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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第49話 最深部へ

第八話 最深部へ


 中枢に向かう通路は、まっすぐではなかった。


 何度も枝分かれし、上下に蛇行し、時おり行き止まりにぶつかった。ルークさんが壁の回路の流れを読み、僕が共鳴視で先の構造を探って、進む方向を決めた。

「右だ。回路の密度が右に集中している」

「いや、待て。右の通路には魔素反応がある。罠か——」

 ルークさんが立ち止まり、壁に手を当てた。

「回路が罠の構造をしている。通過した瞬間に高圧の魔素パルスが放出される。食らったら——体内のナノマシンバランスが崩壊する」

「ナノマシン?」

「魔素だ。魔素のバランスが崩壊する」

 ルークさんが言い直した。癖で出たのか、それともクロードの記録を読んでから、無意識に旧文明の用語が混じるようになったのか。

「解除できるか」

「やる」

 ルークさんが工具ベルトから精密な道具を取り出した。壁の回路に直接触れ、パターンを読み、特定のポイントを金属棒で押さえた。回路の一部が暗くなった。

「解除した。三十秒以内に通過しろ。再起動する」

 僕たちは通路を走り抜けた。


 さらに進んだところで——軍の工作員と遭遇した。


 二人組。灰色の軍服ではなく、黒い軽装に身を包んでいた。ヴェルナーの特殊部隊だ。通路の要所に配置されていたのだろう。

「止まれ。この先は——」

 言葉が終わる前に、カイさんが動いた。

 大剣を抜かなかった。素手で一人目の腕を掴み、壁に押し付けた。二人目が武器を抜こうとしたが、セラスさんの細剣の先端が喉元に触れて、動きが止まった。

「殺さない」

 カイさんが言った。

「お前らの上官は、もう俺たちを通すと言った。確認しろ」

 工作員たちの顔に困惑が浮かんだ。通信具で確認を取ると——ヴェルナーからの撤退命令が届いていた。二人は武装を解除して、通路の脇に退いた。

「ヴェルナーも、一応は分かってるんだな」

 カイさんが呟いた。


 通路を進むにつれて、空気が変わった。


 魔素の密度が——さらに上がっている。もはや空気が光っているように見えた。淡い蒼い光が通路全体を満たしている。壁の回路が激しく脈動している。その脈動の中に——不規則なリズムが混じり始めた。

 心臓の鼓動のような規則的な脈動の合間に、痙攣のような激しい振動が走る。

「回路が不安定になっている」

 ルークさんが顔をしかめた。

「ヴェルナーの装置が送り込んだパルスと、ネットワーク本来のリズムが干渉し合っている。この不安定さが——」


 前方の通路が、突然崩れた。


 壁と天井が内側に倒壊し、瓦礫が通路を塞いだ——のではなかった。壁の素材自体が変形していた。灰色の壁面が、ぐにゃりと歪んで、通路の形を変えている。まるで生きているかのように。

 瓦礫の中から——何かが這い出してきた。


 最初は蜥蜴に見えた。


 四本の脚。長い尾。体長は三メートルほど。体表が灰色の金属質で、表面に回路のような模様が走っている。目は——なかった。頭部に目がない。代わりに、頭部全体が回路の集合体のように脈動していた。

「崩壊獣だ」

 ルークさんの声が緊張で張りつめた。

「危険度S。AI拠点付近に出現する——形態が安定しない魔獣。あらゆる攻撃パターンに適応変異する」

 崩壊獣が僕たちの方を向いた。目はないが——何かで「見て」いるのは確かだった。魔素を通じて、周囲を感知しているのだろう。

 共鳴視で見ると——崩壊獣の体内の魔素は、今まで見たどの魔獣とも異なっていた。魔素の流れが不安定で、形を保っていない。波のように膨張と収縮を繰り返している。パターンが読めない。

 崩壊獣が動いた。


 速かった。


 蜥蜴型の四肢で壁を蹴り、天井を走り、一瞬で距離を詰めてきた。カイさんが大剣で迎え撃った。核魔石混合の刀身が崩壊獣の前脚に叩きつけられ——金属の衝突音が響いた。

 崩壊獣の前脚が、硬い。大剣が弾かれた。

「硬えな!」

 カイさんが歯を食いしばった。だが、崩壊獣の動きは止まった。カイさんの一撃の衝撃で、体勢が崩れている。

「セラス!」

「はい!」

 セラスさんが横から斬りかかった。細剣の先端が崩壊獣の脇腹に突き立てられた。短い詠唱と共に——魔素が細剣を伝って流れ込み、内部で炸裂した。魔法の衝撃波。崩壊獣が壁に叩きつけられた。

