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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
帰還-帝都の外へ
82/84

4-21

 男が飛び跳ねる。

 屋根を蹴り、壁を蹴り、移動しながらもその手に持った砲門をぶれさせることなく発砲。

 狙いたがわず、まっすぐに魔力の砲弾はそれでも


 あたらない


 物陰に潜りこむときに見えた、その一瞬の光景にその男、スネークは舌打ちをする。

 移動を続け、音をあえて響かせ位置をわからないようにごまかし、四方八方へと動いてわずかな隙間から再び発砲。


 かわされる


 相手は自分の半分も生きていないような少年だった。

 その背に背負った翼は美しく、始めのころこそ左右八枚ずつあったそれは砕かれた数枚を覗いてすでにしまわれ、一枚ずつ顔を覗かせている限り。両手に握っていた日本のダガーすらしまっている。

 先ほどから、撃たれるたびにいくらかの動きはするものの、まったく動いていないということがその足元のえぐれた屋根が物語っていた。

 ともすれば、いくつか貫通した穴が見えるほどにもなっているというのに、不安定な足場で少年は弾をよけ続ける。

「ハッ! よけ続けるだけで勝てると思ってるのですか!?」

 スネークは怒鳴り、また発砲。よけられる。

 ならば……

 即座に反対側へと回り込み、その大砲で殴りつけようと肉薄した。

 ソラに触れたその直後。

「んな!?」

 天地が回転する。

 バランスが崩れ、背中を強打し、反動で浮き上がった腹に鋭い蹴りをもらって跳ねとんだ。

 一つとなりの家の屋根にぶつかってやっと動きを止め、スネークは相手を睨みつける。

「酷いじゃないかキミィ。大人を蹴りつけるだなんて」

「最初に襲ってきたのはあんただろ」

 冷静で、低いソラの声が、それでもはっきりと響く。

「ハッ! ソレが今回の私の仕事だからねぇ!」

 起き上がり、屋根をけり、再びソラに向かうスネーク。

 再び複雑な起動を描き、発砲していくもののやはり当たらない。何度かおなじことを繰り返し、ついにあたらない砲撃に痺れを切らしたのか、近接戦を挑み始めた。

 それすらもソラにいなされ、たたきつけられ、これでもかというほどのカウンターをもらう。

「なぜ……」

「単調すぎる」

 二度、三度、何度も突っかかっていくうちに、ソラはいつしかその身を宙に浮かせ始めていた。

「ぜいっ!」

 スネークが、大砲をたたきつけるように振り下ろされたところで、ソラの動きが一気に加速する。

「――!?」

 まずは腹部に一撃。

 スネークの体が浮き上がった。

 さらに右足と左足。上に運ばれる。

 そこから繰り出される、体のひねりと翼の推力を利用した両手両足の乱打。

 閉めに踵落としで地面にたたきつけられ、背中を踏みつけられた。

「あんた、近接戦は苦手だろ?」

「ぬぅあああああ!!!」

 四肢に力を入れ無理やり押しのけ、スネークは手足を振り回し始めた。

 それもあたるどころか、足を払われ、また蹴り飛ばされる。

「特に堅いわけでもなく、格闘が得意というわけでもなく、自分から利点を削るようなのは、敵じゃない」

 静かにソラが告げる。

「だからといって、砲撃をよけるだなんて……」

「目線と銃口を見ていればできる」

「そんなこと……ああ、キミは飛行者(フライトマン)でしたねぇ」

 飛行者特有の、動体視力と視野の広さを思い出し、スネークは一人納得したところで起き上がり突如として逃げ出した。

 その両足を、ソラが打ち出した魔力弾で打ち砕く。機塊の欠片が飛び散る。

「弾が切れたことは装填の音がしなかったから大体わかった。あとは無駄な動きで勝手に体力を使ってくれたから」

「……そうですか。で、どうするのですか?」

「うん?」

「生かしておけば、破滅しますよ?」

「ああ……そのことか……」

 そこで一度言葉を切り


「あんたら、『悪魔』じゃないだろ」


 告げた。

「は? なにをいいますか! 私達こそが……」

「一つ、『俺』の事を知らない」

「……何を」

「一つ、『悪魔』はスラムの外には大々的に出てこない」

 関係することはあっても。

「一つ。あんたの機塊は黒くない」

 スネークの『脚』は、度重なる衝撃その他によって塗装がはげたのか黄色っぽい金属が見え隠れしている。

