4-13
なんとはた迷惑な
「なんだぁ? ソラだっけか。その翼はよーくおぼえてるぞ。ジンのおっさんのところのヤツだろう? はじめてみた時はやっぱり機塊もちかと思ったが結局機塊持ちは機塊持ちだな。どんだけ悪党捕まえようがどんだけ人様の役に立とうが機塊持ちは機塊もちだ。大体なんだ背中に翼だなんて生やして。どっかのマモノの真似か? それともバケモノの真似か? いや天使とかいうやつがそんな羽を持ってるんだったか? あいつらにとっちゃたまったもんじゃねえだろう。だったらだったでもっと別の羽にしろってんだ。そもそも形が違うか。色も違うか。だったらまねっこして失敗しましたってことか。あいつらも残念だよな。まさか機塊なんかに真似されるとは思ってなかっただろうな。真似するって言えば偽塊と機塊はどっちが先にできたんだ? なんだか偽塊が機塊を真似したって感じらしいが本当は手術で無理やり肉体にくっつけたとかじゃないのか? 違うのか。まあそんなことはどうでもいいんだ。この間うちのコンロがとうとう壊れてしまったんだがありゃどういうことだ。お前らの機塊がしっかりしてないから結局そこからコピーした偽塊にも不備があるんだろう。もう少ししっかりした機塊を持てというんだ。もっとしっかりした機塊だったなら不備もないだろうが。それもこれもお前らがいい加減な体を持ってるからなんだろう。え? 人の姿からかけ離れたものを持ちやがって。親からもらった肉体をあっさり捨てやがって。感謝というものはないのか。世間様に申し訳ないとおもわねえのか。人の体はキャンバスじゃないんだ。ファッションじゃないんだ。生まれ持った肉体で満足して生活するというのがあたりまえなんだ。だというのに娘ときたらキンダーガーデンにいってはあの戦士がかっこいいだのあの人がすばらしいだの果ては真似してボディピアスまでしやがって。いいか? 自分の肉体というのは唯一無二のものであって……」
「おい、ソラなにやって……いい。こいつはほっといていい。行くぞ」
□ □ □
朝の訓練を終えて、ソラはというと下町のとあるところに出向いていた。
できるなら、特に用事もない限り、意や用事があったとしても、引ったくりを捕まえたとしても、極力そばを通りたくないところだった。
そこ。すなわち憲兵の詰め所。
初めてあったあの時出さえ、これでもかというぐらいの愚痴というのか辛辣な言葉というのか、それともあらかじめ用意でもしていたかのような台詞のようなものを聞かされて日がくれたのだ。あのときゾイシュタッドがたまたま通りかかって覗いてくれなければ、日がくれてもなお詰所につなぎとめられていただろう。
それだけに経理主任の愚痴というものは止まることを知らない。可能ならば適当に聞き流してもいいのだけど
「おい、ソラ、聞いているのか? だからお前はまったく……」
「ああ、はい、きいてます」
時おり急に確認を振ってくる。そこで適当でもいいから相槌を返さないとバツゲームの如く愚痴が追加されるのだ。
そのような、なんの生産性もないやり取りが続けられることほぼ一日。すでにあたりは暗くなっていた。
これではもともと聞きたかったことも聞けずにおわってしまう
「えっと……」
「……から全部壊れ……なんだ?」
「そろそろ自分の用件を済ませたいんだけど……」
「なんだもうこんな時間か。お前のせいで一日がつぶれたじゃないか」
明らかに本人の責任かもしれないが、ここはあえて突っ込まないでおく。つい昨日街中であった姿はいったいなんだったんだろうと思えないでもない。
「で、用件というのはなんなんだ?」
「ここ最近起きた機塊の暴走事件なんてないか?」
「ああ? なんでそんなことを知りたい」
「町の平和を守るのが憲兵の仕事なんだろう? だったらその協力者に情報を提供するのも仕事なんじゃないのか?」
「お前がぁ? 生憎機塊もちはお呼びじゃないんだよいったいった」
片手で追い払うかのようにすげなく追い出される
「そういやついこの間港のほうでなんか騒ぎがあったようだなぁ……」
