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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
異世界人?と二つのお願い
28/84

2-7

でーと

 それはどこかで聴いたことのある音を立てながら事務所の前までやってきた。

 カタカタ、キンキン、ぷしゅーというお決まりの音がとまり、しばらくして来客用のドアが開く。

 最初にのぞいたのは朱。それも辰砂のような鮮やかさと深さをあわせを持つ本来の朱を持った髪。

 長い髪はきれいに編みこまれており、その顔立ちからかろうじて少女だということに気付かせる。

 着ている服は髪にあわせて朱の色をしていた。

 その背後に、軍服を着込んだ女性が一人。護衛なのか、険しい顔をしている。

猟団(リッター)……」

 女性の服と、右手をみたジョイがつぶやく。彼女の右手の、手首から先が大きな手袋で包まれていた。

 少女は入り口に立ち、どこかで見たことのあるような蒼い眼で室内を見回して一人の人物に眼を留める。

「お前がソラか」

 きれいなアルトボイスだった。

 そこでふと、気がついたように言い直す。

「ここがハルフォードの事務所というところか?」

 それは尋ねるというよりももはや確認。その言葉に最初に動いたのはやはりというべくか、ソラ。

「あんたは?」

「ああ、そうだな。わたしはヴィヴィ。とでもよべ。呼びにくかったらヴィーでも構わん」

「うん? まさか……」

「ヴィヴィ、だ」

 なにかに気がついたのか、声を上げたカルラをさえぎるように眼を向け、再度告げる。

「で、ヴィヴィちゃんは何の用なのかな?」

「ふむ、お前が仮従業員(アルバイト)とかいうジョイか。いやなに、わたしの用件はソラにあるのだがな」

「ベルも鳴らさずに、ぶしつけですね」

 今度は、リッカだ。左目と不機嫌を隠すことなく、ヴィヴィと名乗った少女をにらみつけている。カルラのように、ソラが拾ってきた相手でもない。ましてや連れている相手が相手だ。機嫌も悪くなる。

