 ここに来れば誰もが言葉を呑み、その美しい世界を堪能したいと感じるだろう。

 プリズム・レイク――煌めく水面から名付けられたその湖は、かつて隕石の落下によって出来たクレーターに地下水などが流れ込んで出来上がったと言われている。

 その水面が多色に光る理由は今も不明だ。一節には隕石に含まれていた成分が水に溶けてそのようになったのではと言われているが、真偽のほどは定かでない。


(懐かしい……そうだ。この感じ……あの時はこの場所で……)


 柔らかな笑みを浮かべて湖を見つめ、フューレは心中でつぶやく。

 かつてリーン親子と共に過ごした記憶が、脳裏に鮮明に蘇ってきていた。

 みんな笑顔で、時を忘れて楽しんだ――自分の十数年の人生においても、あれほど幸せを噛み締められた時はない。


(でも……来てみたはいいけど……)


 しばし思い出に浸るフューレであったが、ふとここに来た目的を思い出して表情を曇らせる。

 当たり前と言えば当たり前だが、目に見える景色の中にリーンの姿はない。

 ごくわずかな観光客やカップルが、そこかしこにいるだけである。


(あの夢で、なぜリーンはここにいたんだろう? 思い出の場所には違いないけど……)


 今更ながら短絡思考だったんじゃないかと思いながらも、フューレは夢の光景が気になった。

 あの時、リーンは確かに『来て』と言った。

 その来て欲しい場所がここでないとは考えにくかったし、そもそも他の手掛かりもまったくないのだ。


(あれ? あの人は……?)


 あれこれ考えながら湖のほとりを歩いていくと、彼女は妙な人影を目にした。

 生い茂る木々の間から、この場にそぐわない黒スーツの男性が姿を見せたのだ。

 この辺りまで来ると人気はなく、また人が出入りするような建物もないはずである。


(あれは……そうだ! あの時にリーンをさらった……!)


 しかし、フューレはその男にうっすらと見覚えがあった。

 先日、ソルドを追った先の廃屋の敷地で、同じ場にいたリーンを連れ去った男だ。


(なんで、あの男がここにいるの!?)


 思わず木の陰に身を潜め、フューレは男を観察する。

 林を出た男は、そのままベルザス・ユニバーシティの方向へと歩いていくようだ。


(どこへ行くんだろう? ベルザスの関係者? もしかして、リーンもそこに……!)


 いずれにせよ、リーンの行方を知るチャンスだとフューレは思った。

 気付かれないように距離を離しながら、彼女は男のあとを追った。





 プリズム・レイクを離れた男は、薄暗い坂道を登っていく。

 その道はかなり荒れた獣道であったが、木々の間からベルザス・ユニバーシティの施設の一部が見えていた。

 ただ、明らかに一般的な学生などが使用している道ではない。


(こんなところがベルザスにあったなんて……ますます怪しい)


