21-
繰り返し
大通りの喧騒からはずれた物静かな路地裏で、リッカは一人の男性の傍らに座っていた。
カルラと分かれてから孤児院へもどろうと近道をしたところである。
「まったく、危ないじゃないですか。急にナイフを抜いてくるだなんて」
「……」
男は答えない。
まだ貴族街といってもいいような下町の一角で、路地裏という人目と憲兵の目が少ない場所とはいえ、治安の問題を感じる。
それとも、多少なりとも見目がよくて見た目隻眼で女だからやりやすいと思われたのか。
「しかも後ろからだなんて、だれだってびっくりしますよ?」
わたしを後ろから襲っていいのはソラだけだ。
「……」
男は答えない。
孤児院周辺でも決して襲われないというわけじゃない。セーナさんの機嫌を損ねると治療が受けられなくなり、それはつまり死活問題にもつながりかねないから襲われにくいというだけだ。はなれればはなれるだけシビアな環境が待っている。
孤児院に入ってから身に着けた、よりレベルの高い護身術は、いろいろと『視えて』しまうこの『眼』との相性もよくて大体の暴漢を返り討ちにしてしまえる。
うっかり殺してしまいかけたところではあったけれど、ここがスラムではないということをギリギリ思い出したおかげで気絶レベルに抑えられたし、まあ問題はない。はず。
これがもし、カルラだったら今度こそどうなっていただろう。
ユニを撃てた時のように、なにがしかの悪感情の影響を受けていたら容赦なく吹き飛ばしていたかもしれない。
それとも、クロエから聞いた時の様にたまたま機塊を展開していれば機塊持ちであるということで見逃されたかもしれない。
ひょっとしたら、機塊を展開することすら行わず、ナイフを突きつけられていたかもしれない。
「そうじゃなくて、きっと、展開はできたとしても撃てなくて、また逃げ出すんだよね」
良くも悪くも、彼女は一般人だ。スラムで過ごしてきたわたしや、自分から戦うことに向かっていくジョイさんとは違って、傷つけること自体を避けている。
だからこそ、最初に襲われたときも、ソラが挑発をしたときも、けが人が出なかった。もっとも推測でしかないけれど。
機塊は心のあらわれだからこそ、その形も性能も千差万別。
「……っていうのは誰がいってたんだっけ?」
なんとなく、目の前の男に尋ねてみるが
「……」
当然のように男は答えない。
なんとなく貴族街の街並みをみたくなったのはあの兵隊さんのせいなんだけど、それがなぜなのかわからない。
たぶん、ソラも知らないよねー?
どっかで会った気がしないでもないけれど、まったくもって記憶にない。あんな『澱んだ』人はいちどでも『視れ』ば忘れない。
疑問を解消するべく歩き回ってたらカルラにあえたのは本当に偶然だった。
どちらにせよ、せっかく、わざわざ買った服が汚れなくてよかったとは思う。けれど、この服をまた着ることはあるのかな……
「うーん……」
物言わぬ 男の隣で考えること数秒。もらうものはもらい、考えることはまた今度にして孤児院へと向かう。
後には自分で自分の肩を挿して気絶している男が一人のこされていた。
「リッカ、どこいってたの」
「ごめんエリー、ちょっと人にあってて」
孤児院に帰ればエリーに怒られた。いつも釣り目な彼女はその口調もあいまって普段から怒っているように見られがちだけど、それが普通だったりする。
これがソラの前だと急にしおらしくなるのだからおもしろい。
「人って、そんな服着てまで?」
疑問を投げかけてくるのを横目に服を着替え、タオルと金だらいに水を用意して彼女と共にある部屋にむかう。
「ユニ、元気ー?」
部屋の中にはいれば一人の少女が横になっていた。目を開いてはいるけれど言葉に反応する様子はない。角は根元から折れてわずかに残っているだけで、まだ再生がおわっていない。
腕に刺さっている点滴がどこか痛々しい。
脈拍問題なし。若干の筋肉の衰えあり。精神状態は安定。健康状態はいいとはいえないけど完全に悪いわけでもない。体内にこれといって分かるような異常もなし。
「どう?」
「変わんないねー」
一通りの状態を『視て』ここ最近定番と化したやり取りを行うと、エリーはユニに両手をかざしてなにやら呪文を唱え始める。
