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婚約破棄されたはずなのに、全然自由ではありませんでした!  作者: あけはる


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3/3

第3話

 逃げられない。

 そう理解したはずなのに。


 それでも、私は椅子に座ったまま、ただ震えていることしかできなかった。


「お嬢様……」


 マリアがそっと肩に触れる。


「……大丈夫じゃないわ」


 かすれた声が出る。

 自分でも驚くほど、弱い声だった。


 考えなければならない。

 恐怖に呑まれているだけでは、何も変わらない。


「マリア、婚約破棄は、正式に成立しているのよね」


「……はい。陛下の御前で宣言されております」


「……そうよね」


 ならばやまり・・・


「“契約”は、どうなっているのかしら」


 その言葉に、マリアの表情がわずかに強張った。


「お嬢様、それは……」


「教えて」


 強く言う。


 逃げてはいけない。


 これはきっと、“仕組み”の問題だ。


「婚約は……ただの約束ではありません」


 マリアは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「王家と公爵家の婚約は、“魔法契約”として結ばれます」


 やはり。


「双方の安全、利益、継続を保証するための……拘束力を持つ契約です」


「……拘束、力」


「はい。特に王太子殿下が主体となる場合、契約は極めて強固に」


 そこまで言って、マリアは言葉を止めた。


「……続けて」


「通常は、婚約破棄と同時に契約も解除されます」


「“通常は”?」


 マリアは、ゆっくりと首を振った。


「契約の一部は、“片側”から保持されることがあります」


 空気が凍る。


「特に……“保護義務”に関する条項は」


 心臓が、大きく脈打つ。


「対象の安全が脅かされると判断された場合、契約は継続されることがあります」


 ――ありえない。


「……つまり」


 喉が渇く。


「私はまだ、“守られている”の?」


 マリアは、目を伏せたまま、答えなかった。


 それが、答えだった。


 ――守られている。


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥に、ずっと押し込めていた記憶が、浮かび上がった。


 あの日。


 私は一冊の本を隠していた。


 医学書だった。


 貴族の令嬢が読むには相応しくないとされる、専門的な書物。


 けれど私は、それを読むのが好きだった。


 知らないことを知るのが、楽しかった。


 自分で考えることが、嬉しかった。


「それは、君には必要ない」


 気づいたときには、アルベルト殿下がその本を手に取っていた。


「どうしてですか」


 思わず問い返していた。


「その知識は、君の役に立たない」


 穏やかな声。


 いつも通り、正しい言葉。


「でも……私は、読みたいのです」


 一瞬だけ、沈黙があった。


「……理解できないな」


 その言葉は、冷たくも怒ってもいなかった。


 ただ、事実を述べるように。


「必要のないことに時間を使うのは、合理的ではない」


 そう言って。


 殿下は、本を閉じた。


「こちらで管理する」


 その一言で。


 私の“好き”は、簡単に奪われた。


 それだけではない。


 友人と出かける約束も。


 夜更かしして読んだ物語も。


 庭でぼんやりする時間も。


 すべて。


 “君のためにならない”の一言で。


 削られていった。


 気づいたときには。


 私は。


 何が好きだったのかさえ、分からなくなっていた。


 考える前に、答えが与えられる。


 選ぶ前に、選択肢が消える。


 ――それが、“守られる”ということだった。


 だから。


「……違う」


 かすれた声が漏れる。


「それは、守ることじゃないわ」


 拳を握りしめる。


「ただの……支配よ」


 立ち上がる。


 震えていた足に、力を込める。


「そんな契約、解除すればいいだけでしょう」


 決めた。


 逃げるのではなく。


 壊す。


「どこに行けばいいの」


「……王城の契約管理局です」


「案内して」


 マリアが息を呑む。


「ですが、お嬢様……」


「今すぐよ」


 もう、待たない。



 王城の一角。


 契約管理局。


 重厚な扉の前に立った瞬間、胸の奥がざわついた。


「リリアナ・エルフェルト様でございますね」


 出迎えた役人が、深く一礼する。


「契約の確認と、解除を希望します」


 はっきりと告げる。


 役人は一瞬だけ沈黙し、それから言った。


「……恐れながら、その契約は解除できません」


 息が止まる。


「どういうこと」


「王太子アルベルト・ヴァルツェンリード殿下によって、“保護条項”が継続されています」


 分かっていた。


 それでも、言葉にされると現実になる。


「解除は?」


「不可能です」


 即答だった。


「契約の主導権は、殿下側にあります」


 視界が揺れる。


「そんな……一方的な」


「契約は対等ですが、“権限”は対等ではありません」


「王太子殿下は、国家の安全維持権限を有します」


 つまり。


「君の安全は、国家が管理するものだ」


 背後から、声がした。


 振り返る。


「……アルベルト殿下」


 王太子アルベルト・ヴァルツェンリード。


「どうして……ここに」


「当然だろう」


 彼は穏やかに微笑んだ。


「君の行動は、すべて把握している」


「……いつから」


「最初からだよ」


 その言葉に、全身の血が引いた。


「君が“自由になった”と感じた、その瞬間から」


 世界が、歪む。


 自由だと思っていたもの。


 選んでいたと思っていた道。


 すべてが。


 彼の手の中だった。


「安心していい」


「君は、正しい選択だけをすればいい」


 その言葉は。


 救いのようで。


 ――完全な支配だった。


「そのための環境は、すでに整えてある」


 嫌な予感が走る。


「……どういう意味」


 その瞬間。


 背後で、誰かが膝をついた。


「……え?」


 振り返る。


「マリア……?」


 侍女が、静かに頭を下げていた。


「ご命令の通りに」


 その言葉の意味を理解した瞬間。


 世界が、崩れた。


 ――逃げ場は、最初からなかった。


 人も、場所も、選択も。


 すべてが。


 彼の“管理”の中にあったのだから。

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