第21話 不作の村と、泣いている大地
王都から馬車で三日。
かつて「王国の穀倉地帯」と呼ばれたアムス村に足を踏み入れた瞬間、レンは不快感に眉をひそめた。
「……ひどいな。空気が淀んで、地面が『息』をしていない」
視界に広がるのは、黄金色であるはずの稲穂がどす黒く変色し、力なく頭を垂れる光景。
村人たちの顔も土色に汚れ、活気は微塵もない。彼らは、国立調律院の紋章を掲げたレンたちの馬車を、希望というよりは「諦め」の混じった虚無的な瞳で見つめていた。
「院長、見てください。この川の水……魔力の粒子が腐敗して、真っ黒です」
リセッテが観測器を水面に浸すと、警告音が鳴り響く。
本来、清らかな魔力を運ぶはずの伏流水が、この村に到達した途端に毒素を孕んでいるのだ。
「王立医師団の残党が、ポーションの廃棄物を流したわけでもなさそうです。……これは、もっと『根の深い』病ですね」
セラフィナが膝をつき、枯れた大地にそっと手を触れる。
そこに、村長と思われる老人が、杖を突きながら力なく歩み寄ってきた。護衛役を買って出たガウェインが、馬車を降りてその老体をそっと支える。
「……調律院の先生方、わざわざ遠路を……。ですが、無駄ですじゃ。魔法学院の偉い先生方も、高名な治癒術師様も、皆『土地が呪われている』と逃げ帰りましたわい」
「呪い、ね。……村長さん、ちょっと失礼」
レンは馬車を降りると、地面に直接、片手を置いた。
そして、前世から受け継いだ『脈診』の意識を、地中深くへと沈めていく。
「……ッ、これは……」
レンの脳裏に、凄まじい絶叫が響いた。
それは人間の声ではない。
大地の底を流れる魔力の奔流――『霊脈』が、何者かによって無理やり捻じ曲げられ、悲鳴を上げている音だ。
「……リセッテ。この村の地下、三五〇メートル地点の魔力圧を測ってくれ」
「えっ、三五〇!? ……あ、はい! ええと……、異常です! 計算上の許容値を三〇〇%オーバーしています! 魔力が流れるどころか、一箇所に溜まって『膿』になっています!」
「やっぱりか。……ヤクモの奴、ここに『黒い楔』を打ち込みやがったな」
レンが立ち上がり、視線の先にある村の守り神とされる巨岩を指差した。
「あの岩の下に、霊脈のツボ……いわゆる『龍穴』がある。そこがヤクモの術で塞がれているんだ。……例えるなら、大地そのものの『ひどい便秘』だよ」
「べ、便秘……?」
エルフリーデが少し呆れたように尋ねる。
「ああ。魔力が外へ排出されず、体内に溜まり続けて腐っている。……この村の不作も、水質の悪化も、全部その『詰まり』が原因だ。……なら、やることは一つしかない」
レンは道具箱の奥から、これまでの銀針よりも遥かに長く、重厚な「特注の太針」を一本、取り出した。
「村長。……今からこの大地の『コリ』を解す。……少し、地面が揺れるけど、驚かないでくれよ」
レンは巨岩の前に立ち、大地の脈を捉えた。
個人の治療とは次元が違う。失敗すれば、霊脈が暴走し、村ごと消し飛びかねない。
だが、レンの瞳に迷いはなかった。
「……お待たせ、大地。……今、楽にしてやるからな」
レンの黄金の魔力が、銀の太針へと集束していく。
それは、一人の治療師が「世界そのもの」を診察し、調律し始めた、歴史的瞬間だった。
第21話、いかがでしたか?
「大地=一つの身体」という東洋医学的なアプローチを、ファンタジーのスケールで描き出しました。
次話、いよいよ「大地への一刺し」による、圧倒的な浄化とカタルシスが始まります。
お楽しみに。