精神や心に影響を及ぼす魔法らしい。ただ、ユニの体内の魔力は多少揺らぐ程度で、おきるような兆しは無かった。
「今日もダメだねー?」
「魔法も万能じゃないのよ」
言葉を交わしながら、ユニの体を拭いていく。
実際のところ、彼女に残酷な未来を用意したということを、あのお嬢様は気付いているのだろうか。
わたしが『視た』のはあくまで『されたこと』。結果であって情報であって彼女の心まで見れるわけではない。けれど。
けれど、あの悪感情にさらされて、実際に気が狂いそうだった。無差別に周りの人達を傷つけたくなっていた。
ギリギリのところで踏みこたえてはいたけれど、ならその発信源にされていたユニは……
角のおかげで精神的には強くなっていたかもしれない。でも狂ってしまえていたら本当はよかったかもしれないね。
それでもつれて帰った以上、助けられるものは助けるというセーナさんの方針には逆らえず、いつおきるとも分からない治療を続けている。
セーナさんに医術の心得があってよかったとは思うけれど、同時にどこで学んだのかが凄く気になるところではあった。点滴だなんてそこらへんの闇医者から教われるようなものではないし。
バーズン伯爵を経由して国がユニの治療を申し出てくれはしたけれど、貴族が機塊持ちに信頼をおかないのと同じで、わたし達も貴族には信頼をもっていない。
それ以前に、なぜ国がただのスラムの少女の治療に名乗りを上げるのかが非常に不気味だった。
丁重にお断りして自分達で面倒を見ることを伝えてもらうと、お金だけおいていったけれども。
「私にとってはあんたの『眼』が万能すぎて怖いんだけどね」
魔法使いである彼女は元来、この国にいるという“魔女”の弟子になろうとしてこの国に渡ってきたらしいのだけど、どこをどうやったのかソラに拾われてここにいついてしまった。
人手があるに越したことはないし、魔法による治療というのもなかなかに便利であり、結構重宝していたりする。
ユニの体が拭き終われば今度は腕や足を動かしていく。こうすることで筋肉の衰えを和らげることができる。
「うーん……」
「どうしたの?」
「ソラが拾ってきたみんなでチーム組んじゃえば、ソラもお仕事増えるんじゃないかなっておもって」
唐突に、脳裏に浮かんだ。場所があの事務所になるだろうというのは少し癪だけど、部屋も余ってるし問題はないように思える。
「でもココはどうするのよ?」
「あー……そうだねー……」
人が減るといった面ではよさそうだけど、下の年齢の子達を見られる人がまとめて減ってしまう。
といってもそろそろ卒院してもいいような年齢ばっかりともいえなくも……
「まああんたはセーナさんの手伝いあるし、今はユニの面倒もあるからね。問題ないのは……クロエだけか」
……うん。クロエは自由だ。性格的に。
「そうだ、ソラをつれてきたらいいのかも?」
「なにが?」
「ユニ。わたしの『眼』みたいに影響うけて目を覚ますかもしれないし」
魔法的な干渉より、物理的な接触で目を覚ますことがあるかもしれない。
「ああ、それはいいかもしれないわね」
大体、事件が解決してからまともにユニにあいにきていないんだ。そろそろお見舞いの一つぐらいしてもいいんじゃないだろうか。
「うん、それなら早速引っ張ってこないとね」
わたしは決めて、さっさと部屋を出て行く。
「ちょっと! あんた掃除と選択!!」
エリーが何か叫んでいたけど、いつものようにサボらせてもらおう。
ソラはいつものように、どうせそこらへんを飛び回っているのだろうけれど、ちゃんと舞い戻ってくる。
□ □ □
ソラという少年の、今日という1日の始まりも、もはや恒例となっている猫探しからだった。
久しぶり……というわけでもないが、なんとなくマドモワゼル・ヴィオレットのもとに行けばいつものごとく
「タマちゃんを探してきて」
とのこと。
最後にあったのは先週の休日だったので一週間ぶり。
自分が探していなくても勝手にいなくなって勝手にもどってくる猫のことだから、そう頻繁に探し出さなくてもいいとは思う。そもそも探さなくてもいいと思う。
思うがなぜかやはり頼まれごとをされると断れないのは自分の性分なのか、いや違う。
これが他の人からの頼みごとだったら無言で断ってどこかへ飛んでいく。となるとやはり彼女が特別なのだろうか?
