異世界来てから一日目
ざばりと湯船に浸かり、温かいお湯に首まで包まれながら、俺はブクブクと泡を吐き出してため息をついた。
「てか、今思うと……キャッピーって下着一枚じゃなかったか?」
思い返せば返すほど、とんでもない状況だった。どうしよう、そりゃああの冷たい態度で怒るわけだ。むしろ「処すぞ」くらいで済んでよかったのかもしれない。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、じわじわと頭が熱くなってくる。
「のぼせそう。早く上がろう……」
湯船から勢いよく立ち上がると、大量のお湯が床に溢れ出した。
体を拭き、脱衣所に用意されていた袋を開ける。中にはリノから渡された着替えが入っていた。
麻を柔らかく織り上げた、ゆったりとした仕立ての白いチュニックに、紐でウエストを縛るタイプのズボン。現実世界のパジャマやスウェットとは違ってボタンがなく、頭からすっぽりかぶるだけの素朴な作りだが、肌触りは驚くほどさらりとしていて心地よかった。
俺はバスタオルで濡れた髪をガシガシと拭きながら、リノたちのいる部屋へ向かった。
「お風呂、上がったぞ」
「はーい。って、髪の毛びしょびしょじゃん」
リビングのソファでくつろいでいたリノが、呆れたようにこちらを振り返る。
「乾かしなよ――って、そっか。まだ魔法使えないんだっけ」
彼女がいたずらっぽく指をひょいっと回すと、ふわりと温かい風が俺の頭を包み込んだ。瞬く間に水分が吹き飛び、髪が乾いていく。
「あ、ありがと……」
「どーいたしまして。てかさ、あんた少し髪切りなよ。髪切ったらもうちょっとマシに見えるかもよ? 明日散髪屋に連れてってあげる」
「ありがとう。……って、さっき『まだ』って言った? 俺、魔法使えるようになるの?」
「まぁいつかはね。でも、そんなに遠くない日の話だと思うよ」
リノは意味深に微笑む。その言葉に少し胸を躍らせつつも、俺は今夜の現実的な問題について尋ねた。
「てか、今日はこの家に泊めてもらえるの?」
「え、泊まっていかないの?」
「寝させてくれるなら寝るけどさ……いいの? 俺、一応男だよ」
警戒心の薄いリノに少しハラハラしたが、彼女はあっけらかんと手を振った。
「いいよ。あんたの安全性は理解してるつもりだし」
「そっか……」
呆れ半分、安心半分で頷く。リノは立ち上がると、廊下の奥のドアを開けてみせた。
「はい、ここが寝る部屋ね」
案内されたのは、とても綺麗なベッドが置かれた居心地の良さそうな部屋だった。
「あたしたちは隣の部屋で寝てるから、何かあったら言いなよ」
「わかった。ありがと」
見知らぬ異世界での初めての夜。ふかふかのベッドに横たわると、慣れないことの連続で疲れていたのか、俺はあっという間に深い眠りに落ちていった。
翌朝。
心地よい暖かさの日差しが、カーテンの隙間から差し込んできて目が覚めた。
体を起こし、軽く伸びをする。まだ静まり返っている家の中に、少しだけ緊張しながら部屋を出た。
「リノたちのところ、行ってみるか」
えーと、確か隣の部屋だよな……ここ、かな?
ノックをしてそっとドアを開けると、そこはまさに『THE 女の子の部屋』といった雰囲気の空間だった。そしてベッドの上では、リノとキャッピーの二人が寄り添うようにして仲良く眠っている。
「……まだ寝てんのか。おーい、起きろー」
声をかけてみるが、ぴくりとも動かない。肩を揺すってみても、何をしても全く起きる気配がなかった。二人揃って驚くほどの爆睡っぷりだ。
朝から盛大に脱力しながら、俺はそっと天井を見上げた。
これから毎日、こんな風にマイペースな彼女たちに振り回される日々が続くのだろうか。
「……先が思いやられるな、まじで」
異世界生活二日目の朝、俺の胸に去来したのは、なんとも言えない深い不安だった。




