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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
帰還-帝都の外へ
80/84

4-19

 ユニは走る。

 振り回されるその柱のような『槌』をよけながら。

 いつのまにやらユニの腕から抜け出た『蜘蛛』は、ユニをかばうように併走し、ときにはハンマー男に飛び掛って時間を稼いでくれている。


 ありがとう


 ふと笑い、『角』に思いを乗せて『蜘蛛』に語りかけてみた。通じるとは思わないけれど。

 でもなにがしかの返答がきたような気がするのは気のせいだろうか。今はそんなことを考えている暇なんてないのだが。

 入り組んだ路地に入り、駆け抜け目的地へと向かう。

 やがて破砕の音が遠ざかり、息を整えるためにも走る速度を緩めた。『蜘蛛』が壁を飛び移りながらこちらにやってくる。

 優しくうけとめて振り返り、目的地をみつめる。

 なんてことはない。ハルフォードの事務所。いまや自分達の生活の中心。

『角』で一階全域に干渉。

 シャッターをあけモノを出せるように。

 さらに周辺の機塊、金属片に次々と『触れて』いく。

 準備を続けるユニの耳に、誰かの足音が聞こえてきた。『角』の感触で行けば、さっきの『槌』の男。

 お願い。間に合って。

 周囲の機塊が引き合い、組み合わさり、ありえない法則でつながり、一つの形を作り上げていく。

 完成と、怒鳴り声と、事務所の一部がまた破壊された音が響くのがほぼ同時だった。

「鬼ごっこはおしまいで……」

 血走った目を向けて、槌男が叫ぶ。だが、その目に入ったものを見て、言葉を失った。

「な、なんですかそれは……」

 体長、およそ五メルテをこえる巨大な『蜘蛛』。

「さ、さっきの蜘蛛が!?」

 いや、黒い『蜘蛛』はユニの頭にしがみついて一緒に睨みつけて着ている。

「そんなハリボテなど、どうにでもなります!」

 よくみれば、適当にモノをくっつけただけの不恰好な形の蜘蛛だ。

 男は、『槌』を振り上げ、力を溜め、振り下ろす。

 あたりに響く、鈍い金属の音。

「受け止めた……?」

 信じられないという顔をして青年は茫然とする。

 その様子に構うことなく、ユニは巨大な蜘蛛に、前足を振り上げさせた。

「え、わ、ちょっと!?」

 すんでのところでかわし、『槌』を自らのもとに引き戻して青年は身構える。

「思いがけない伏兵というやつですか。それならそれで、構いませんよ!」

 青年も応戦を始める。

 右に、左に、『槌』を巨大な蜘蛛にぶつけてダメージを与えていく。

 ユニはといえば、巨大な蜘蛛によけさせるでもなく、殴らせるままにその前足で青年を突き刺そうとなんとかするが、あたらない。

 つぎつぎと巨大蜘蛛の体にへこみが生まれていき、さらには部品となっていた金属片が飛び散るようになっていった。あわせて、その動きが鈍っていく。

 いけない。持ちこたえれない。

 相手が大きな『槌』だから。黒い『蜘蛛』と共にいたから。そこにイメージが引きずられて大きなものを作ってしまった。

 結果、足は細く体は重く、機敏な動きをさせることができない。

 作り直すにしても、時間がかかりすぎちゃう。

 ユニの頭に焦りが浮かぶ。

 そんなときだ。

 傍らにいた『蜘蛛』が、巨大蜘蛛の背にとりついた。

「――!!」

 危ないと、危険だと、ユニは声にならない声で叫ぶものの届くはずもなく。

 そんなユニを知ってか知らずか、『蜘蛛』はその八本の足を巨大蜘蛛の背に突き刺した。

 その瞬間、『角』を介して『蜘蛛』の情報が流れ込んできた。

 これ……

 一瞬、視界が狂い体の感覚が混乱を始める。

 ()()()のみている景色だ!

 それは恐らく、『蜘蛛』が他の機塊を介して送ってきた情報なのだろう。

 そして体には、人としての感覚にかぶせるように、巨大蜘蛛の感触が巡ってくる。


 大丈夫。動かせる。わからないところはあの子(『蜘蛛』)が手伝ってくれる。


 ユニは『蜘蛛』と自分の目をキッとあげ、槌男をしっかりと見据えた。

「これで終わりですよ!」

 新しい感覚にまごついていたのは、ほんの一瞬だったらしい。男が大きく『槌』を上空へと振り上げて、今まさにたたきつけようとしている所で。

「食らいなさい。メテオストライク!」

 その『槌』が落ちてくるよりも速く、ユニは巨大蜘蛛を前に飛ばした。そのまま男に向かって落下。のしかかる。

「うぇ……なにを!?」

 地面に『槌』がぶつかる轟音。ソレとは別に男があげた悲鳴。その両方をユニが確認するよりも速く巨大蜘蛛がその前足を男に突き刺そうとした。

 “ダメ”

 すんでのところで手綱を引き絞る。同時に流れてくる『蜘蛛』の不満。なぜ? 絶好のチャンスなのに? 獲物で敵なのに?

