20-
二つの結末?
「やっとわかったよ」
お父様がそう告げてきたのは、あの日から一週間たってからだった。
「えっと、なにがですか?」
「ハルフォードの名前だ。どこかで聞いたことがあったとおもったのだが……」
私はしばらくの間、あの悪感情に晒された影響で情緒不安定ともなっていたけれど、二、三日たてばそれも何とか収まって学校にも以前のように通えるようになっていた。カウンセリングが定期的に必要ではあるけれど。
私の事件は、フロトス伯爵とデトス中将の暴走ということで片がつき、手配書なども間違いだということになって一安心はできた。
首班であったデトス・ヒルトマンは死んだまま更迭。軍部でも問題をかなりおこしていて、今回に似たことも何度かあったらしい。上層部でも手を焼いてた人物でもあり、死んでも問題は無かったとか。なにやら超法規的措置がとられて、ソラに罪がかかることは無いといのこと。デトス中将の死体はみていない。彼が潰される前にジョイさんが私の目をふさいだから。
フロトス伯爵は騒乱罪や共謀罪その他いろいろ含めて本人死亡のまま送検。伯爵本人がもってた各種利権はお父様がうまくごねてかなり量をうばってきたという。
「どこで聞いたのですか? 一事務所の名前でしかないはずですけれども」
「それが……だな……」
凄くいいづらそうに
「ジン・ハルフォード。機塊持ちで、三年ほど前から今尚服役中の懲役500年を越える犯罪者だ」
「それは……」
たまたま苗字が一緒だった?
そうとは思えない。それに、もしそうならわざわざお父様は伝えてこない。
「カルラ、お前が思っているとおり、あのソラ君のいる事務所の開設者だよ。いくつか別の筋からも確認したんだ。間違いない」
学園に戻ると、マリーやサナエからはこれでもかというぐらいに心配された、
命を狙われて一週間の逃亡生活だったのだ。今思えばたった一週間ですんだとおもえばいいのか、一週間もかかっていたというのか。
非常に濃密な一週間がすごせた。といえば聞こえはいいけれど、もう二度とあんな生活はしたくない。
私が機塊持ちとなったことは隠していくつもりである。せっかく隠したまますごせるのだ。今の生活をなくしたくない。
「ただ、なんの罪で捕まったのかはわからないんだ。一切記録が残っていない。つかまった理由も、過去の犯罪歴やそのほかも、そもそもつかまっている事実すら、表向きはないとされている。」
ジョイさんはそれでも学園ですれ違うことはあるし、たまに話しかけてもくる。
たまにマリーやサナエからは恋人かとからかわれることもあって辟易するけれど、私の中ではまだ友人だ。恋人に変わるかどうかは分からない。
ソラとはそもそも会う機会自体がない。住んでいる場所が離れているということもあるし、私に合う気がないともいえる。
「ああ、それと、ジョイ君は学園のことがあるから仕方がないが、ソラ君には今後できるだけ関わらないように」
「えっと、それはどういうことですか?」
「よくわからない。が、上からの命令で『近づくな』の一点張りでね」
しかもかなり上層部からの命令で、わたしもわけがわからなくて困っているのだよ。と、お父様は頭を抱えていた。
「それではいってきます」
一週間ぶりの休みだ。逃亡生活中のことを考えれば実に2週間ぶりだ。
先週果たせなかった友達との買い物をあらめて行うことになって、現地までしっかり護衛がつけられるようになった。
帰りはマリーの家の人が送ってくれることになっている。
待ち合わせ場所は皮肉なことに以前のカフェの向かい側。私がつけた溝が未だに修復されないでのこっていた。
謝りたいけれど問題も起こりそうで言えない。なんだかもどかしい。
予定よりも早くついて、私が友達と合流するまでははなれようとしない護衛の人にはお店の外で待っててもらうように伝え、紅茶を注文する。
もってきた小説を読んで時間でもつぶそうと思ったところで、向かい側に人の気配がした。
「相席、よろしいですか?」
「すみません、待ち合わせを……」
しているもので。と顔を上げて断ろうとすると、そこにリッカがいた。
今、私の一番会いたくない人。
いつもの、どこか小汚いみすぼらしい着っぱなしの服ではなく、ちゃんとこのカフェの雰囲気に溶け込むようなものになっている。
左目には機塊を多い尽くすような大き目の眼帯が掛けられ、そこだけ少し浮いていた。
「すこしだけお話ししよう?」
