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冬休みに入って半月が過ぎました。両親は領地に戻りましたが、わたくしは王都に残って課題をこなす毎日です。そして、今日はクリストファー様がいらっしゃり、課題を見てくださいました。おかげで、ドキドキしながら今日の分をおわらせて、一緒にお茶をいただいています。
陛下が下した沙汰は、キース男爵家およびモーガン男爵家のおとりつぶしでしたが、モーガン家は「娘は騙されて利用された」という主張されたそうです。ですが誰もお味方する人はいなかったそうでございます。ミシェル様は自ら修道院へと入られたとか。
エドワード殿下とアルマ様については、殿下は廃嫡となり、身柄は離宮に留められることになったそうです。アルマ様はその離宮で無給の下働きとして働くことになり、魔力も封じられたとクリストファー様はおっしゃいました。
「幽閉ということなのでしょうか?」
わたくしがため息とともにクリストファー様に尋ねると、彼はそんな顔をしないでと言います。
「ルーシェが気に病むことはないよ。それに幽閉よりも軽い処分だ。身分のはく奪といったところかな。まあ、勝手に離宮をでることは許されないけれどね」
クリストファー様は、そういいながらわたくしの髪を優しく撫でてくれました。
「どうして、そんなに落ち込んでいるの?」
「それは……」
なんだか、わたくしの存在が殿下とアルマ様、ミシェル様の運命を大きく変えてしまったような気がするのです。もし、前世の記憶など思い出さなければ……。そんな思いが心のどこかに引っかかっているのですが、起きてしまったことはどうしようもないのでしょう。
「同じ離宮での暮らしはつらいでしょうね」
「そうだね。たぶん、二人が顔をあわせることも話すことも許されないだろう」
クリストファー様はそっとわたくしを抱き寄せて頬にキスをしてくださいました。心臓がドキンっと跳ねます。顔はどんどん赤くなってしまいます。
「本当に君は優しいね」
「そんなことは……」
「可愛いルーシェ。いますぐにでも結婚して独り占めしたいよ」
「……今、独り占めだと思います」
「もっといっぱい独り占めしたいな」
うれしくて、ドキドキがとまりません。学院は結婚するのであれば、早期卒業ということもできるのですが、わたくしはまだ、勉強したいのです。クリストファー様はそれをわかってくださっているので、生徒会にスカウトされたときも、わたくしの気持ちを優先してくださいました。
「わたくし、わがままばかりで申し訳ありませんわ」
「ルーシェは、もっとわがままでいいよ。小さい時から遠慮ばかりしてたからね」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうだよ。いつも小さな花束を渡しては、何か欲しいものを聞くのに。君ときたら、花束だけで十分だって笑うんだから。本当はもっといろいろ贈り物がしたかったんだよ、僕は」
それは遠慮していたのではなく、婚約破棄されると思い込んでいたせいでしょう。
「これからは、遠慮なんてしないでね」
「……はい」
でも、一番欲しいものは一つだけなのです。それを思うだけで、顔がほてってしまいます。
「ねぇ、ルーシェ」
「は、はい」
「一つ、僕の願いを叶えてくれないかな」
「わ、わたくしにできることでしたら」
「君にしかできないよ。大好きなルーシェ」
わたくしは目を大きく見開きました。初めて聞く大好きという言葉。わたくしの一番欲しいものは、何の前触れもなく手に入りました。気づけば、涙がぽろりとこぼれてしまいました。
「どうして泣くの?」
クリストファー様は優しく涙を拭ってくれます。
「わたくし……欲しかったです。その一言が……」
クリストファー様は困ったように笑っていいました。
「そうか、言ったつもりでいたけど、言ってなかったんだな。僕は。ねぇ、ルーシェ。僕のこと好き?」
「はい、大好きです」
「じゃあ、キスをしてもいい?」
「それがお願いごとですか」
わたくしはなんだかくすぐったい気持ちになって、泣き笑いしてしまいました。
「そう。君にしか叶えられない願い事」
クリストファー様はわたくしの頬を両手に包み込みじっと見つめています。わたくしはドキドキしながら、そっと目を閉じました。唇に優しい暖かさを感じて、とても幸せな気持ちになりました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
(アルマの罰について侍女では罰にならないということで、無給の下働きとしました。)