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第三日目 5節「決着」(ギルファス)(8)

  *   *   *


 さあっ――

 風が、流れていく。

 わずかに湿り気を帯びてきた夜気を巻き上げるようにして、涼やかな風が草原を渡っていく。

 小屋の包囲は完了し、あとは丸太の到着を待つばかりとなっていた。グスタフは体にまとわりつくような風を感じながら、闇の中に浮かび上がる質素な小屋の窓辺で歌う、アイミネアの、優しい歌声を聞いていた。『求歌』は伸びやかに、いつ果てるともなく続けられている。アイミネアの歌の上手さには定評があった。普段の溌剌とした声音からは想像もつかないくらい、歌うときのアイミネアの声は艶を含む。グスタフは、アイミネアの歌を聴くのが好きだった。『宴』が終わって始まる宴会の余興にいつも歌を所望されるほど、アイミネアの歌は人々の心を捉える。

 ――でもなぜ、今。

 何のために、歌を。

 西軍媛隊の中で一番一筋縄でいかない、文字通り『敵に回すのが一番怖い』存在である、アイミネアが。何のために、今この状況で、『求歌』を歌っているのだろう。考えろ、と頭のどこかで警鐘を鳴らす自分がいたが、アイミネアの優しく伸びやかな声が奏でるこの歌を聴いていると、どこかに吸い込まれてしまいそうで――頭が、うまく働かなかった。

 周囲の兵士たちも皆一様に彼女の歌に聴き惚れている。もう小屋を完全に取り囲んだという安心感のためだろうか、座り込んで聞く体勢に入っている者までいる。誰も音を立てなかった。包囲が完了したのだから、もう息を詰めて身を隠している必要もないのに、誰も物音一つ、咳払いの音一つすら、立てようとはしなかった。彼らの存在を含んだ闇の中に、アイミネアの声はいよいよ澄み渡り――

 と、そこへ。

 その声が、聞こえてきたのだった。

 それは押し殺した、けれど苛烈な少年の声だ。ギルファスの声にしては低いが、あれは――

 グスタフは呪縛を解かれたように息をついた。そして虚空に目を凝らして耳を澄ませる。どうやら小屋の南側から聞こえてきたようである。ここからでは見えないが、あの声の届き具合からすればすぐ近くだと考えていいだろう。

 体を巡らせて北東の方角に目を眇めると、森のそばに一群の人影が見える。川縁から丸太を運んできてくれた六人が、あそこまでたどり着いたのだろう。今度は東に目をやると、小高い丘の向こうにオレンジ色の明かりが見える。先ほどまでと変わった様子がないから、ゴードはまだ異変に気づいてはいないようだ。でも、急がなければ。グスタフは隣でまだ歌に聴き惚れている数人の兵士に声をかけた。

「声が、聞こえましたか?」

 グスタフよりも年上の兵士が夢から覚めたようにこちらを見返してくる。

「え……声?」

「五人、一緒に来てください。ゴルゴンの声だった。ギルファスが、来たのかもしれない」

「――!」

 今までぼんやりとしていた彼らの顔が、ギルファスの名を聞いただけで一気に生気を取り戻す。

 グスタフは棍棒を抜いた。それを手に、走り出す。彼の耳に、もう一度、ゴルゴンの――今度は鋭い声が、届いた。

「何でお前なんだ、いつもいつも!」

 怒りにまかせて吐き捨てるような、それでいて、何かをこらえるような激しい口調だ。他の人々の前では平然とした表情を崩さないゴルゴンが、このように鮮烈な感情をぶつける相手は、おそらくこの世に一人しかいない。

 ――来たのか、ギルファス。

 急に、体中の血が音を立てて回り始めたのが感じられる。

 東軍兵士たちの間をくぐり抜けるようにして小屋を回る。さっ、と、視界が開ける。そこを固めていた兵士たちはもちろんその騒ぎに気づいていて、小屋の南側にこんもりと茂った灌木の一群を囲むように動き始めていた。そのうちの一人がグスタフに気づいて、意味ありげな身振りをして見せる。