確かに特別だろう。こうして定期的に仕事を斡旋してくれる貴族としてみるなら。継続して付き合いのあるはじめての貴族としてみるなら。
ただ、その内容がいつも“猫探し”か“お茶をしましょう”というのはどうにもいただけない。お茶をするだなんて仕事でもなんでもないじゃないか。
断じて、猫探しだけが仕事ではない。
彼女はどういう経歴の女性なのか。
かつてはとあるお屋敷にメイドとして勤めていて、今は退職してすでに退職金でひっそり暮らしているのだという。
あの年で。30半ばぐらいという年齢で。子供はいない。結婚もしていない。家族は遠く離れて一人暮らし。
性格は悪くない。むしろ、いい。時々憎たらしくなるぐらいに。非常におっとりしてはいるけれど、どこか芯の強さを感じもする。この下町で小さいとはいえ一軒家をもてるだけの資金も持っているのだから、男からは引く手数多なのだろうけれども首を縦に振ることはないらしい。
もともと、『偶然拾った』ペンダントを、書かれていた名前を頼りに届けにきたところから始まった付き合いだ。
グラン・グラーニュ。彼女の苗字に、知らない名前。子供のものなのか、彼氏のものなのか、一切そのような話はされたことがないまま。
なぜかペンダントを返され、いらないと断ったものの強く押し付けられた。そのときに尋ねられたのだ。「探し物は得意?」と。
そしてついうなずいてしまったら猫探しを頼まれたのだ。なんとか探し出して連れて行けばまたお願いねと。
だからこそ猫を探さなくてはならない。
ペンダントは事務所にしまいっぱなしだ。
「あー……カルラに聞けばよかった」
よく見ればかなり細かいつくりをしていたしそれなりの値打ち物だろう。なんちゃって中流貴族な彼女か、彼女の父親ならひょっとしたらどこで造られたものか分かったかもしれない。
もっとも、依頼は達成ということで依頼料もすでに支払われたために、以後あったこともない。もともと貴族街に行く用事はないしマドモワゼルが住むところは貴族街というより下町だ。出会うことが難しい。
その依頼料のほとんどは新しいダガーと飛行者ジャケットの購入代金に消えていき、残った金額は数日分の生活費を差っ引けば極わずか。
このままではコンロを使うための魔力結晶すら買えない。自分の魔力結晶をコンロに使うことができればどれだけよかったことかとおもうしみじみと思った。
ペンダントを売り払ってしまうということを考えないでもなかったが、人から好意でもらったものを生活の糧にしなくてはならないほど落ちぶれているつもりもない。
ゆえに、猫を探さなくてはならないのだ。
ジョイはあれ以降なかなか事務所にこない。
リッカはユニや他の子供達の面倒を見ながらセーナの手伝いをしているらしい。
そのユニはまだ目を覚まさないという。いや、目を開いているものの意識はないというのか。
ユニは……許してはくれないだろうな。なかなかに聡いから余計に。
事件の首謀者だったフロトス伯爵とデトス中将は本人死亡のまま処罰されたという話を止まり木で聞いたが、そのことよりむしろ自分になんの処罰が来なかったことに拍子抜けしている。
なにせ自分は仕事とはいえノーマルを殺した機塊持ち。もし自分がノーマルであったならまだ納得はいくものの、機塊持ちである以上なんらかの難癖をつけて捕まえにくるものだと思っていたのだから。
娘の『腕』の件もあわせてなにがしかバーズン伯爵が手を回したのだとは思うけれども、どこかしっくりとこない。
それとも事務所に一人で住むただの機塊持ちを相手に、事件の処理で忙しい貴族様たちがわざわざ捕まえることはないと思ったのか。
「まあ、気にすることもないか」
面倒ごとはないほうがいい。
そして、タマちゃんポイント巡り25箇所目でやっと発見。無事両腕捕まえることができた。
きれいな灰とも銀ともつかない毛並みを持ったこの猫は、慣れたものですでにぐっすりと脱力してる。
「……自由でいいな」
一言つぶやいて、路地裏から出る。
何かがぶつかった。
驚いたタマちゃんは腕から逃げ出しどこかへ逃走。
ぶつかった相手は男で、手に似合わないバックを持っていて、どこかで見たことがあったような気がした。
謝ることなく人ごみを掻き分けて去っていく。
いくらか遅れて叫びながらこちらへやってくる女性がいた。
既視感
「ああ、またか」
ため息をついて、羽を展開。左右一枚ずつの羽を広げ驚く人々を尻目に飛び上がる。
待ち人はきたらず。金は天下の回り物。今日もかわらず事もなし。
なんてすばらしきこの世かな!
ソラのいた空間に、蒼い魔力の粒子が踊って消えていった。
第一部、完
でもまだ続くんじゃ。
活動報告にもちらっとかいてあります