 “必要以上に、傷つけるのも、殺すのもダメ”

 ユニはもがこうとする『蜘蛛』に、『角』をつかって呼びかける。

 “傷つけるのも、殺すのも、どっちも痛いから、ダメ”

 ふと気を抜けば、すぐにでも『蜘蛛』の意識に持っていかれそうだった。

「ひ……ひぃあ!」

 その隙に男は情けない声を上げながらも巨大蜘蛛の下から抜け出し、横殴りに『槌』を振るい巨大蜘蛛を殴りつける。

 ユニの体に走る、感覚のない痛み。

 もう一度。

 男が再度『槌』を振りかぶり、たたきつけようとしてきた。

 とっさにユニは自身の左腕を払うようにしてしまい、同時にそれは巨大蜘蛛の前足と同期してしまう。

 “あ……”

 男の『槌』が当たるよりも速く、巨大蜘蛛の前足は男を捕らえ、壁へと叩きつけた。

 あいかわらず、『触れた』という感覚はない。それでも、かなりきれいに入ったということはわかった。

 男の無事を確認するユニの横では、巨大蜘蛛が音を立てて崩れ、ただの金属や偽塊へと戻っていく。ユニの集中が切れたことで接続も途切れたのだろう。

 ころころと、『蜘蛛』が転がってきて、ユニを見上げた。

「……」

 お互いなんとなしに、見つめ合う。

 ふっと、溜息をついて『蜘蛛』を抱き上げ、ああでもこのお兄さんをどうにかしないといけない。

 そうユニが思ったときだった。

「なによこれ、なにがあったのよ?」

 聞きなれた、やや鋭さを感じる人の声がユニの耳に届く。

 “あ、お帰りエリねえ”

「あ、お、りエリね……」

「……」

 ……

 ユニと『蜘蛛』は、再び見つめ合った。



 □ □ □



 クロエは、恐る恐る目を開けた。

 銃声が響いてからまだいくばくもたっていない。

 痛みを感じないのはあまりにもの激痛で痛みとしてまだ認識できていないのか、それとも弾が逸れたのか。

 目に見えるところに、血が出ているようなところはない。

 でも、目の前には血の赤と、血の匂いが漂っていた。

 誰だろう? このヒト。

 クロエの前に背を向けてたっている少女は、雪の上に赤い雫をたらしながらもずた袋に向き合っている。

 茫然としているクロエをよそに、彼女はその両手に持った棒のような物……トンファーを使い襲い来るスチールイーターを次々と殴りつけ、時にはブーツに仕込まれたナイフで切り飛ばしていた。

 さらには、突如として飛来してきたトカゲモドキの触手を左腕一本で受け止め、引きずられることなく持ちこたえている。

「……一応」

 唐突に、赤い髪の少女はクロエに向けていった。

「ご主人様から、あなた達のことは見ておくようにといわれたので割り込みましたが……戦う気も覚悟も意思もないならさっさとどこかへいってください。できればその機塊も置いて」

 彼女から漂ってくる匂いで、クロエはこの少女に見覚えが会ったことに気がついた。

 ああ、あのぶつかった人だ。ユニのカバンを買ったときの。

「機塊が発現したというだけでも幸運だというのに、そのことを悲嘆して逃げ回るだけなら邪魔です。死んでください」

 見た目はかわいいというのに、かなりの毒舌家なきがする。

「そんなこと、言わレても……」

 それよりも彼女は大丈夫なのだろうか? あのトカゲモドキの触手はかなりの弾力と強度を持っていそうなのだけど。

 そんなクロエの心配を知ってか知らずか、おもむろに右手に取り出したナイフで左腕に引っ付いていた触手を切り落とした。

「で、でめええええええ!!!」

 痛みにもがくトカゲモドキと、そのかわりに叫び声を上げるずた袋。

「覚悟を決めて。機塊が発現した以上闘争からは完全に逃げることなんてできない。そもそも……」

 そして彼女は、ちらりとクロエを振り返った。

 濁った碧い目が、一瞬クロエを射抜く。

「臭いから戦いたくないだなんて、わがままに過ぎます」

「レも、『血』が……」

「いうことを聞かない? それはあなたの体の一部でしょう。だったら、あなたがちゃんと扱えていないというただそれだけです」

 見抜かれている。

「あなたはなんなんですか?」

 何を言いたいのだろう?

「あなたの身にあるものは、何のために現れたのですか?」

 自分の身を、守るため?