「ほう……」

 対するヴィヴィは、はじめて他の面々に気付いたかのように順番に眼を向けていった。

 とくにリッカとユニに対して視線が強く向いている。

「なるほど、ハーレムというヤツか。英雄色を好むというし、構わんかまわん」

「先客がいるのです。待つというものでしょう?」

「そうだったのか、それはすまないことをしたな。以後気をつけよう。あとそれなら来客を示す看板ぐらいはあったほうがいいぞ?」

 嫌味をあっさりと返され、思わず前に出ようとしたリッカを抑えるようにソラが一歩前に出た。

「で、用件ってのは?」

「なに、ただの観光案内だ」

「それならそこの護衛さんにお願いしてもいいんじゃないかねぇ?」

「このあたりの地理に詳しいものがいなくてな。それに、ソラという人物にこそ頼みたい」

 ソラの気持ちを察知してか、ジョイが代替案を試しにだしてみるが一蹴される。

「それは、急ぎの用事ということか?」

「ああ、今すぐだ。ふむ、なにやら別件もあるようだな。なんなら終わり次第手伝ってやってもいいぞ? どうせすぐ終わるからな。」

 室内に眼を向け、テーブルの上のカップから来客がいたことを察したのか、挑発的にその顔を向けてくる。

 どうする? という感じでジョイがソラに顔を向け、様子を伺ったところ

「わかった」

 ソラは短く告げ、その急な依頼に首を縦に振ったのだ。



 少女が告げたその目的地は、確かに護衛を連れて行くよりはソラ一人に頼んだほうがいいだろう。

 それでも自分はついていくと声をあげた護衛に手を振ってさえぎり、ヴィヴィはソラと二人外に出、目的地に向かい歩き始めた。

 何がたのしいのか、くふふ と、実に嬉しそうに声を上げて笑う少女は笑い、たまらず声を出す。

「考えてみれば、男と一緒に二人きりで歩くなど初めてだぞ。そうかこれがデートというヤツか」

「それで、あんたの本当の目的は?」

「ほう、それがおまえの態度というものか。いやいい。好きなように呼んでくれて構わん。別にヴィヴィというのも本名ではないからな」

 ソラの態度を特に気にとめるわけでもなく、あっさりと偽名を使っていることを白状する。

「目的というのはまあ今の状況ともいえる。おまえに観光案内を頼むことというのが、いやお前と二人きりになるというのが目的だったのだからな。ソラ」

 数歩先へ進みクルリと振り向いた彼女は、ソラの顔を覗き込むように、挑発的に、その言葉をつむいでいく。


「ソラ、おまえわたしのモノにならないか?」


 突然それも見ず知らずの相手からそのような言葉を告げられては、ソラのように思考をとめざるをえないだろう。

「どういう、意味だ」

「なに、他意はない。そのままの意味だ」

 なぜなら

「あのデトス・ヒルトマンを圧殺し、演習場の兵士どもを相手に大立ち回りを演じ、英雄といわれた男の下で過ごし、百人の兵士を容赦なく、あっけなく、呵責なく押しつぶすような男だぞ? 気にならないというのがおかしいだろう」

 ソラの足が、止まる。

 つい先日の、あの事件のことならそれなりの立場にいる人間であれば当然のように知っているだろう。それだけの事件でもあったのだから。

 だが、もう一つの、数年前のあの事件はどうだ?

 スラムの住民達なら知っている。自分達に関係あったことなのだから。

 下町(アンダータウン)の住民達は知らない。川の向こう側に関して彼らは関わろうとしない。

 貴族街は、あのマドモワゼル・ヴィオレットにそれとなく聞いたこともあったが話は伝わっているようでもなかった。バーズン親子ですら知っている気配はない。

 そもそも、デトス・ヒルトマンの事件の時の報告は『蒼い翼の機塊持ち(ユーザー)』として報告が上がっているはずだ。まだ力の分散をしらなかったあの時(・・・)とどうやってつなげることができる?

「そうにらむな。別にわたしはそういう情報がはいってくるところにいるというだけで、おかしなことではないだろう? それに、わたしはおまえが実は千人殺していたとか女だったなどと言われたとしても気にはしない」

 指で先に行くぞと指示をされ、再び歩き始める。

「本当はこうしておまえと会話をすることこそ目的ではあったのだがな。今回は、おまえを探りっていたヤツもいたこともあって動いてみたが、そうでなくても遅かれ早かれわたしはおまえに会いに来たと思うぞ」

「あんたじゃなかったのか」

「ほう、探られていたことには気付いていたか。まあ、わたしは人を知ろうとおもったときは自分で動くからな。他人を使ってはありきたりなものと、そやつの主観でしかわからん」

 最近、みなれない人物が何人か事務所の周りにいたことには気付いていた。あまり気になるようなものでもなかった上に、クロエと自称異世界人のアツヤの相手で手一杯だったためほったらかしにしてはいた。

 それにしても、ヴィヴィはどういう立場なのか。

 少なくとも、おなじ伯爵であったとしてもバーズン家よりは上。デトスの事件を知り、それどころかさらに過去の話を調べあげることができるということはそれ以上かもしれない。

「わたしは機塊持ち(ユーザー)が好きでな、ほかの貴族どもと違って差別などせんよ。護衛たちもそのほとんどがわたし自ら猟団から引き抜いた。ああ、当然ノーマルもいるぞ?」

 そしてあまり相手にしたくない相手。

 猟団を護衛として平気で扱えるとはかなり危険な感じがする。その護衛も、事務所に顔を見せた女性以外にまず間違いなくいるだろう。姿をみせなかっただけで、気配はしていた。

 もしここで貴族のことをもう少しでも気にかけていたら、愛称だというヴィヴィと髪の色からこの少女の正体が分かったかもしれない。もっともいまさらといえるかもしれないが。

