4-15
あっちでこっちで鬼ごっこ
逃げる。
ユニは、逃げ回る。
あまりにもとっさのことだったために、カバンはもってこれていない。ゆえに丸まった状態の『蜘蛛』を抱えたまま、事務所を飛び出て走り続けた。できるなら『蜘蛛』には自分で動いてほしいところではあるけれど……状況が分かってないのかその七つの目を見ても何の反応もなかった。走りにくい。
その後ろを、笑顔を浮かべて追いかける青年。
なんとか青年のあの『槌』を奪取できないかと『角』を使って干渉をはじめているのだけれど、逃げ回りながら、後ろにいるそれに対してなかなか成果が上がってるように見えなかった。
それに、どうにも『つながり』が強くて簡単に奪い取れそうにない。
青年の頭上では、『槌』が回転をして力を溜めている。
唯一の救いは大振りで動きが遅いために、なんとかユニの足でもみてからよけることができることだった。
人の多いところに向かえば、さすがの青年も襲ってこないだろう。
ユニはそう判断し、足を繁華街へとむける。もしこの読みが外れていればより大きな被害が出かねないとも言えるが、それでも騒ぎを聞きつけた憲兵が駆けつける可能性もあった。いや、機塊もちの起こしている騒ぎだから猟団か。
朝のラッシュを終えてまばらになった人波の中を、縫うようにしてユニは走る。同時にあるものを探しているのだが……
ない。
先日のスチールイーターの事件のせいで、軒並み金属製品や偽塊といったものが見当たらなくなっていた。大体が店舗の中にしまうようになったのか、取り扱いをもっと厳重にするようになったのか。
後ろのやや頭上から、風を切る音がして慌てて方向を変える。
わずかに遅れて、『槌』がもといたところに降って来た。振動が、地面を通じて伝わってくる。
「おいなんだありゃ」
「ちっ機塊持ちか!」
町の人達は、関わっちゃいられないと道の端に退きはじめた。
後ろを確認したユニの目先には、『槌』をまっすぐこちらに構えた青年が立っている。
ぞわりとした。
慌てて伏せたその頭上を、打ち出された『槌』が通過していく。
だめだ。このままじゃ町を壊すばかりになっちゃう。
目先にあった屋台が破壊された様子をみて、ユニは向かう先を変える。
こういう相手なら、ジャックさんが得意。骸骨だけど。
起き上がり、再び走り始める。
骸骨のような人だけど、あの変態じみた耐久力と呪符剣をつかった防御力は不思議なことに、異常なほどに高い。このような力技で攻めてくるような相手には、ひたすら耐えて時間を稼ぐなり、相手を疲れさせたところなりを討つことができる。だからこそ……
ただ、そのジャックが向かった先が分からない。
どこかの酒場なのか……いやこんなまだ朝という時間で開いている所はない。
ハンターや冒険者のギルドの寄り合い場……どこにあるかを知らない。
公園……いくとは思えない。
そこまで考えたときに、両腕が軽くなっていることに気がついた。
「ちっ!? なんだこれ!」
青年の上げた声に振り向くと、『蜘蛛』が飛び掛っている所だった。
ああ、守ってくれているのか。
『蜘蛛』の動きははやい。飛び跳ね、その体を叩き付けるようにして青年にまとわりつく。だが
「うざったいですね!」
自身の右手を痛めることをいとわず殴りつけ、『蜘蛛』を振り払い『槌』を振り下ろした。
「――!!」
ユニの口から、声にならない叫びがあがる。
「……逃げられましたか」
青年が、ユニをみてつぶやいた。
そのユニの足元に、丸まってタマゴの形になった『蜘蛛』がゴロゴロと転がってくる。
拾い上げて、その様子を伺う。体表には地面に叩き落されたときについたのか、いくつか傷がついていた。それでも七つの眼には光がまだしっかりとついている。
「……」
いまの『蜘蛛』と青年のやり取りの間に、『角』で『読む』ところは読んだ。
「まあ君には私怨はないのだから、おとなしくしばらく捕まっててほしいのだけど」
にこやかな笑顔を向けながら、青年がユニに寄ってくる。
分離型。遠隔操作。モノとしてはフェレとおなじ。『槌』にはとくに難しいものはない。あの手首から先にある『核』でつながってる。たぶん、まだもっと威力が出る。ジャックさんならたぶん受け止められる。
でも
どこにいるか分からない。
クロねえやエリねえやソラにいもみんなばらばら。見つけ出すまでに無事逃げ切れるかどうかは分からない。
だったら
自分で何とかするしかない
必要なこと。『角』で干渉は効いてない。『角』で扱える材料もない。ゴミ島までいければよかったけど、遠すぎるしこの間クロねえがたいらげた。