 灰色の体表がひび割れた。内部から——蒼い光が漏れた。


 だが、崩壊獣は倒れなかった。


 ひび割れた体表が——変化し始めた。

 蜥蜴のような滑らかな体表が、ぼこぼこと膨れ上がり、硬質の甲殻に覆われていく。前脚が太くなり、尾が短くなった。体型自体が変わっている。蜥蜴型から——甲殻型へ。

「適応変異だ!」

 ルークさんが叫んだ。

「セラスの魔法に対応して、外殻を硬化させている。——くそ、速い。一撃で形態を変えてきた」

 甲殻型の崩壊獣が突進してきた。動きは蜥蜴型より遅いが、重い。壁を踏み砕きながら、まっすぐにカイさんに向かってくる。

「ルーク!」

「分かってる!」

 ルークさんが工具ベルトから小型の装置を取り出した。遺跡で回収した魔素感知式の起爆装置だ。崩壊獣の進路上の床に投げつけた。崩壊獣の足が装置を踏んだ瞬間——轟音と共に魔素パルスが炸裂した。

 崩壊獣の甲殻にひびが入った。動きが鈍る。

「カイ、今だ!」

 カイさんが跳んだ。大剣を両手で振りかぶり、崩壊獣の甲殻のひび割れに叩き込んだ。核魔石混合の刀身が甲殻を突き破り、内部に食い込んだ。

 崩壊獣が悲鳴を上げた——声のない悲鳴だった。体全体が痙攣し、壁に体を打ちつけた。カイさんが大剣を引き抜いて飛び退いた。

 崩壊獣の甲殻が——また変化し始めた。

 今度は甲殻が割れて、中から——翼が生えてきた。

「次は——翼が生える。上に来る!」

 僕は叫んだ。共鳴視で、崩壊獣の内部の魔素パターンが変化するのを読んだ。甲殻を捨てて、飛翔型に変異しようとしている。

「上だ! 天井に来る!」

 カイさんとセラスさんが同時に上を見た。崩壊獣の背中から薄い膜状の翼が広がり、体が宙に浮いた。通路の天井に張り付き、蒼い光を放つ体表から——針のような棘が射出された。

「散れ!」

 カイさんの号令で全員が左右に飛んだ。棘が床に突き刺さり、接触した石材が蒼く変色した。魔素を含んだ棘だ。直撃したら、体内の魔素バランスが崩壊する。

「飛翔型……天井に張り付かれると、近接戦闘が難しい」

 セラスさんが細剣を構えた。詠唱を始める——だが。

「待って、セラスさん。魔法で攻撃したら、また適応される。さっきの繰り返しになる」

 僕は必死に考えた。共鳴視で崩壊獣の内部を観察し続けている。頭が痛い。情報の負荷が大きい。でも——パターンがある。変異にはパターンがある。

「ルークさん。崩壊獣の変異は、受けた攻撃に対する反応だよね?」

「ああ。物理攻撃を受ければ甲殻を硬化させ、魔法攻撃を受ければ魔法耐性を上げる。攻撃パターンに適応する」

「じゃあ——同時に来たら?」

「同時?」

「物理と魔法を同時に。別々の方向から。どっちに適応するか迷うはずだ。——僕の目で見ると、変異の前に魔素のパターンが揺れる瞬間がある。その隙を突けば」

 ルークさんの目が光った。

「面白い。やってみる価値はある」

「カイさん」

「聞こえてる」

 カイさんが大剣を構えた。

「俺が正面から斬る。セラスが横から魔法を撃て。同時にだ」

「了解です」

 セラスさんが頷いた。

「ルークさんは罠で動きを止めて。足元と——天井もだ。飛翔型を地面に落とせれば」

「了承。罠は二つ残っている」

 ルークさんが起爆装置を手に取った。

「ユーリ、タイミングは?」

「僕が合図する。崩壊獣が次の変異に入る直前——魔素パターンが乱れた瞬間に」


 崩壊獣が天井から降りてきた。


 飛翔型のまま、通路を低空で滑るように突進してくる。翼から棘を連続で射出しながら。

「まだ——」

 棘を避ける。カイさんが大剣で棘を弾く。セラスさんが魔法の障壁で棘を逸らす。

 崩壊獣が壁に激突し、方向を変えて再び突進してくる。近い。

「まだ——」

 共鳴視で見ている。崩壊獣の内部の魔素が激しく脈動している。次の変異の準備だ。飛翔型の棘攻撃が効かないと判断したのか、別の形態に変わろうとしている。魔素パターンが揺れ始めた。

「ルークさん、今!」

 ルークさんが起爆装置を二つ同時に投げた。一つは床に、一つは天井に。崩壊獣がその間を通過した瞬間——二つの魔素パルスが同時に炸裂した。上下からの衝撃波に挟まれて、崩壊獣の動きが止まった。翼が潰れ、地面に落ちた。

