第1話
新しく短めの連載を始めました。
楽しく読んでもらえたら嬉しいです!
「――よって、エルフェルト公爵家令嬢リリアナ・エルフェルトとの婚約は、ここに破棄とする」
静まり返った謁見の間に、その声はよく響いた。
告げたのは、この国の第一王子にして王太子――
アルベルト・ヴァルツェンリード殿下。
私は一瞬だけ目を閉じ、それから顔を上げる。
「……承知いたしました、殿下」
謁見の間に集まった貴族たちのどよめきが聞こえる。
公衆の面前での婚約破棄、公爵令嬢としてのプライドがズタズタになってもおかしくない。
リリアナが涙ひとつ見せないことが意外だったのだろうか。
けれど。
リリアナに迷いはなかった。
優雅な所作で退室する”帝国一の令嬢”。
独り去っていくリリアナの美しい背中を、
あっけにとられた貴族たちの目があてもなげに追っていく。
――ああ、ようやく、終わる。
胸の奥にあった重苦しさが、ゆっくりとほどけていった。
◇
「異論はないな、エルフェルト公爵」
王太子アルベルト・ヴァルツェンリードは淡々と告げる。
「……ございません」
リリアナの父――フリードリヒ・エルフェルト公爵は
わずかに目を伏せただけだった。
それで十分だ。
この婚約が“家”のためのものだったことなど、皆最初から分かっていたのだから。
---
謁見の間を辞したあと。
「お嬢様……本当に、よろしいのですか」
控えていた侍女、マリア・ベルンシュタインが不安げに尋ねる。
「ええ」
私は微笑んだ。
「むしろ、少しだけ――息がしやすくなった気がするの」
マリアが驚いた顔をする。
無理もない。
王太子との婚約破棄など、本来なら“破滅”に等しい。
けれどそれは私にとっては
――解放だった。
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アルベルト殿下は、完璧な方だった。
王太子としても、人としても、何一つ誤りがない。
「外出の予定は事前に提出を」
「交友関係は選別するべきだ」
「その判断は合理的ではない」
すべて正しい。
すべて私に必要だから。
だから誰も、それを疑わなかった。
けれど。
全て私に必要なことだとわかってはいるのだけれど。
息ができなかった。
まるで真綿で首を絞められるような日々。
じわじわと手足をもがれていく思いだった。
---
その日。
私は初めて、誰の許可もなく街を歩いた。
エルフェルト公爵家の令嬢としてではなく、ただの“私”として。
「……こんなに、自由なものなのね」
小さく笑みがこぼれる。
ふと目に入った雑貨店に足を向ける。
今までなら、「不要」と判断されていただろう。
けれど今日は違う。
「あのお店、入ってみようかしら」
重荷をおろしたリリアナの足取りは軽かった。
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「お気に召したようで良かったですね、お嬢様」
「ええ、とっても。付き合ってくれてありがとう、マリア」
と、笑みをかわしながら二人が雑貨店を出た、その瞬間。
――轟音。
顔を上げると
大きな音を立てて走っている馬車。
猛スピードでこちらへ向かってきている。
「お嬢様……!」
身体が動かない。
―――そのとき
強い力で腕を引かれた。
「危ない!」
次の瞬間、馬車は目の前を通り過ぎていった。
あと一歩遅れていたら、確実に轢かれていた。
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「大丈夫ですか」
落ち着いた声。
振り返ると、騎士服の男が立っていた。
「……ありがとうございます」
「王都警備隊、隊長補佐のルーカス・グラーフです」
軽く一礼される。
名を返そうとして、少しだけ迷った。
もう“王太子の婚約者”ではない。
「……リリアナ、と申します」
そう言うと、彼はわずかに目を細めた。
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屋敷に戻ったが
胸のざわめきは消えていなかった。
あまりにも、出来すぎている、気がする。
机の上に、一通の手紙が置かれていることに気づく。
「……?」
こんなもの、さっきまではなかったはずなのに。
封を切ると、見慣れた筆跡。
『本日の外出、危険を伴うと判断した』
心臓が強く跳ねた。
『予定外の単独行動は推奨しない』
手が震える。
『安心してほしい』
『君の安全は、すべてこちらで管理している』
息が止まる。
これは。
これは、間違いなく
「アルベルト殿下の筆跡だわ・・・」
窓の外に気配を感じ顔を上げる。
夜の闇の中、街灯の影に一人の男が立っている。
整った立ち姿。
見間違えるはずがない。
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「……アルベルト殿下」
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彼は、ゆっくりと微笑んだ。
あの、変わらない、穏やかな笑みで。
”安心して、リリアナ”
声は届かないはずなのに。
なぜか、はっきりと聞こえた気がした。
”君の人生は、これからも僕が守る”
その言葉は。
かつては、何よりも安心できるものだった。
けれど今は
ただ、恐ろしい。
私はようやく理解した。
婚約は、確かに破棄された。
けれど―――
**王太子アルベルト・ヴァルツェンリードの“愛”は、終わっていないのだと。
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