「いままで真剣に、使いこなしてやろうと思ったことはなかったんじゃないですか?」

 確かにそうかもしれない。でも……

「む、むじずるなあああ!」

 ずた袋が、痺れを切らしたのか叫び声を上げる。声にあわせて、スチールイーターの波が一層つよくなった。

 火炎放射ではスチールイーターも巻き込むからだろう。銃を構え何度も撃ち放つが、赤い少女は痛みに顔をしかめこそすれ、崩れる様子もない。

「大体にして、この間のスチールイーターの騒ぎだってアレが起こしたものなのですよ? 情けをかける必要があるというのですか?」

 クロエの後ろから飛び掛ってきたスチールイーターに対して、赤い少女は細いナイフをどこからともなく取り出し投げつける。

「あなたが傍にいたいという少年。彼の元に居続けたいなら最低限自分の身を守り、機塊を扱える程度の力は持つべきです。そうでなければ……」

 喋りながらも、縦横無尽に両腕を、両足を振り回し、赤い少女はスチールイーターを殴り飛ばしていった。


「あなたは、彼の前から消えるべきです」


「なにを……」

 クロエは自分に群がってくるスチールイーターをなんとか振り払いながらも、声を搾り出す。

「そラの! わラしの! 何を知ってルっていうの!?」

(あるじ)から聞いた限りにおける、あなたの知らない彼の全て」

 このヒトは一体なんなのか。なんでこうも自分を揺さぶってくるのか。

「あなたが自分から彼に打ち解けない限り、彼に壁を造っている限り、彼もまた、あなたに全てを話すことはありません」

 断定してくる。

 キライだ。

 このヒトは、キライだ。

 匂いとか見た目とか触感とか耳に障る音だとか、そんなこと関係なしに


 ヒトとして、嫌いだ。


 クロエは、赤い少女を睨みつける。

「いい目をするじゃないですか」

 いやらしく口元をあげて、赤い髪の少女は言った。

「そのまま、その思いをアレにぶつければいいんですよ」

 そういいながら、再び伸びてきたトカゲモドキの触手を切り飛ばし、スチールイーターをずた袋に向けて蹴り飛ばした。

 それから、クロエの動きがガラッと変わった。

 ずるずるの袖をまくりあげ手袋から手を抜き取り、飛び掛ってきたスチールイーターに指を突き入れる。

「ギィ」

 と、悲鳴を上げたそのネズミは指の触れた位置から崩れ、とさりとその身を落とした。

「ぐ、ぬ、い、いげえええええ!」

 ずた袋がネズミ達に指示を出し、トカゲモドキをけしかけ、自らは火炎放射器と銃を左右に構える。

 クロエは指をわずかに噛み切って、自分の『血』を周囲に振りまいた。

 その『血』は、まだ宙にあるというのにまるで意思を持つかのようにスチールイーターに向かって伸びあがり、捕らえ、捕食し浸蝕し増殖をはじめる。

 さらには

「うぐっ……」

 クロエが受け止めたトカゲモドキの触手に向かっても揺れ動き、取り付いた。

 すぐさま触手を伝い、赤い色がトカゲモドキへと伝播していく。

 赤い髪の少女は、自らも取り込まれてはかなわないとさっさと飛び退りクロエの『血』から距離を取りつつも、スチールイーターを『血』に向けて殴り飛ばしていた。

「ぎざまあああああ!!!!」

 ずた袋がトカゲモドキを乗り捨て、火炎放射器を打ちはなつ。そしてクロエの姿が炎に包まれる。

 いや

 ずた袋の視界の端に、なにやら動く黒い影があった。

 クロエだ。

 即座に炎の範囲から逃れたクロエは、暴れざわつく『血』に対して無理やり指示を出す。

 それは

「な、なんだごればあああああ」

 雪の中を、道の隙間を伝いずた袋の下まで行くこと。

 足に絡みつき、そのまま潜りこんでいく。

 ずた袋は足から徐々に赤く崩れ落ちていき

「ぐ、あ、ぎ……」

 そのまま錆のような塊へと姿を変えた。

「……ごめんね」

 だれともなしに、クロエが謝罪の言葉をつぶやいた。



「まあ、ぎりぎりの及第点ぐらいはあげましょう」

 クロエの傍ら。赤い髪の少女が『血』を警戒ながら寄って着て、なにやら言っている。

「ラレなの?」

 だが、クロエの質問に答えることもなく。

「縁があればまた会うことだってあるでしょう」

 鋭い目を向けて、くるりと去っていこうとする。

「……怪我」

 少なくとも、自分の正面に立って銃弾を浴びていたのだ。決して無傷とはいえないだろうに

「問題ありません。それにあなたに治療ができるのですか?」

 そういって、赤い髪の少女は血の出ている腕に自分で破いた服を巻き始める。

 見た目はかなり痛そうだというのに、本当になんともないようにしている。もしくは、自分みたいな体内に機塊があるのだろうか。

「もし、あなたがその身を()して成し遂げたいと思うことがあったら、私を探してください。主に口利きぐらいはしますよ?」

 そういって、赤い髪の少女はいやらしい笑みを浮かべて去っていった。

「……」

 その後姿を見送り、改めて自らが錆へと変えたずた袋を見つめ、ざわめく頭を振ってなんとか気持ちを切り替えようとする。

「帰ロう」

 誰に言うともなくつぶやいて、クロエは赤い髪の少女とは反対の方向へと歩いていった。


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