出際に、まるで聞かせるかのような大きな独り言が聞こえた。
「まあ、一応話は聞けたけど……」
聞けたというのか、聞かされたと言うのか、よくわからない結果ではある。
すっかり日も暮れ人もまばらで、どこかの酒場からは酔っ払いたちの笑い声が聞こえてくるようだった。
「あー……」
何気なく空を見上げたソラは、そこでふと思い出したことに溜息交じりの声を上げる。
「マリアの飛行練習すっぽかしてた……」
つぶやき、ひとまず事務所に向かって歩き出す。
まあこっちとしてはあの経理主任にしつこく足止め食らわされていたせいもあって、参加しようにもできなかったのではあるけれど。
この埋め合わせはまた何とかしないといけない。しなくてはならない。というか次止まり木にいったときには何か酷い目にあいそうな気がする。財布的なものや精神的な意味で。
こっちから望んだわけではないけれど、『悪魔』のせいでいろいろと大変なことになってるんじゃないかとつい疑ってしまってもだれも文句は言わないだろう。
「というか……」
どこまで見張られているのか、どこから関わりを持とうとして来ているのかが分からない。
できるなら必要以上に出歩くことなくこの漠然とした危険を乗り切りたい。
わけのわからなさでいえば、ヴィヴィの言う『黒い男』もそうだ。どちらも共通して、少なくともその姿をみたことがない。
「まさか同一人物ということは……」
謎の正体、不可解な行動、人知れず接近する技能、自身の情報に対する制御。
そして黒。黒い男、黒いチップ、黒い機械……
共通点がありすぎる。
もしそうだとすれば、逆に面倒ごとが一石二鳥に片付くこともありうるからいいのだが……
「『黒い男』と『悪魔』が同一人物だとして、スラムに軍部を入れ込む利点……」
なにかと危険視されている存在ではあるけれど、結果的にスラムを守護しているという点においては『堕天使』や『死神』と共通することは確か。
「いや……」
カルラのあの襲撃事件を考えるとあれはスラムに侵攻してきたというよりは、一般人が的にされたというそれだけの事件だ。本人は聞かせられない感想ではあるが。
そう考えると、『悪魔』のいたずらで発生したものといえなくもない。いえなくもないのだが……
「黒い機塊がない」
悪魔が関われば証拠のように出てくるチップや機塊がなかった。
カルラ・バーズンの腕はよく聞くストレス性による偶然発生したものだったし、襲撃者達は全員ノーマルだった。そしてあのデトス・ヒルトマンも。
「ヴィヴィは『黒い男』も関係しているとはいっていたが……」
現状は『黒い男』と『悪魔』は別人物だろうとしかいえない。
「……めんどい」
面倒くさい。
面倒すぎてやる気が起きない。というか全てを投げ出したい。
ただそれも
「できない」
リッカ達がいる。
ユニも、クロエも、ジャックも、エリーも、半ばなだれ的に、偶発的にではあっても、それでも自分から関わりをもつと決めて付き合うようにした相手だ。
その結果が守るもの、守りたいもの、共に居たいと思えるものを増やし、自分の翼をより重くすることになった。
「“空色をしているからソラ”か……」
本当に空のように、皆を包み込むことができればどれだけいいことか。
現状やることは多い。
『黒い男』のこと。
冬季訓練の参加。
『悪魔』の狙い。
それと
「ジンたちの行方」
行方というよりも、理由。
帝城にいる間に、行方の追及はヴィヴィに任せる話になっている。失踪事件に巻き込まれたことの迷惑料として。
まあ誤情報を掴まされることもあるかもしれないが、あの彼女の性格を考えればそれもないだろう。
「だったら」
最優先事項は、『悪魔』の狙いの判断とかわし方の模索。『蜘蛛』に関してはユニ任せになるかもしれないが、ジャックに注意はしておいた。自分がいない時は気にしてくれるだろう。
ぎりぎりまで『悪魔』にかかわる情報を集め、整理し、可能であれば接触して……
「どうする?」
ふと、足が止まった。
関わるなと釘を指すか?