ない。
「観念したのかな? おとなしくしてくれよまったく」
ちがう。あった。最近みたことがある。沢山てわけじゃないけどそれなりに量があった。どこだっけ。
「なんだっ――!?」
青年とユニの距離が残り五メルテまで縮まったときに、二人の間を黒い人影と無数の小さな影達が駆け抜けていった
□
まず臭い。
次に臭い。
そして臭い。
クロエがゴミのような、ずた袋のような、ずんぐりむっくりした男のようなものとトカゲもどきに感じた感想だ。
めんどくさいからあの男のことはずた袋と呼ぼう。クロエはこっそりそう決めて、逃げる足を早める。
「くさいくさいくさいくさいくさいくさいくさいくさいくさいくさい」
叫びながら、人を巧みによけ、壁をけり、時には屋台を飛び越えて、クロエは走る。
その傍らを併走する、いくつもの小さな影。
キィと一声なくそれは
「うぅ……」
飛び掛り、クロエに牙をつき立てようとしてきた。
殴りつけ、蹴り飛ばし、振り払う。
「スチールイーター!」
あのずた袋が操っているのか、あのトカゲもどきに追い立てられているのかは分からない。ただ、それでもずた袋と一緒になって自分を追いかけてきているということは確かで、こうして自分の足を止めようとまとわりついてくる。
そしてわずかにでも動きが止まると
「うにゃっ!?」
トカゲモドキから触手が飛んでくるのだ。
スチールイーターよりもすばやく伸びるその触手は、ぶつかったモノを容赦なく絡めとり、トカゲモドキの口へと戻っていく。
いまもまた、バキボキという音がトカゲモドキの中に響いていた。すでに何匹かのスチールイーターも犠牲になっている。
アレには食べれられたくない。
あのぬめぬめとした無駄に質感のある口内に含まれることを想像すると、それだけで全身に鳥肌が立ちそうだった。それでなくとも体表を覆う謎の粘液がきもちわるいというのに……触手をよけた際に粘液の飛沫がいくらか降りかかっていて、もう鼻が曲がりそうだった。
そのにおいを間近でかいでいるはずなのに、それを気にしていないのかあのずた袋はトカゲモドキに乗って追いかけてくる。そしてスチールイーターと触手の攻撃をかわし、生まれたわずかな隙に
「熱っ」
その袖口から覗かせた火炎放射器で焼いてくるのだ。
もう髪の毛がいくらか焦げ付いてしまっている。
さわりたくない。『血』を使えば簡単に撃退はできるのだけど、生理的にあのトカゲモドキにもずた袋にも触りたくない。それに触れたところから『血』が腐りそうだった。
そもそもなんで自分が追われないといけないのか……
「友達とかいってたよね」
あのずた袋の友達を、知らない間に何かしたのか。
思い当たる節は
「ないんラよねー」
まさかスチールイーターのことじゃあるまいし。
足を止めて問いただしてもいいのだけれど、それ以上に匂いと見た目が嫌悪感を抱かせて体が勝手に逃げてしまう。
「なんか、いい方法ないかなぁ」
後ろから飛んできた触手を直感で避け、ついでに飛び掛ってきたスチールイーターをご馳走し、十字路をまっすぐに突っ切る。
ふと目の端にユニのような少女が映ったような気がするけど……足を止めたらスチールイーターに食われる。止まってられない。
ソラのように高く飛ぶ翼も、機足者のように速く走る足もない。そうなったら、持久力でなんとか逃げ切るしかないのだけど……だけど……
「ぎ、ぎざままだぼらのどもだぢおおおおお!!!」
「……」
うん、わからない。なんて言ってるのか分からないし、何を言いたいのかも分からない。
とりあえず対策を練ろう。対策といえなくもないけど……
走りながら、逃げながら、クロエは頑張って頭を働かせる。
スチールイーターのような細かいのはいちいち相手にしてられない。ちょっとした隙に食いつかれて終わりだ。
あのトカゲモドキの触手は触手というよりはたぶん舌なのだろう。木製の屋台を簡単に引っ張り倒すぐらいだから、かなり強度はありそう。
ずた袋はなんかよくわからない。火炎放射器以外にも何か持ってそうだけど。
「うーん……」
スチールイーターも、あのトカゲモドキも、あのずた袋のいうことを聞いているようだし、ひょっとしたらケモノ使いとかいう特殊な職業の人かもしれない。
そうだとしたらさらに厄介だ。
こういった相手となると、エリーが得意そう。雪合戦のときに、もっと広いところをなぎ払うほうが楽だとかいってたし。
ソラは……飛んで打ち抜くのかなあ?