「……来たぜ」

 その兵士の顔にはギルファスに対する感嘆だけがうかがえる。

 グスタフは、うなずいた。

 灌木の向こう側に、張りつめた表情をしたゴルゴンの姿が、月光に照らされて見えてきた。まだ周囲に集まり始めた兵士たちの存在には気づいていないようで、そして。

「でも、ここを通すわけにはいかないんだ」

 静かな……しかし確固たる決意を秘めたような、ギルファスの声が、聞こえた。

 

 ――来たのか、ギルファス。

 灌木を回るうちに、少しずつギルファスの姿が見えてくる。

 周囲を囲む兵士たちが、持っていた松明に明かりを灯し始める。じじじ、と油の焼ける音とともに、焦げ臭い臭いが鼻に届く。それを頭のどこかで感じながら、グスタフは、息を吸った。

 ――何で、来たんだろう。

 今更、そんなことを思う。

 この計画を立てたときから、ギルファスが来るということは確信していた。ルーディが自分の役目をちゃんと果たしてくれるということもわかって――いや、望んで、いた。それでも、いざここに本当にギルファスが立っているのをみると、なんだか不思議な気分になる。本当だろうか。本当に、ギルファスはあそこにいるのだろうか。『宴』は、これで……終わるのだろうか。

 ――終わるに決まってる。

 グスタフは自分に言い聞かせる。

 ――あの小屋を崩して、ここにいる全員でギルファスを倒せば、そこで終わる。

 そう、もうすぐ、『宴』は終わる。

 それも、東軍の勝利で。

 それをこそ望んで、それだけのためにこの三日間、自分のできるだけのことをしてきたというのに。もうすぐ勝利を手に入れられるというこの時が来ても、何の感慨も浮かんでこないのはなぜだろうか。

 松明の明かりが、ギルファスとゴルゴンの周りをぐるりと囲むように、次第に光量を増しながらぽつぽつと浮かび上がってくる。グスタフは、もう一度息を吸った。

「ギルファス……」

 声をかける。ギルファスの横顔を、グスタフのすぐ隣にいる兵士が持つ松明の明かりが照らし出す。ギルファスが初めて気づいたというように、心底驚いたというように、こちらを振り返る。

 グスタフは、ギルファスの顔を見据えながら、右手に握った棍棒を握りしめた。

 ――俺は、ギルファスに勝ちたかった。

 あの籤引きの時から。ただそれだけを望んできた、のに。

 でも本当に、これで。ギルファスに勝ったと、言えるのだろうか。

 

 オレンジ色の明かりに照らされて、ギルファスの顔がよく見えた。

 ギルファスは心底驚いたというようにすっかり包囲された周囲を見回し、そして、笑った。引き締めていた唇をわずかに緩めるだけの表情の変化だったが、それが微笑みだということはグスタフにはよくわかった。見つかっちまったか、というような照れを浮かべたようにも見えるし、何か――ホッとした、というようにも見える。

 そしてギルファスは、グスタフを見据えた。

 今度ははっきりと、笑みが浮かぶ。

「よう、グスタフ」

 グスタフは返事をしようと口を開きかけた。

 しかし。

「東軍銀狼ゴルゴン、『戦死』」

 グスタフの後ろからやってきた『目付』が、冷静な声を放った。

「え――」

 ぽかんとした声を上げたのは、ギルファスの前に立っていたゴルゴンだった。グスタフは少し驚いて、ゴルゴンの額に目を凝らした。なるほど、先ほど見たときには月明かりだけで気づかなかったが、今は光量を増やした松明の明かりに照らし出されたゴルゴンの額は、夜気にむき出しになっていた。

 周囲の兵士たちが驚きの声を上げる。

 しかし一番驚いているのはゴルゴンのようだった。よく見ると、彼は棍棒も持っていなかった。いつもしっかりと棍棒を握っていたゴルゴンの右腕が上がり、額に手を当て――信じられないというように、むき出しの額にふれたその手を、見る。