「私は話したくないのだけど?」
じゃあ、勝手に話すけど……
私の言葉を聞かずに、勝手に向かい側に座って本当に勝手に話し始めた。
「ソラはね、バカなの」
リッカは言う。
「私にはお兄ちゃんがいた。ユニちゃんにもかつては両親がいるし、他の子達もセーナさんだとか小さいころの自分を知ってる人がいる。けどソラは物心ついたころから一人だったんだって。」
ソラの『昔』を知る人間は一人もいない。
「わたし達と出会うまで文字通り『一人』。堕天使の翼、あれは重力を操るだけじゃなくてね、文字通り“重力を自分の力にする”の。魔力に限らず、体力にも、再生力にも、生命力にも」
だから、食べずとも生きていける。だから、いきていられた。
「自分には家族なんていないって思ってるの。自分には家族なんてできないって思ってるの。自分には幸せになることなんてできないって思い込んでいるの。なまじ他人よりはるかに強力な、次元の違う機塊なんて持ってるもんだからよけいに、ね」
あの筋肉ダルマの元でだいぶ変えられたとはおもったけど、そこだけは変わってなかった。
「だからこそ自分の傍に並び立てるような人を求めちゃって、無理だと知っていっつも勝手に失望しちゃってるの。バカだよね。そんなに遠くを求めなくても、すぐそばにみんないるのに」
クスクスと、本当におかしそうに彼女は笑う。
「だからわたしはソラが嫌い。自分勝手で独りよがりで手の届かないところに手を伸ばして勝手にあきらめているから。
だけどわたしはソラが好き。ずっと一緒にいるからってこともあるけど、いつも傍にいてくれるから。」
そこで口を止める。わたしは顔を上げて彼女の顔を見る。
彼女のいっていた言葉を反芻して、ふと引っかかった。
「っ!? ……ちょっと、堕天使って!?」
彼女の言葉の中に、どこかで聞いた単語をみつけて、思わず聞きたくなったものの
「ん?」
話すことなんてないんじゃなかったのという顔をされて聞くことができない。
「……それで、あなたは何をいいたいの?」
何とか出した言葉は、おもっていたものとは違って。
「ソラのことは、嫌わないであげて?」
まるで、自分のことは嫌ってくれても構わないかのように首を傾げていう。
やはり彼女の優先順位はソラしかないのだ。必要があればリッカ自身すらも簡単に切り捨てるつもりでいる。
もし、いまここで、ソラのいる事務所、その秘密に近い言葉を告げてやったらどうなるだろう。
ソラが大事に思っている場所の秘密を告げられたら、彼女はどう思うだろう。
そうおもって、口を開きかけたときに彼女は立ち上がった。
そして思い出したようにいう。
「そういえば、ユニはいちおう、まだ生きているよ?」
ありがとう。と笑顔で告げて今度こそ彼女は去っていった。
□ □ □
「なんともしがたいよねぇ」
ジョイはポツリとつぶやく。絶対のピンチだった。
久しぶりの休日ということでカルラでも誘おうかと思っていたが彼女は学園の友人達と買い物に出るという。そうでなくても外出に関して厳しくされているようだ。
事務所にいこうにも、どうもソラと顔を合わせづらくて足が遠のいてしまっている。
あの金色の羽のこと、まだ見ていない6つ目以降の能力のこと、ソラ自身のこと。3年間相棒をやっているというのに、知らないコトだらけだ。
だからといって、なんて切り出せばいいのかわからず、結局迷っているうちに事務所にいけなくなってしまっている。
孤児院はもともと活動範囲内にはいっていない。
あのユニちゃんは生きているということだったが、知っているのはそれだけだ。
じゃあ、ということで気晴らしに商店街をそぞろ歩いていた。
なにか掘り出し物の偽塊があるかもしれない。装備の充実は重要だ。うん。
そしていい物を見つけたのだが……
「財布が、無くなってるよねぇ」
久々に手に入ったアルバイト代がしっかりと入った財布だった。
あの金で自分にたりない破壊力を補おうと、実弾系の銃を買おうとおもったのに……
「かわないのかい?」
お店のあんちゃんが訪ねてきたので、ごめんといって店を出た。
「なんだよ冷やかしかい」
という声は聞こえなかったことにする。
さて、どこでなくしたか。
家を出た時はあった。
途中で串焼きを買い食いしたときもあった。
女の子にぶつかって、にもつを拾うのを手伝ってあげたあとはそこらじゅうを適当に覗いてみているだけだった。
そして現在に至る。
……うん?