ジャックさんは……むしろ相性悪そうだし。
「えリー、ロこかなぁ」
つぶやいて、また背後から飛んできた触手を避ける。スチールイーターを殴り飛ばす。再び降りかかる飛沫から、粘つくような腐臭と悪臭と汚臭が追加されて、吐き出したくなってくる。
「あうぅ……」
口を開かなければよかった。
あのタバコと香水のすさまじい匂いもきついものはあるのだけれど、それとはまた別のレベルでこれは意思を削っていく。
というよりも
本当は戦いたくない。
普通の女の子でいたい。というか自分は普通の女の子。のはず。
ソラの事務所に厄介になっている以上、できることはやるつもりなのだけど、それでも普通の域でいたい。
もっとも、それも
「機塊持ちじゃ難しい話なのかなあ」
そんなことを考えてる場合じゃないのは分かってるけど。だけど。
人並にそういった夢を考えたっていいじゃないかと、クロエは思わざるを得ない。
まあとりあえず今は
「やレルことをやラないとね」
走りぬきざまに、壁に立てかけられていた適当な棒を倒し、また一つを手にとって投げつける。
適当に角をまがり、人のいなさそうなところを目指しつつ、路地裏のゴミをあえてぶちまけて道をふさいでみる。
簡単に乗り越えられ、簡単に触手で打ち落とされた。とりあえず距離は開いたけど。
機足者ばりの、とまでは行かないにしてもそれなりの速さで。さらに壁を蹴って立体的に動いているのに、あの六本足のトカゲモドキはぴったりとついてくる。あんな大きな体で、しかも重そうな人を一人背に乗せているというのに!
考えないと。
ソラなら、エリーなら、ジャックさんなら、何をどうする。どうやってあれを相手にする。
ソラだったら飛び上がって一気に打ち抜く。火炎放射も触手も届かない距離から。でもたぶんその距離にもなんらかの攻撃はしてきそう。それに、自分は飛べない。
ジャックさんならたぶんまとめてなぎ払う。多少は食いつかれても、あの剣の壁で思いっきり押しつぶすように。そんな大きな攻撃できないし、適当な家を崩せば……そんな力はない。
エリーなら魔法で……それなら『血』をうまく使えば……
「レも」
今の自分にできる?
この際、『血』が触れることに関しては目をつぶろう。
ただそれでも、あのずた袋とトカゲモドキと、体についた飛沫が放っている悪臭で“かあさまの匂い”が感じられない。たぶん今の状態で『血』が外に出れば、自分の制止なんて聞かずに暴れまわるだろう。
ずた袋だけに収まればいいのだけど、勝手に動いてほかのモノに触れたときを考えると……
「あ……」
わずかな段差につまづいて、足がもつれた。
「ラめ……」
転げ、転がり、なんとか身をおこすものの、スチールイーターの群れが迫ってくる。
遠く、それでも近い、数メルテ先ではずた袋が追跡の足を止めて銃のようなものを構えていた。
何かが破裂する音がして
赤いしぶきが宙を舞った
クロエは一般人です。機塊持ちだけど。だけど!