「……本当だ」

 つぶやいたゴルゴンの声音には、ただただ驚いたというような響きしかなかった。

「下がれ、ゴルゴン」

 あくまでも冷静な『目付』の声が聞こえる。ゴルゴンが、『目付』を見返す。ゴルゴンの周囲の兵士が、少し身構えた。もしかしたら、ゴルゴンがギルファスを前にしたこの状況で、なにもせずに引き下がることを納得しないのではないか。ここで暴れられたり、逃げ出されたりしたら、残りわずかな『宴』の時間がなくなってしまうかもしれない。ゴルゴンを促すように二人が一歩、前にでてくる。

 しかしゴルゴンは一つうなずいただけだった。普段のゴルゴンをよく知る者たちが驚くほどのあっけなさで、ゴルゴンは後ろに下がった。

 ギルファスはと見ると、やはりゴルゴンが黙って引き下がったのが信じられないと言うかのように、驚いた表情を浮かべている。

 ゴルゴンの心境にどのような変化があったのか。この親友二人には、わからなかった。

 そして――

 ゴルゴンが引き下がり、しん、と辺りが静まり返る。

 じじ、と松明の燃える音がやけに大きく響く。

 アイミネアの歌声はもう聞こえては来ない。今更のようにそれに気づきながら、グスタフはギルファスに向き直り、そして、棍棒を握りしめた。

 ギルファスが、ただ黙って、こちらを見返してくる。

 ギルファスの周りには、一人の西軍兵士もいなかった。彼はたった一人だった。たった一人だけで、東軍兵士たちに囲まれて、ただ泰然と立っていた。

 ――俺も、そうだったらいいのに。

 脳裏にわき起こってくるのは、たじろぐほどに強い願望だった。

 ギルファスの前に立っている東軍兵士が、俺一人だけだったら、いいのに。

 頭のどこかでそのようなことを考えながら、その願望を断ち切るように、グスタフは口を開く。

「降伏するか?」

 ギルファスは頬を緩めた。

「……まさか」

「そうだろうな」

 グスタフも頬を緩めた。我ながら、間の抜けたことを言ったものだ。

 一瞬で、この三日間の『宴』で起こったありとあらゆる物事が脳裏に押し寄せてくる。

「お前が銀狼に選ばれたって聞いたときには、正直、残念だったよ」

 言うと、ギルファスが怪訝そうな顔をした。

「銀狼には制約が多い」

 言葉をつなげると、ギルファスが得心したと言うように、ああ、とつぶやく。

 そう、銀狼には制約が多い。その制約がギルファスの動きを制限するのは当然で、だから、これでもう本気のギルファスと戦うことはできないのかと思って、残念だった。本当に。

「でも、お前はやっぱりお前、だったんだよな」

 呟いて、グスタフは、笑みを浮かべた。

 スパイに誘導されたって、周りが力ずくで止めると思っていた。

 だから、最後の最後にこうしてギルファスと対峙できるとは。ギルファスなら来るだろうと思ってはいたが、信じてはいなかった。

 グスタフは自分の右腕の中の棍棒が、急に、その重みを増したような気がした。今頃ゴードと決着をつけているであろうガスタールが、心底羨ましかった。もしギルファスが銀狼じゃなくて、館の真ん前に陣取る兵の一人だったら、自分こそがガスタールの代わりに、西軍の前に出ていっていただろう。西軍の目を引きつけておくためとは言え、ガスタールは心おきなくゴードと決着をつけることができる。でも、自分は。そうは、行かないのだ。

 決着をつけたい。自分の、この手で。この誰よりも銀狼らしい親友に、自分の力がどれだけ及ぶのか、試してみたくてたまらなかった。でも、目前に控えた東軍の勝利がグスタフの四肢を縛り付けた。ギルファスと戦えば、今までの戦歴を考えれば十回に六回くらいの割でギルファスが勝つ。だから……勝利を目前にしたこのときに、自分の身勝手な思いだけで、ギルファスと戦うことはできない。