「一つ。そもそも、『悪魔』ってのはもっと回りくどい」

 そして

「『死神』にも感じられるような露骨な気配がない。最低限不可解回路(ラディカルサーキット)に近い何かを持っているはずなのに、その気配も残滓すらもない」

 だから

「あんたも、あんたらも、『悪魔』を騙るニセモノだ」

 その言葉に、スネークが黙り込む。

「……まるで知っているかのような言い方ですねえ」

「似たような存在なら」

 自分自身がソレなのだから、これ以上の例はない。『悪魔』だからこそ、『堕天使』の自分を知っていておかしくないのに、そのことすら知らない。

「わかりました。負けですよ。で、どうするんですか?」

「ん? まあとりあえず……」

 憲兵に突き出すか。

 機塊持ち(ユーザー)同士のいざこざとして適当な処理をされそうな気もするが、わざわざ『悪魔』を名乗るようなことをしているんだ。どっかに余罪も転がってはいるだろう。

 それよりも

「リッカの居場所。吐いてもらう」

「……言うと思いますか?」

 ソラの言葉を聞いて、急にスネークは勝ち誇ったような顔をした。

「なぜ無事だと思うのです? あなたの大事な仲間はわれわれの手の内にあって、他の者達だって襲撃を受けてるのですよ? 一人何事もなく生きているという……」

「その時は」

 とうとうと語りだしたスネークを、無表情のままに睨みつけ

「あんた達全員、『潰す』だけだ」

 黙らせた。

「……」

 えも知れぬ恐怖を感じ

「イヤ、ハー! じょじょじょじょうだんだよキミィ! 一応ケリがつくまでは生かしておかないとね、ほら、君や他のヒト達をつり出すためのエサだったわけだしね。無事だよ無事きっと無事たぶん無事多少縄の後はついていたりちょっとは衰弱しているかもしれないがちゃんと面倒見ているのもいるし問題はないさそうさだから安心したまえハハハハハハハハハ……」

 慌てて早口でまくし立てるが

「ハハハハ……」

 変わらないソラの表情を見て

「あ、案内させてください」

 案外あっさりと折れた。



 □ □ □



「何の根拠があって……」

 スラムの一角、あばら家でリッカとディアがにらみ合っている。

「私が『悪魔』じゃないっていうのよ。このように、爪だって!」

 叫び、黒い爪をリッカの喉下に突きつける。

 それでもリッカはひるむことなく、ディアの目をしっかりと見据えている。

「爪がどうとか知らないけど……」

 そしてリッカは、ディアを試すように首をかしげた。

「あなたには、そういった気配がない」

 言い切った。

 ディアが戻ってきてメーフィスが入れ替わりに出て行き、二人きりになったところ。

 何気なくリッカをみたディアが適当なことを言い連ねていたところで、唐突にリッカが言ったのだ。

「あなたは『悪魔』じゃない」

 と。

 結果的にディアは怒りに震え、爪をリッカに突きつけることになった。

「『堕天使』なら何度となく『視て』いるし、『死神』だって直接ではないけれど、()()じゃないかとおもえるヒトなら見たことがあるもの。そんな彼らと比べてあなたが『悪魔』だなんて、どうしても納得できない」

 まだ、自分に食料を届けてくれたメーフィスのほうがいくらか『悪魔』らしい。

「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!」

 怒りに任せ、ディアは腕を引きリッカの首に突き刺そうとした。

 そのとたん

「……え?」

 気がつくと、天井を見上げている。リッカが、相手の力を利用して()()()のだ。

「ねえ、あなたは『スラムの三原則』って知ってる?」

 ディアの顔を覗き込み、静かにリッカは尋ねた。

「……な、なによそれは」


 ああ


 もうその返答だけで、リッカの中にあった一つの心配事が消えた。

「一応聞くけど、『悪魔』のことはどこで聞いたの?」

「だから、私が……」

「もう嘘はいいよ?」

 にこやかにリッカは告げた。

「どうせ、街中で聞いたぐらいの認識だよねー? スラムにやばいのが居るらしいって。で、いくつかの目撃証言がある『死神』や行方の知れない『堕天使』よりはまだ得体の知れない『悪魔』なら騙ってもいいだろう的な? ひょっとしたらもともと『ディア・デビル』って似た言葉だったからってこともあるかもしれないけれど……」