その理由を聞いて、相手が納得するような形で矛を収められるのか?
『悪魔の使い』らしき人物からの警告は一度受け取ったきり。実は嫌味だったのかもしれないという可能性がある。
だからこそ、『悪魔』が関わっている怖れのある事件を探しにきたわけで、それを知っていそうだったのが、比較的憲兵でも顔馴染みになっているあの主任だったわけで……
頭をかきむしる。
考えすぎてかえって分からなくなってきた。
「とりあえず、明日改めて港にいって情報を探す。そこからだ」
ソラは一人つぶやいて、事務所に向かう足を再び踏み出した。
「……で、おおおお遅くなったというわけでししししたか。災難でししししたね」
事務所に帰れば出迎えたのはジャックとユニ。いや、ユニは待ちくたびれたのかソファで横になっていた。エリーとクロエは自室にいるらしい。
「あれ、リッカは?」
「そそそそそういえばまだ帰ってきてませせせせんね。こここ孤児院に止まるんでしょうか?」
「さあ……」
朝出かける時点ではなにもそのようなことは言ってなかったのだけど、なにか急な用事でも会ったのだろうか。
「いいいいい一応リッカさんも護身程度ならそそそそこらのハンターよりもできますすすすからねねねね。危険はないとおもうのですががががが」
「あの『眼』で相手の状態読むからなぁ……」
筋肉の動きやわずかな体内の魔力の流れを『視』て、先の先をとるのだという。孤児院の争奪戦や治療に来た人達を『観』ているうちにやり方を覚えたというが、それはそれで空恐ろしいものがある。
「せせせせセーナさん直伝の護身術ですすすすからね。ししいししかもアレ、必要に応じて無手で人殺せるような威力あるらしいですよ?」
雪合戦の翌日、セーナさんに手合わせを頼んだら笑顔で言われたらしい。死にたいの? と。
「あー……制圧力はすごいよなぁ……」
言われてみれば、思い当たる節がありすぎる。街中歩いているときとか、夜の様子だとか。殺気がないから気付けていなかったけれど、何気なく人の行動をしっかり制御していたような気がする。
「視線には人一倍敏感だし……」
「結構むむむむ無意識に周囲の様子を伺ってますすすすよね」
「地味に危機管理もうまい」
「セーナささささんの次に怒らせたらいいいいいけない人だとかかかかか」
「というか小さいころはスラムで兄妹二人きりだったからなぁ……」
「そそそそうなんですかかか?」
「うん? ああ、オレは――とは違って……」
「ん、誰です?」
あれ?
「いやだからリッカの兄の……」
おかしい。
前は言えたはずのリッカの兄の名前が思い出せない。
「ソラさん?」
「……問題ない、大丈夫。とりあえず今日は寝る」
「そそそそうですか」
ソファで寝転がってるユニを抱きかかえて、自分の部屋に向かう。『蜘蛛』は……眠っているのかタマゴの形になっていたので置いてきた。
それにしてもなぜ急に『忘れた』のか。
「考えることだらけだ」
少なくとも、リッカと止まり木の枝に行ったときまでは『覚えていた』ということを覚えている。
日々の活動が忙しくてつい度忘れするということはないわけではない。
でもそうというにしてはどこか不自然すぎた。
リッカが急に不安になっていたのも
「恐らく、『黒い男』か『悪魔』の……」
ぽつりと、ユニを起こさないように小さくつぶやく。
若干偏見で見すぎている気がしないでもないが、可能性の一つとして頭の中にいれておく必要はある。
部屋にはいり、ベッドに寝かせてとりあえず一息。
「……」
ふとユニを見下ろして、本人の部屋に連れて行けばよかったいうことに気がつく。
なんだかんだいって毎日リッカと一緒に入り込んでくるものだから、違和感を感じることなく連れ込んでしまった。
「まあいいか」
シャワーでも浴びて、今日はさっさと寝よう。
これぞ足止め