 グスタフはギルファスの目から逃れるように、視線を落とした。

「もうすぐ小屋が崩れる。そしてお前がここにいて、いくらお前だって、この状況じゃどう頑張ったって逃げられない。銀狼と媛を取れば東軍の勝ちだ」

 真夜中までもう少し。今日中に東軍の勝利を完全なものにするためには、今ここで全員でギルファスを『戦死』させて、小屋を崩すしかない。ことは一刻を争うのだ。ギルファスと自分が決着をつけるまで、戦況は待っていてくれはしない。

 ――残念、だけど。

 今にも、周囲で固唾を飲んで自分の言葉を待ちかまえている兵士たちに、号令を出そうとしたときだ。

 さあっ――

 風が、そよいで。

 その風が、か細い……けれど高らかな少女の声を、運んできたのだ。

「東軍兵士たちよ! あたしはここよ! 小屋を崩しても、『宴』はまだ終わらない――!」

 その声が闇に響き渡る。周囲を固める兵士たちが驚いて顔を上げた。グスタフも少なからず驚いた。あれは、シャティアーナの声だ。小屋の中にいたはずの媛の声は、しかし小屋からだいぶ離れた北の方で、聞こえてきたようである。

 そして。

 わあッ――!

 東の方で、どよめきが沸き起こった。

 それは館を包囲していた西軍が立てる、反撃の物音だった。ゴードがようやく本拠地の危機に気づいたのだ。とどろくような太鼓の音、兵士たちの雄叫びの声、大地を踏みしだく突進の音が一緒くたになって立ち昇り、津波のように押し寄せてくる。

「グスタフ!」

 周囲の兵士たちが動揺のざわめきを上げる。小屋から媛が脱出し、西軍が反撃を始めた。掴みかけた勝利が遠のいた。アイミネアの歌は、裏口から逃げる媛から、兵士の目を逸らすためだったのか。全く一筋縄ではいかない相手だ――そんなことを考えながら、グスタフはギルファスに視線を戻した。

 小屋を崩しても、媛は『戦死』しない。

 と、言うことは。

 銀狼を今すぐ『戦死』させる必然性も失せる、ということだ。

 グスタフの視線の先で、ギルファスは笑っていた。嬉しくてたまらないというように、からかうような笑みをこちらに投げる。

 ――ほら、どうする、グスタフ?

 そう、いわれた気がする。

 その笑みに、グスタフは、笑みを返した。


  *   *   *


 シャティアーナの声が、夜気を切り裂くように響いた。

 あの聡明な少女は、逃げる途中で、東軍の意図に気づいたのだろうか。そして――敵の目を少しでも逸らすために、あのように叫んでくれたのだろうか。

 早く逃げて欲しい、もう叫ばなくていいから、早く安全な場所にたどり着いて欲しい。そう思ったけれど、ギルファスは、ただ笑みを浮かべただけだった。仕方が、ないのだ。そう、シャティアーナは誰かの腕の中でただぬくぬくと守られているだけの存在でいてくれはしない。あの勇敢な媛は、これからもずっと、今年の『宴』で見せ続けたように、自分の足で立ち続けて行くだろう。たとえどんなに安全な場所でおとなしくしていて欲しいと思っても。仕方が、ないのだ。そんなシャティアーナだからこそ、こんなにも大切なのだから。

 だから、その分、俺が成長していかなければ。

 どんな局面に立たされても、彼女を守っていけるように。彼女の隣に並んで立てるような、存在になるために。

 そんなことを頭のどこかで思いながら、ギルファスは、グスタフがどのような結論を出すのか、黙ったまま見守っていた。

 周囲に味方は一人もいない。ぐるりを囲む東軍兵士は先ほどまでより少しずつ増え続けていて、次第にその数を増やされた松明が、ギルファスとグスタフを照らし出していた。こんなに赤々と照らし出され、こんなに幾重にも包囲されてしまっては、もうどんな僥倖が起ころうとも、『戦死』することは避けられないだろう。

 でも、ギルファスは、自分が既に恐怖もなにも感じていないのに気づいた。

 それは、後悔していないからだろうか。

 例えもし、この三日間をやり直せると――せめて三日目の頭からだけでも、やり直せるとしても。やはり自分は同じことを繰り返しそうな気がする。銀狼らしからぬどころか、我ながらバカだとは思ったが、仕方がない。だって、こうするしかなかったのだから。

 グスタフが言ったように、銀狼でさえなかったなら、もっと楽しめたかもしれない。

 けれど。銀狼だったからこそ、わかったことも、できたことも、またたくさんあったと思う。

 わあッ――!