 いつもの調子を取り戻して、リッカは意地の悪い笑みを浮かべる。

「スラムの人物だからって、ちょっと侮りすぎじゃないかな?」

 得たいのしれない恐怖を感じたディアは、無我夢中でリッカに襲い掛かった。だというのに、爪はリッカにかすることもなく、よけられ、腕をとられ、ひねり上げられる。

「あ痛っ……」

「一応、わたしもスラム出身だからね。人が殺せるぐらいの護身術は身につけてはいるんだよ?」

 うっかりしたら殺られる。それぐらいの意識は持ってすごさないといけないところだし。とさらに続ける。

「技術がなくても話術や処世術とか、そういったものがないと……下町で暮らしている育ちのいいヒトたちが考えるより、スラムはそれだけ危険で、スラムの住人は危ないんだからねー?」

 などとはいいつつ、リッカはとりあえず考える。

 ついディアを押さえ込んでしまったが、メーフィスが戻ってきたらどうしようか。

 見たところ彼は格闘技というものをやっている風ではなかったものの、それでも大の大人。こうしてディアを壁にして交渉事にはいったとしても、うまく切り抜けられる気がしない。

 だからといってここから出たとして、ディアに逃げられたら何かと厄介だ。そもそも場所がわからない。

 いや、外に出れば止まり木ぐらいは見えるかもしれないけれど……

 ()()()に向かえばとりあえず知ってるところには出るだろう。

 となると……

「あ、あった……」

 なおももがこうとするディアをうまく片手で抑えながら、足を使って床の上に転がっていたロープを引寄せる。

「……うーんと」

 ロープを手に取ったはいいが、結び方がわからない。まあ適当でいいかと、悲鳴をあげるディアを無視して、後ろ手に縛っていく。

 もし

 このとき、リッカが『悪魔』のことについてもう少し詳しければ。

 もし

 ソラから以前聞かれたことを気にしていたなら。

 いや

 そもそも、『視える』からと、横着しないでちゃんと肉眼でも相手の持つものを確認していれば。

 この後に起きることは、ひょっとしたら防げたのかもしれない。

 もっとも、それはあくまで仮定の話であって、どうしようもないのだけれど。

 ディアを立たせ、リッカは掘っ立て小屋の外に出る。彼女から場所を聞くという選択肢はなかった。どうせ素直に言うとは思っていない。

 ぐるりと周囲を見渡して、止まり木よりも『壁』が見えることに驚いた。スラムの深部。それもかなり深いところじゃないか。

 逆に言えば、壁に背を向けて歩いていけば、少なくともスラムと下町を分断する川にたどり着く。

 これがもし壁の外側となると、帝都の外に向かってしまうこともありえたが……

「まあ、あっちがにぎやかだし、止まり木っぽいのもうっすら見えるし、大丈夫だよねー?」

 顔をうつむけているディアに語りかけるでもなく、一人つぶやいてリッカは歩き出す。

「うん?」

 ディアを前に立たせいくらか進んだところで、ふと、何かに気付いてリッカは顔を上げた。

「あ、ソラ!」

 声を上げ、手を振って呼びかける。

 その隙を見逃すわけもなくディアはリッカの腕を振りほどき、駆け出した。

「あっ」

 もっとも、すぐに足を滑らせ顔から倒れることになったが……雪があるところでよかったのかもしれない。

 ソラがリッカの下に降り立つのと、ディアが自分の手に当たったモノに気付き、握りしめたのはほぼ同じだった。

 たしか、これはポケットに入れていた……

 メーフィスがお守りだといって渡してきたものだっただろうか。ずっとポケットにいれていて忘れていたが。

 考えながらも、左手の『爪』でさっさとロープを切りはずし、両腕を自由にする。

「あんたが……」

 ソラがディアに顔を向けて話しかけてくる。

 どうする。この状況ということは少なくともスネークは失敗したということだ。それも場所まで教えて。

 どうする。自分には戦闘なんて無理だ。こういうときのことをまったく考えていなかった。

 どうする。

 右手にもったモノを強く握りしめて、ディアは混乱している頭で懸命に考えた。


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