4-14
どうやら昨日は登校したつもりになってて確定忘れしていたようです
というわけで
あっちこっちでなにやら不穏な
「帰った?」
朝。なんとなく孤児院に寄ったのは本当になんとなくだった。
何の予感もなく、朝食の時間を過ぎて、さて今日も依頼人は来るのかこないのかと身構えつつ適当にすごし、まだリッカが帰ってきていないことに気付く。
「もう、昨晩になるわね。こっちで夕飯食べる前だったから……」
孤児院に止まった後、朝には出てどこか寄り道しているのかもしれない。
そう考えれば気にならないのだが、なにか引っかかることがあった。なにせ厄介な相手が見え隠れしてるのだから。
だから孤児院に寄ったのはなんとなくというよりも、気になってということだったのかもしれない。
「帰ってないの?」
事務所に。
結局セーナさんのいうことが正しいとするならば、いやよほどのことがない限り彼女は嘘をつくことはない。すでにリッカは事務所に帰ってきているはずだった。
それが
「帰ってきてない」
「でもリッカねえ、夕方には帰ったよなぁ?」
ケヴィンをはじめ、何人かの子供達も顔を見合わせて言う。
「まあまだ午前中だし……?」
どこかいろいろと歩き回ってる可能性もある。怪我をした人の面倒を見ることになったとか。
だとしても何らかの手段で連絡の一つでもあるべきだとは思うのだが。
「……探してくる」
連絡がないということが、どう考えても不自然だった。
たまたま連絡ができない状況と考えればまだしも、それでも誰かに伝言ぐらいは頼むだろう。
「あ、オレらもいくって。ソラにい!」
孤児院の子供達の声を下において、ソラは一人飛び上がる。
その様子を離れたところから観ていた人物に気付くことなく。
□
「なななななんですとおおおおおおおおおおおお!!!!!???」
ジャックは、くぼんだ目を精一杯広げて叫び声を上げた。
色白な体に、骨とすじばかりというような体系から骸骨剣士とまで呼ばれるようになった彼は、その全身の骨を共鳴させたかのように歓喜の叫び声を上げている。
「わわわたしと手合わせしたいと!?」
事務所を出て間もなく。彼に声をかけてきた戦士然とした筋肉質の男は自らをラグと名乗り、『骸骨剣士』ジャックと手合わせをしたいと申し出てきたのだった。
ジャックの心の中は歓喜の嵐だった。
苦節二十年とちょっと……剣を取りはじめてからは十年ぐらい。これまで散々自分が申し込むばかりだった試合が、手合わせが、とうとう申し込まれる立場になれた。なんと嬉しいことか。なんと喜ばしいことか。ああ、今すぐにでもジョセフィーぬとともに剣身一体となって……
「お、おい? とりあえずここらでやると迷惑だろうし、あっちのスラムに、いくぞ?」
「あああああああそそそそそそうですね」
ラグと名乗った男が指し示すのはスラムの方角。まあ街中でチャンバラするよりはスラムの空き地でやったほうが被害も少ないだろう。
なにより、相手の機塊がわかりませんからね。
ジャックの前を歩き出した男の肩からは、長大な杭のようなものが生えていた。右腕全体も金属質のものに包まれており、腕全体が機塊なのだろうということは分かる。
それになにより……
黒っぽいですよねぇ
その色。
ソラから聞いていた黒い機塊に、ひょっとしたら相当するものなんじゃないだろうか。
まあ、可能なら機塊を破壊を視野に入れた上での武装解除と尋問も必要かもしれませんねえ。
ジャックは内心つぶやく。何はともあれ、手合わせが先決だった。
□
その日もクロエは、いつものようにずるずるの袖を振り回し、ふらふらと出歩き、くるくると回りながら、ふんふんと適当な鼻歌を歌っていた。最近雪も少しは落ち着いて散歩がしやすくなったのはいいけれど、そのぶん新雪を踏む楽しみがなくなったのは少し寂しい。
散歩はもはや日課だ。猫を観察し、犬と追いかけっこをして、鳥を眺めながら冬の虫をなんとなく探す。時々、面白そうなものが落ちていないかと当たりを見回すのだけれど、冬の雪にまだ隠れているのかそれらしいものは見当たらなかった。
ないなら探せばいい。次はどこに行ってみようか。
そう思い立ったときだ。
クロエの鼻に、なにやら異臭が漂ってくる。
「うにゃ……?」
鼻を鳴らしながらなんとなく、それらしき方向に向かってみる。
たとえばいち早く我慢できなくなった凍死体がでてきたとか、下水があふれ出したとか……いやどちらも冬じゃありえない。
ならなんだろう?