 東の方で、騒音が沸き起こった。西軍が転進したのだ。とどろくような太鼓の音、大地を踏みしだく兵士たちの足音が、津波のように押し寄せてくる。

 ギルファスは、笑みを見せた。ほら、どうする、グスタフ? 小屋から媛が脱出して、西軍が反撃を開始した。お前はまだ俺に勝っていない。この場で数に物を言わせて銀狼を倒しても、『宴』はまだ、終わらない。

 三日間で、今この瞬間をこそ、待ち望んでいたような気さえする。

 そんな感情がギルファスの中に一瞬で押し寄せ、渦を巻き、そして体の中に落ち着いた。四肢からよけいな力が失せて、急に感覚が澄み渡っていく。グスタフが沈黙していたのも、わずかにほんの一瞬だった。ギルファスの目の前で、この寡黙な親友は、何かを振り切るように息をつき、――そして、晴れやかに笑う。

「計画通り小屋を崩す」

 周囲の兵士たちを振り返って、グスタフはそう言った。

「一刻を争う。西軍がこちらの動きに気づいた。タイミングが命だ。西軍が完全に転進したのを確認して小屋を崩し、西軍の動揺を誘ってガスタールの反撃を促す」

 グスタフの言葉を聞くなり、あらかじめ役割を分担してあったのか、周囲を囲んでいた兵士の半数ほどが小屋の方へ走っていく。グスタフは今度は残った半分の方へ視線を移した。

「媛が西軍にたどり着く前に捕獲して欲しい。――間に合うか?」

「任せとけ」

 グスタフのすぐ脇に立っていた、年上の兵士が、ニヤリとグスタフに笑いかける。なにもかも心得たと言うようなその兵士は、きびすを返しかけて振り返った。

「で、副将は?」

 ――どうする?

 周囲に残った兵士たちが、期待するようにグスタフを見つめる。グスタフは彼らの沈黙にちらりとわびるような表情を見せ、

 そして、棍棒を掲げた。

「――銀狼を倒してから行く」

「それでこそだ、グスタフ!」

 兵士たちが口々に歓声を上げた。そして彼らがばしばしとグスタフの肩を叩きながら意気揚々と走り出す中、グスタフはこちらに視線を移した。その端整な顔立ちが、照れたように、微笑む。

「東軍の半分は別館に潜んでいるんだ。こっちに向かってくる西軍の目の前で小屋が崩れて……動揺したその後ろから東軍が反撃をしかけたら、さすがの西軍も崩れるかな?」

「……」

 ギルファスは、口を開けた。それでは銀狼をおびき寄せ、媛と一緒に『戦死』させるという罠の他にも、グスタフはもう一つ、最後の切り札を隠していたというわけか。

 どこまで一筋縄で行かない奴だろう。感心するのを通り越して呆れてしまう。でも、ギルファスは、動揺はしなかった。ガスタールとグスタフが、一筋縄で行かない敵だということなんて、はじめから分かり切っていたことだ。

 グスタフが、挑発するように、眉を上げる。

「俺の、勝ちだな」

「バカ言うなよ」

 反射的に言葉を返すと、周囲に残った数人の『目付』が掲げる松明の明かりの中で、グスタフが笑みをこぼした。ギルファスも笑いながら、胸の前で、棍棒を斜めに掲げた。

「『宴』は――まだこれからだ!」

 少なくとも、真夜中を過ぎるまでは。いや、真夜中を過ぎても、グスタフを倒すまでは。まだ『宴』は終わらない。

 ギルファスの掲げた棍棒に斜交いになるように、グスタフが棍棒を掲げる。そして二人の棍棒が、がしん、と中身の詰まった音を立てた。

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