最終章「それでも配信は続いていく」
——送ってしまった。
『……好きです』
その一文。
たったそれだけで。
全部が変わった。
戻れない。
もう、絶対に戻れない。
既読。
だが、返事は来ない。
数秒。
数十秒。
やがて。
数分。
「……終わったか?」
小さく呟く。
怖い。
今さらになって、怖くなってきた。
軽率だったかもしれない。
いや、軽率だった。
勢いで。
流れで。
言っていいことじゃなかった。
だって。
(俺は……)
その先を考えた瞬間。
スマホが震えた。
『……私も、好きです』
「…………」
思考が止まる。
目を疑う。
だが。
何度見ても同じ文字。
『ずっと前から、少しずつ……』
『気づいたら、好きになってました』
続くメッセージ。
一つ一つが、重い。
そして。
確かに、嬉しい。
否定できない。
だが。
「……ダメだろ」
声に出る。
これは。
このまま進んでいい話じゃない。
『あの』
ルナからのメッセージ。
『明日、少しだけ通話できますか?』
「…………」
逃げられない。
ここで、決めないといけない。
続けるのか。
終わらせるのか。
そして。
——言うのか。
全部。
隠してきたことを。
「……分かりました」
送信。
翌日。
通話が繋がる。
『……もしもし』
少しだけ緊張した声。
昨日とは違う。
はっきりと、空気が変わっている。
「……もしもし」
こちらも同じだ。
軽口は出ない。
冗談も出ない。
ただ。
言わなきゃいけないことがある。
『……昨日のことなんですけど』
ルナが先に口を開く。
『その……すごく嬉しかったです』
小さな声。
だが。
はっきりとした気持ち。
『でも』
少しだけ間。
『ちゃんと、聞きたくて』
「……何を」
分かっている。
分かっているけど、聞く。
『本当のこと』
「…………」
来た。
逃げ場はない。
深く息を吸う。
そして。
吐く。
「……あの」
声が、少し震える。
「俺」
一瞬、言い直す。
「……私は」
ダメだ。
もう誤魔化せない。
「……普通じゃないんです」
『……?』
戸惑う声。
当然だ。
こんな前置き、意味が分からない。
「信じてもらえないかもしれないですけど」
続ける。
「私……前は男で」
一瞬、沈黙。
だが止めない。
止めたら、終わる。
「事故で死んで、気づいたら今の身体になってて」
言い切る。
全部。
全部、吐き出す。
沈黙。
完全な沈黙。
数秒。
いや、もっと長い。
時間の感覚が曖昧になる。
(終わった)
確信する。
当然だ。
こんな話。
普通は信じない。
むしろ引く。
気持ち悪いと思われても仕方ない。
全部。
全部終わりだ。
『……そうなんですね』
「…………え?」
間抜けな声が出る。
予想外すぎた。
『びっくりしましたけど』
落ち着いた声。
『でも』
少しだけ笑う気配。
『なんとなく、納得しました』
「……は?」
意味が分からない。
『だって』
続く声。
『時々、すごく大人っぽいですし』
『優しい理由も分かる気がしますし』
『……何より』
一瞬の間。
『それでも、あなたはあなたですよね』
「…………」
言葉が出ない。
『配信のあなたも』
『昨日のあなたも』
『今話してるあなたも』
ゆっくりと。
一つずつ。
『全部、同じ人です』
その言葉。
その肯定。
胸の奥に、強く刺さる。
『だから』
少しだけ声が柔らかくなる。
『好きな気持ちは、変わらないです』
「…………」
理解が追いつかない。
だが。
確かに、伝わってくる。
本気だ。
全部知った上で。
それでも。
「……いいんですか」
やっと出た言葉。
「こんなの」
『はい』
即答だった。
『むしろ』
少しだけ笑う。
『ちょっと得した気分です』
「……は?」
『だって、人生経験豊富ってことですよね?』
軽いトーン。
だが。
その裏にあるのは。
明確な受け入れ。
「……なんだそれ」
思わず笑う。
緊張が、一気にほどける。
『あの』
ルナが少しだけ真面目な声に戻る。
『これからも、一緒に配信してもいいですか?』
「……はい」
迷いはなかった。
『それと』
少しだけ間。
『プライベートでも』
——その一言で。
全部が繋がる。
「……はい」
もう一度、答える。
通話を切った後。
静かな部屋。
だが。
昨日までとは、全く違う。
「……なんだこれ」
ぽつりと呟く。
全部バレた。
全部終わるはずだった。
なのに。
むしろ——
「……始まったのか」
そう思った。
その後。
配信は続いた。
むしろ、さらに伸びた。
距離感の近さ。
自然な会話。
“てぇてぇ”の供給。
全部が噛み合って。
人気は加速していった。
誰も知らない。
その裏で。
すべてが本物になっていることを。
元おっさん、美少女Vtuber。
バズり中。
百合営業(仮)だった関係は。
気づけば——
本物の関係になっていた。
そして今日も。
配信ボタンを押す。
「はい、こんばんはー!」
コメント欄が流れる。
いつもの光景。
いつもの日常。
だが。
その隣には。
『こんばんは』
変わらない声。
でも。
確かに変わった関係。
「今日も、よろしくお願いします」
『はい、よろしくお願いします』
それだけで。
十分だった。
終幕