 二人は橋を渡り、スラムの奥へと進んでいく。

「大体、機塊持ちを差別するという心意気がわからん。あんなもの、一部の利権を独占しようとしたやつらが勝手に言い出して広めたことなのだからな」

 ヴィヴィは、一見すれば年相応の雰囲気と感情を持っている少女ではあった。口にしている内容がかなり過激であるということを除けば。もしこれが、貴族街での発言であればたちどころに憲兵から職務質問を掛けられたかもしれない。

 下手をすればそのまま即逮捕につながるような言葉までどんどん吐き出していく。

 周囲の貴族達が自分に向ける目線と評価。最近婚約相手の紹介(なすりつけ)がうっとうしい。どこぞの貴族の裏事情。何某が誰某と浮気をしている。鳥達ではもぐりこめない貴族達の内事情。

「あんたは、何をどこまでしっているんだ?」

「おまえの、知らない、知ろうとしていないことだ」

 くふふとわらい、その眉尻をわずかに上げる。

「たとえばそうだな。ジン・ハルフォード、ウェスタン・ホリック、セリア・アデーレ、カヲル・サカザキ、ああ、あと……」

 ソラの足が、再び止まった。

 ヴィヴィはまだ何人かの名前をあげていくが、ソラの耳には入っていない。

「こいつらの居所とか、な」

「……どうやってそれを」

「おまえだってまったく調べていないわけじゃないんだろう? その気になればわかるのに、知ることが怖くてやっていないだけだ」

 振り向いて、告げる。

「わたしはおまえ達(機塊持ち)のように殺戮を行える兵器などもっていない。ほかの兵士や冒険者のように強い肉体があるわけでもない。だが、代わりに人を動かせるだけの力と好奇心を満たすための手段はあった。使えるものを使っただけだ」

 おまえの羽のように。

 にやりと、口が弧を描く。

 見た目の上では、同じような年のこの少女が、それだけのことをやったというのか。

「それにしても、だ。まだつかないのか? 実は道を間違えたわけではないよな? そろそろ喋り疲れたぞ」

「いや、そろそろだ」

 ソラは不満をもらしたヴィヴィになんとか返し、みたび歩き始める。その胸に言葉にできない感情を渦巻かせながら。


「おお、ここだここだ!」

 “目的地”についたヴィヴィは、思わずといった風でそこに駆け寄る。

 スラムの、それも深部。そんなところに貴族の子女が気にするようなものがあったというのか。

 貴族が、という条件さえなければ、周辺に住む人々であれば、それなりに気にするようなものならあるのだが。

『グラウンド・ゼロ』

 かつてソラが『居た』地点であり、ヴィヴィのいうところの“百人を圧殺した”場所でもある。

 そこは半径五十メルテほどの円形にくぼみが生まれており、くぼみの内部では小石や金属片が宙に浮き、漂っていた。

 物心つく前からソラがその地点にいたがために、重力が狂った結果だ。

 当然、この少女はソラがここに“住んでいた”ということまでも知っているわけではないが。

 しばらくの間、その広場を眺めていた彼女はポツリとつぶやく。

「すばらしいな。機塊というものは」

 その言葉には感動と同時に、畏怖とも取れる響きがあった。

「そしてそれゆえに怖れる」

 あの無害な芸術機(アーティクル)ですら怖れるものはいる。

「はっきりいえば、おまえの足取りはあの事務所までしか追えていないんだ、ソラ。ただ、“この土地”が出来上がった瞬間と前後関係を考えれば、おまえがスラムで過ごしていたということは想像が容易だ」

 振り向いたその眼は、純粋に輝いていた。

「わたしの悪い癖だな。気になるとどんどん知りたくなってしまう。わたしたちの記録に『生まれる』まえはこのスラムでどのように過ごしていたのだ? そしてあの『眼』の少女。アイツはおまえの幼馴染か? わたしに物怖じせず口を出せるだなんて、早々いないぞ?」