「今だ!」

 カイさんが正面から突進した。大剣を横薙ぎに振るう。

 セラスさんが左側面から踏み込んだ。短詠唱——細剣に集束した魔素が白く輝いた。

 二つの攻撃が、同時に崩壊獣に命中した。

 物理と魔法。右と左。異なる属性の攻撃が同時に。

 崩壊獣の体が——痙攣した。変異が始まりかけて、止まった。甲殻が生えかけて、途中で翼に戻りかけて、どちらにもなれずに体表がぐずぐずと崩れた。

「効いてる。——もう一撃!」

 僕が叫んだ。

 カイさんが大剣を振り上げた。渾身の力で、崩壊獣の頭部——回路の集合体に叩き込んだ。セラスさんが同時に細剣を突き立て、魔法を流し込んだ。

 崩壊獣の体が——砕けた。

 灰色の体表が粉々に割れ、内部から蒼い光が溢れ出した。光は数秒間激しく脈動し——消えた。

 崩壊獣の残骸が、通路の床に散らばった。形の定まらない魔石の断片。触れると、指先にざらついた感触があった。表面の回路模様が、まだ微かに光っている。

「……倒した」

 カイさんが大剣を下ろした。息が荒い。額の汗が顎から落ちた。

「くそ。今まで戦った中で、一番厄介な相手だったかもしれん」

「適応変異を三段階実行した。蜥蜴型、甲殻型、飛翔型」

 ルークさんが崩壊獣の残骸を観察していた。

「ユーリの読みがなければ、変異のたびに攻略法が無効化されて——長期戦になっていた。下手をすれば、消耗し切っていた」

「全員の連携がなければ無理だった」

 僕は息を整えながら言った。

「カイさんの火力、セラスさんの魔法、ルークさんの罠。——どれが欠けても倒せなかった」

「お前の目がなけりゃ話にならん」

 カイさんが笑った。短い笑いだった。まだ余裕がない。

「さて——素材はどうする」

 ルークさんが崩壊獣の残骸から魔石の断片を拾い上げた。断片は手のひらの上で形を変えた。角が丸くなったり、尖ったり。不安定だ。

「これは加工できない。魔石としての構造が安定していない。——だが、研究価値はある」

 ルークさんが断片を工具ベルトのポケットに慎重にしまった。

「崩壊獣の素材は、通常の魔石とは根本的に異なる構造をしている。安定した結晶化が起きていない。——なぜこうなるのか、いずれ解明したい」

「後でな。今は先を急ぐ」

 カイさんが大剣を背に戻した。


 さらに進むと——二体目の崩壊獣が現れた。


 今度は最初から甲殻型だった。一体目と戦ったときの情報を——共有しているのか。

「学習している」

 ルークさんが呟いた。

「一体目の戦闘データが、ネットワークを通じて伝わっている可能性がある」

「冗談じゃねえ」

 カイさんが大剣を構えた。

 二体目は一体目より速かった。甲殻型の重い体躯で、しかし壁を蹴って三次元的に動いてくる。蜥蜴型と甲殻型の動きを組み合わせている。

「パターンが複合してる——!」

 僕は共鳴視を全力で稼働させた。頭が割れそうだった。鼻から血が垂れた。拭う暇がない。

「甲殻の継ぎ目に弱点がある。腹側の——三番目の甲殻板の隙間!」

 カイさんが床を蹴って崩壊獣の腹の下に滑り込んだ。大剣の先端を、僕が指示した隙間に突き上げた。甲殻の隙間から刃が食い込んだ。

 セラスさんが頭上から詠唱を放った。魔法の刃が崩壊獣の背中の甲殻を縦に裂いた。

 ルークさんが最後の罠——工具ベルトの部品を急いで組み上げた即席の装置——を崩壊獣の足元に滑り込ませた。魔素パルスが炸裂し、崩壊獣の甲殻の内部構造を震わせた。

 三方向からの同時攻撃。

 崩壊獣が崩れた。二体目の残骸が通路に散らばった。


 僕は壁に手をついた。鼻血を袖で拭った。視界が明滅している。共鳴視の負荷が限界に近い。

「ユーリ、大丈夫?」

「……大丈夫。まだ——いける」

 嘘ではなかった。きつかったが、まだ動ける。中枢に辿り着くまでは——倒れるわけにはいかない。

「先に進もう。中枢は——近い。回路の密度が上がってる」


 通路が終わった。


 前方に、巨大な空間が開けていた。

 天井が見えないほど高い。壁は全面が回路で覆われ、白い光を放っている。空間の中央に——何かがあった。

 巨大な球体。

 直径は十メートルを超えていた。全面に回路が走り、脈動している。心臓のように。いや——これは心臓だ。楔の、ネットワークの、世界の仕組みの——心臓。

 中枢のインターフェース。

 ヴェルナーの装置のケーブルが、この球体にも繋がっていた。球体の表面に突き刺さるように接続されている。接続部分の回路が赤く変色し、過負荷を示している。

「ここだ」

 ルークさんが呟いた。声が震えていた。畏怖ではなく——知的な興奮だった。

「楔の中枢。全大陸のノードが集約される場所。ここが——全ての始まりの場所だ」

 球体が脈動した。

 光が——僕を呼んでいた。


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