 まるで探偵か刑事にでもなったように、フューレは焦燥を抑えながら尾行を続けた。

 やがて男は、大きな樹木を迂回するように伸びている道に従い、木の向こうに姿を消す。

 少し立ち止まったフューレは、改めて呼吸を整えながらそのあとに続こうとした。


「あれ? いったいどこへ……?」


 しかし、男の姿は彼女の視界からいなくなっていた。

 道自体は一本道なので、そもそも見失うということはないはずだ。

 思わず首を傾げる少女だったが、不意に背後から男の声が聞こえた。


「……人のあとをコソコソ付け回すのは感心しないな」


 びくっと身を震わせながら、フューレは振り向く。

 いつの間に回り込んだのか、そこには今しがた尾行していた黒スーツの男の姿があった。


「この私になにか用事かな? お嬢さん……」


 ていねいな口調ながらも、男はどこか威圧的な眼差しを向けてくる。

 警戒するように後退りながら、フューレはその顔を真っ向から見返した。


「あんた……リーンを、リーンをどこへやったの!?」


 唐突な言葉に黒スーツの男――ダイゴ=オザキは意外そうな顔をする。

 記憶を辿るような仕草をした彼は、すぐにフューレが何者かに気付いたようだ。


「……あの時、ソルド=レイフォースと一緒にいた娘か。リーンというのは、アステリア教授の娘のことかな?」

「やっぱり、リーンのこと知ってるのね!! 答えなさいよ!! リーンをどこに連れてったのよ!!」


 アステリアの名字が出たことで、フューレは確信を得たようだった。

 彼女は携帯していたスタン・スティックを取り出して、ダイゴに向ける。

 リーンの捜索に当たって、護身用に持ち出してきたものだ。殺傷力はないが、最大出力なら人を昏倒させることができる。


「ふむ……君は一人でここに来たのかな?」

「だったら、なによ!!」

「いや……あの男も一緒なのかと思ったが、どうもそういうわけではないようだな」


 しかし、ダイゴはそれを気にした様子もない。

 むしろフューレ以外の誰かが近くにいないか、視線を巡らせていた。


「……あんた、こっちの質問に答えなさいよ!」


 無視されているのか甘く見られているのか、フューレは男の態度が気に障った。

 そんな少女に目を戻し、ダイゴは肩を揺らして笑う。


「フフフ……なかなか気丈な娘だな。気に入った……!」


 そのまま彼は、なんのためらいもなくフューレに近付いてくる。

 スタン・スティックを振りかぶった少女の手首が、すかさず男の手によって握り取られた。


「だが、このような物騒なオモチャを振り回す子には……お仕置きをせねばならん」

「あ、くっ……あ痛っ!」


 凄まじい握力でこじ開けられたフューレの手から、スティックが奪い取られる。

 ダイゴはそれをそのまま少女の肩口に押し当てると、電撃を流した。


「うあああああああああぁぅぅっ!!!」


 全身を走り抜けた衝撃に、フューレは意識を飛ばされてしまう。

 その身体が、ゆっくり前のめりに男の腕の中に倒れ込んだ。


「ちょうど良い実験台が手に入った。だが、このままでは少し使いづらいかもしれんな……」


 気を失った少女を観察したダイゴは、しばし考えを巡らせたあと、歪んだ笑みを口元に浮かべた。

 紅の瞳が、薄暗い林の中に怪しく煌めく。


「いいだろう。せっかくここまで来たことだ。望み通り会わせてやる。お前の望む相手にな……」


 語り掛けるようにそう告げると、彼はフューレを抱き上げて再び荒れた道を登り始めた。






 ベルザスを離れ、再びルークラフト・ハイスクール近郊に戻ったソルドは、改めてリーンの自宅を訪れていた。


(やはり、人の気配は感じられない)


 ベルを押しても反応がないのは、昨日と一緒だ。

 スキャニングモードを起動し、サーモグラフィーで確認してみても邸内に人の存在を窺わせる熱分布はない。

 近くを通りかかった住人に聞いてみても、ここ数日はリーン以外に人の出入りしている姿を見たことがないということだ。


(そう考えると、体調不良で欠勤しているというのは嘘ということになる。それが教授自身の嘘なのか、それとも……)


 考えを巡らせたソルドは、そこでベルザス警備員たちの態度の不自然さに改めて疑念を抱く。

 あの時、妙に警戒した様子だったのは、なにか探られたくない事実を隠しているようにも思える。


(やはりもう一度、ベルザスを調べたほうがいいかもしれん)


 直接、カオスレイダー案件に関係あるかはわからないが、他に手掛かりもない。

 彼が再度飛び立つべく人気のないところへ移動すると、そのタイミングを狙ったかのように通信が入った。


『ソルド殿、少しよろしいですかな?』


 身を潜めつつ手の平を上に向けて受信すると、光の渦の中にノーマンの姿が浮かび上がる。


「ノーマンか。なにかあったのか?」

『お忙しいところ、申し訳ありません。実は今しがたウェルザー殿と合流しましてな。今後の方針を考えるため、一度先日のビル屋上へ来ていただきたいのです』


 その言葉にソルドは、朝方に行った報告の内容を思い出す。

【統括者】の出現に当たって、ライザスら三名の内誰かがフォローすべく合流するという話になっていた。

 どうやら今回は、ウェルザーがその任に当たるようだ。


「そうか……わかった。すぐに向かおう」


 ベルザスの一件は気になったが、一度それも含めて情報共有したほうが良いかもしれない。

 彼は頷いて通信を切ると、赤い光となってその場から飛び立った。


 ただ、この時のソルドはフューレが行方知れずとなっていたことに気付いてはいなかった。

 その事実が、のちに彼自身を苦しめる結果となることにも――。


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