ふと、誰かにぶつかる
「あ、すみませ……」
目の前にさっきぶつかった女の子がいて、目が合った。
手にはよく見慣れた財布をもっている。アー、スラレテマシタカー。
こういうとき、不思議とお互い動けないもんだよねぇ
と考えること3秒。
「ちょ、かえせ! 俺の財布!」
我に返ると同時に、女の子は走り出し、俺は彼女を追いかけ始める。
人を掻き分け、段差に躓き、階段を飛び降りて、柵をよじ登った。
壁の穴を潜り抜けて、犬に吼えられ、ゴミ箱をひっくり返して、猫に引っかかれる。
そのうち、なんで俺がこんな目にあわないといけないんだ、もう財布なんていいじゃないかと思いだしもしたが、収まりが悪くて追いかけ続ける。
「っだーーーーー!!! つかまえた!」
「ちょっ放してよおじさん!えっち!すけべ!へんたい!」
やっとの思いで捕まえれば罵詈雑言の嵐。
「てか俺はおじさんじゃねえ!」
「はんっ! あたしから見たら十分おじさんよ!」
おじさんおじさん連呼しないでください傷つきます。
「大体おまえが人の財布とって逃げなければよかったんじゃねえか!」
「おじさんが人のこと追いかけるからでしょ! 追いかけられなければ逃げないわよ!」
「そもそも財布盗まなければ追いかけることもねえよ!」
なんとか財布を取り戻して中身を確認する。
……ちょっとだけへってる。
そこでふと、周囲のひそひそ話しが耳に聞こえてくる。
辺りをみわたせばコッチを見る奥様たち。人を指差す子供。吼えてくる犬。
そして女の子を抱えたおじさん……もといおにいさん。
「……」
無言で女の子をおろして
「あぶないなぁほら。あわてるからこけるんだぞー」
「うわぁなんかしらじらしい」
誰のせいだと思ってる。
ため息をついて、いつしか下町の貴族街よりのところに来ていることに気がついた。
今日の予定がパーだ。とくにない予定だったが。
ふと、道の向こうを三人の少女達が歩いてくるのが見えた。
声を掛けようとも思ったが、向こうは気付いていないらしい。笑い声を上げながら、反対側へ歩いていく。
高嶺の花というか、元からつりあってないことは分かるんだけど、こう、なんか希望ぐらい持たせてくれたっていいよねぇ?
無意識にあげかけていた右手を下ろし、何度目になるか分からないため息をつく。
歩き出そうとしたところで
「なあに? おじさん。さっきのヒト達のなかに彼女でもいたの?」
「ん、ああ、まあ、どっちなんだろうねぇ?」
この道の幅が彼女との距離なのかもしれない。なんて言ってみたりして。
「おじさんにはあんなきれいな人なんて似合わないよ」
「そうかい」
とだけ返して歩き出せば
「そうねぇ……」
トメさんとかどうかしらとつぶやきながら着いてくる。
じっと見つめてやったら
「なによ。あたしもコッチの道なの」
と怒られてしまった。
まあ、短い道のりだけどお願いしますよ。
「おじさん、アイスかって!」
「これ、俺の金なんだけど」
「……きゃー誘か」
「だーーーー!! わかったよ!」