疑問を抱えながら歩いていったその先に、ソレはいた。
ずた袋のようなコートを身にまとい、ぼろぼろの防止を被って、顔にはマスクをつけているために伺えない。
クロエを視界に入れたのか、その顔が固定された。
「ぼ、ぼめえがグロエどがいうやづが」
ぼそぼそと喋る言葉はマスクでくぐもって聞こえづらかったけれど、どうやらクロエを探していたようで……
「……ラレ?」
こんな人物に、心当たりなどない。だから当然の質問だったのだけど
「ぼ、ぼらのどもだぢいいいいい!」
叫ぶと同時に、そのゴミ袋のような男の後ろから気持ち悪いものが飛び出してきた。
ヒトと同じようなサイズのトカゲを、六本足にして体をぬめらせて顔を横に広くして……口らしきところから覗く触手のようなものが生理的な嫌悪感を抱かせる。
そして一気に膨れ上がる、悪臭。
「み……」
クロエの全身に、鳥肌が立った。
「みぎゃああああああああああ!!!!!」
逃げ出したって、だれも文句は言わないだろう。
□
本日のお仕事。占い。
とはいいながらも、自分のやる占いはどう見たって的中率が低い。やはり世界的な魔力の減少が原因なんだろうか。
エリーは一人、露店の中に混じって溜息をつく。
なんだかんだで自分で身を立てるには街の外に出て狩りをするか、こうして何がしか特技を生かして稼ぐしかないのだけれど。
自分がやりたいことは占いだというのに、占いを頼むよりは愚痴を言いに来たり相談を持ち込んできたりする客が多い気がする。
魔女グリムのもとでの修行はひとまず、何とかという形で身につき始めているのだけれど、やっと慣れたかと思ったとたんまた別の内容を持ち込んでくるから気が抜けない。あの教師はスパルタ過ぎる。
その結果丸一日魔力不足でぶっ倒れてまともに動けなくなることもあるわけで、お仕事をサボりたくてサボっているわけじゃないのだ。たぶん。
そもそも、ハルフォード事務所に持ち込まれる仕事の依頼自体がない。
まったくないというわけじゃないのだけれど、一週間に一つあればいいぐらいだというのがこの事務所に着てから感じたことだった。これで実はかつて近隣には名の知れた事務所だったというのだから驚きだ。しかも所長は英雄……
「謎しかないわね」
ぽつりとつぶやいて、頬杖をつきながら客を待つ。
そんなエリーの視界に、一人の人物が目に入った。
「あれ……リッカじゃない」
何を探しているのか、周囲をきょろきょろと見渡している。やがてエリーに気がついたのか、駆け寄ってきた。
「どうしたのよあなた。事務所にも帰ってこなくて……」
「エリー、ごめんちょっと大変なの」
「大変って何が?」
「とりあえずこっちに来て!」
エリーの腕を取り、せかすリッカ。
「え、ちょっと!? あんた!!」
エリーの叫ぶ声を聞くことなく、リッカは露店の並びから連れ出した。
□
事務所に誰もいない。
一人きりということは早々あることではないけれど、孤児院では一人になるということはなかったために何か新鮮なものを感じる。
ユニは、洗濯物をとりあえず干し終わって一息ついていた。
さてどうしよう。他のみんなは別々に行動していて、自分はまたくず鉄拾いにでも行くか……
ゴミ島がなくなってからトット達とは会いづらい……というよりも、会う約束をしていなかった。いつも向こうから勝手に決めてくるからというせいもあるのだけれど。
丸まっている『蜘蛛』を抱き上げて考える。さて今日はどうしよう……
そんなときだった。事務所のドアがノックされたのは。
珍しくお客が来たのかもしれない。『蜘蛛』はもったまま、玄関に駆け寄ってドアをそっと開けてみる。
「おや、まだいたんだ」
そこには見知らぬ青年が一人。
「ああ、ここがハルフォード事務所でいいんだよね?」
その優しい目の奥になにかいやな予感を感じて、ユニは目線をそらすことなくうなづく。
そっと、それでも無造作に上げられた青年の左手に、カルラの肩やフェレの背中にあったような『核』が見えたのは本当に奇跡的だったのかもしれない。
“危ない”
なんとなく、全身に走った予感。とっさに動けたのはスラム暮らしが長かったからなのか。
青年が上げていた左腕を振り下ろす。それと同時にユニは、青年に体当たりをするように外に飛び出た。背後で起こる破砕音。