 リッカにも興味を持ったのか。笑顔がどんどん大きくなっていく。

「おまえは恵まれていたな」

「……そうか?」

「ああ。保護し、育てるものがいた。周囲は機塊に理解のある者達。自身の能力を生かした仕事もできている」

 なにより


「自由だ。その羽でどこへでも飛んでいける」


 その言葉を聞いたソラは、答えを返すことなく、無言できびすを返した。

「おや? なにやら気に入らなかったようだな。あやまるよ」

 あわててソラのあとを追いかけるヴィヴィ。

 しばらくの間無言で歩く二人に向けられてくる、行きのときにもあった周囲からの目。あるものはその胡乱な眼を二人に向け、またあるものは獲物狙う猛獣のようにヴィヴィに眼を向ける。むしろ行きのとき以上に過激さが増している気配すらあるというのに、物怖じもせず、怯えもせず、ヴィヴィはソラと共に歩いている。もし、ここでソラが無言で飛び立ちでもすればどうなるか分かったものでもないというのに。

 さらに、視線を集めていることで何が楽しくなったのか、それとも会話がないことに嫌気が差しただけなのか、唐突にヴィヴィが話しはじめる。

「それにしても、だ。機塊が無くなれば人はどうなるのだろうな? 時に個々人の範疇に納まらないその力に対抗するために、偽塊という紛い物をつくりはしたがまだ単純なものしかできておらん。おまえのその空を飛ぶための羽しかり、疾く駆けるための足しかり。どうしても必要以上に大きくなってしまう。まあ、一般家庭に向けてのコンロだとか兵士達の武器だとか、それでも恩恵は高かったわけではあるが」

 その大きくなった結果というのが、魔動車だ。もっとも機塊そのものをまねしてそのまま巨大化させたわけではなく、人が乗れるようになど、アレンジも加えられている。

「なぜ一人一つ、一部位なのだろうな? 別に羽と足を持っても構わないではないか。右手に剣を、左手に銃をもってもいいではないか。まあ中には両手に、または両足に持つものがいるがそれはセットで一つという扱いだ。おまえは疑問に思ったことはないのか?」

 ソラは答えない。その疑問をもつことも、答えとなるものも持ったことがない。

「いわゆる全身型などといわれる機獣(ビーステッド)などもいるがな。あいつらはそのぶん平均的な性能しかもたん。総合力では他に勝るかもしれんが個別の、なにかに特化しているというわけではないからな」

 そこで、やっとというところでソラが一つの疑問を口にした。

「あんたは、オレがほしいのか? それともオレの機塊がほしいだけなんじゃないのか?」

 ソラの、その質問は考えていなかったのか、ヴィヴィはきょとんとしてしばらく固まった。

 そして徐々に、そのうち盛大に、たまらなくなり大声を上げて笑い出す。

「ははっ! そんなこと考えもしなかったな。確かに気になったのは報告を聞いてからだが、おまえがほしいと思ったのはついさっき、おまえを見たときだ。実際この目でみていないモノ(機塊)などほしいと思えるか! なんだ、それとも嫉妬したのか? ほかの多くの機塊に!?」

 そして再び笑いだす。

 ソラにその気(・・・)がないというのはヴィヴィ自身もわかってる。

 分かってはいるが言わずにはいられないという感じで、しばらく笑い転げているのだった。

「そう、そうだな……」

 やっと笑いがおさまったところで、やっと言葉をだすヴィヴィ。

「帰ったらおまえの機塊を見せてくれ。なに、わたしの護衛と手合わせでもしてくれればいい。あの事務所の屋上なり隣の空き地なりつかえばある程度動き回るだけの広さはあるだろう?」

 すでに決定事項といわんばかりのいいように、ソラも言い返すことができない。

「それにしてもわたしを笑い殺しかけるとはな! 最初は人形かなにかとも思ったがかなり感情豊かではないか。ますますほしくなったぞ、ソラ!」

このひと、なにものなんでしょうねー


リッカの眼

対象の情報を色や形で把握する、いわゆるステータス情報を盗み見るもの。その対象は無機物有機物を問わない。本人の認識にも影響をうけているようで、その範囲は本人の視認可能な範囲内。尚、ちょっとした応用で透視に近いこともできるため、リッカがかくれんぼの鬼をやることはない。

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