事務所の入り口が、砕かれていた。
「うーん、小さい子を相手にするのは気がひけるんだけど、ここの従業員ってなるとどうしようもないんだよね」
向き直った青年の傍らに浮かぶのは、二メルテ近い円柱。大の大人が二人がかりでやっと抱え込めるほどの太さを持っているハンマーヘッド。
「『ピコピコハンマー』。キミには申し訳ないけど、潰させてもらうよ」
不穏な言葉と共に、青年が再びハンマーヘッドを振り上げた。
□
そこだけ、空気が白かった。
雪景色の中、人々によって掻き分けられ、または踏み固められ、なんとか地面を覗かせている道も、彼の周りでは白くなっていた。
黒い髪を無造作に後ろで束ね、浅黒い肌は冬の空気をうけて少しだけ冷たくなっている。
「はああああーーーーーー」
大きく溜息をついて、その人物、ジョイは足を止めた。
ソラが帰って来ているらしいという話はすでに聞いた。もう少ししたらなんかどっかにみんなで旅行に行くという話も。
単位の問題はちょっとしたツテで何とかなるらしい。というか学園側でもそれっぽい話を聞いたような聞いてなかったような。むしろ単位がもらえるならそっちで参加してもいいのだけど。
それよりも。
そんなことよりも。
ジョイは未だに、カルラのことで気を落としていた。
あの日。およそ二週間ほど前。
なんとか機嫌を取るためにカルラの家に向かったはいいものの、結局は門前払いだった。むしろお父さんに何をしたんだと睨まれた。
その後あの友人二人が機嫌をとったのか学園には再び来るようにはなったけれど、会っても口を利いてくれない。顔を合わせてくれない。
すれ違うたびに目線をそらされ、友人から申し訳なさそうな顔をされて、まだ最後通達は出されてないということは分かるのだけど……
「それでも、二週間……だよねぇ」
むしろこのまま病気になってしまいそうだった。
「はあああああああああああ」
再び大きく溜息をつくジョイを、すれ違う人々は大きく迂回していく。にじみ出る不幸オーラのせいかもしれない。
「……っと。ちょっと!」
もうやっぱり、すっぱりあきらめよう。これ以上引きずっていたって勉強に身も入らないし。
でもできるなら、ちゃんと正面切ってだめだってことを伝えてほしい。せめてあの友人二人の口伝でもいいから、言って欲しい。
「聞い手るの?」
そもそも身分違いだったんだよねぇ。かなわぬ恋だったんだよねぇ。ああ、でも誰かがあきらめたらそこで終わりだとか言ってくれていそうな気がする。
ちゃんとゴメンナサイされるまでは……いやでも女々しすぎる……
「いい加減に死なさい!」
すぱこーん
と頭をひっぱたかれてジョイは振り向く。
「いったいな!」
「人がせっかく話しかけ手いるというのに無視しているからでしょう!?」
「しらねえよ! てか君は誰なんだよ!」
まったくもって見知らぬ少女だった。
ポニーテールになっている金の髪を振りかざし、強気な目を向けてくる。
「誰?」
「あん多あれでしょ? ハルフォードの事務所のアルバイト君」
「ヒトチガイデス」
人の頭をいきなり叩くような人に付き合う必要はない。しかもどこか発音が変だし。
「死らばっくれても無駄よ。調べはつい手るの」
「……で、一体何のようなんだい?」
分かってるならいちいち聞く必要もないだろうに。ジョイは胡乱気にやっと少女に向き直る。
「あん多、なかなかのガンマンって聞くからね。勝負よ」
そういう彼女の右腕は、なにやら袋で覆われていた。なるほど。銃型の機塊もちね……
「生憎気分じゃないんだよねぇ。また今度にしてほしいのだけど」
「いいわ。その気になるまで付きまとうか羅」
「……見ず知らずのヒトと勝負しちゃいけないって俺の死んだ爺さんの弟の妻の子供の未来の従兄弟のお嫁さんのご先祖様の五代ぐらいあとになったおっさんが遺言でいってたんで、その申し出は受けれない」
「そんな適当な理由で断れると思っ手るの? あんたってバカ根」
……だめか。まあだめもとって言うものもあったけれど。
「……しょうがないなぁ」
そろそろいい加減に事務所に顔を出さないとと思っていたところではあるのだけれど、こんなお邪魔虫がついていたらかえって迷惑になるだろうし……
「やるかねぇ」
さて処理しきれるかどうか




