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52『褒める』

『未曾有の大災害となった北海道に続いて、東京で起こった災害の被害は深刻で──』


 なんとか繋がったラジオを聴き流しながら、電話先に意識を向け、話す。


「まあ、つまり。そっちは大丈夫なんだな?」


「そうだよ。一応だけどね。国の支援が早かったおかげで」


「なら、良かったよ。本当にさ」


 僕はいま、国際ダンジョン研究所にいた。あれからココに戻ってきた訳だが、幸いにも……『ダンジョンを基盤とした』この場所は崩壊していなかった。


 もっとも最強頭脳・黒町に言わせてみればそれは当然らしいのだが。


 曰く、

『北海道の災害で予測してたけどよ──今時、一体のダンジョンマスターが複数のダンジョンを所有しているのは多分珍しくねぇのさ。でよ、ダンジョンが崩壊する時ってのは、ソイツが殺された時だ。だから別に、この研究所はネオイロス──三宮の創造したダンジョンだから、違う奴を倒したとて崩壊するなんてありえねぇってんわけ』


 とのことらしかった。

 なるほどね。

 よく分からないが、なんとなく。

 相変わらず自分のおつむの弱さにはびっくりするけれど。


「うん。それで、そっちはどうなの?」


 そっち。

 つまり、コッチ。


 ──城里側の安否やら、これからの生活がやっていけるのかどうか。


「一応な。研究所には独自の発電施設があるらしいし、食料も水も数ヶ月分の貯蓄があるって話だ」


「魔獣はもうわんさかいたりは、しないの?」


「僕が倒したから、安心して構わない」


 ここまで太鼓判を押しているのだ。

 これで普通に外へ出てみたら、魔獣がいたりしたら恥ずかしいなんてもんじゃあないが。


「……やっぱり凄いよ、城里」


「え?」


 小声で何を言っているのか聞き取れなかった。残念だ。


 いや、でも悪口だったら悲しいし……知らない方がいいか。なにせ僕の周りには罵倒しか知らないような──勇者とか、絶壁勇者とか、幼馴染とか、秋元とか、秋元奈々で溢れているからな。


「なに?」


 隣でラジオを聴いていた誰かさんが、恐ろしい声音で詰問してくる。

 長ったらしい論理は必要とせず、ただ端的に。


「なんでもないです……」


 勇者さん。

 強く言うのは構わないけど、脳内を視姦するのだけは本当に勘弁してほしいのものだ。


「それよりさ」


 電話先に意識を戻す。


 それより。


「ほら、城里──」


 ワクワクしたかのような。

 そんな感じの気持ちが篭っているような声が、電話先から飛んでくる。

 本当に飛んでくるような勢い。


「ん?」


 なんだ。

 何かしたか、僕は。


「なんで電話始めたのか、覚えてる?」


「え? あ、ぁあ」


 そういえば、そうだ。


 なんで電話しているんだ僕ら。

 こんな緊急時で互いに余裕がないってのに、何故わざわざ──暁ヒナと通話しているのか。

 いや、彼女は僕にとって戦友だし、一般人の避難という重要な任務を託した少女だし、それをしっかりやってくれた凄い奴だ──感謝を伝える為に、電話するのは筋だろう。


 あ、そうか。

『感謝』。

 それともかく、

『褒める』だ──研究所に着くまえ、ヒナから来たメールの内容を思い出す。


「もしかして忘れてる……?」


 彼女の声が曇る。

 まずい。


 急いで訂正させてもらおう。


「いやいや、覚えてるさ。思い出した!」


「……思い出した?」


 おっと、失言。

 咳払いして続ける。


「あーっと、間違えた。違うよな。褒める──ってのは、なんだかおかしいけれど……感謝だよ。頑張ってくれたヒナに感謝する為に、電話したのさ」


「褒めてほしいんだけどな」


「まあ、構わないが」


 構わないが、"褒める"ってなんだ。

 まるで『何かを頑張った子供が親に対してやってほしいこと』の様な物言いだぞ。

 それが良い、のかもしれないけど。

 まあ褒めるのなら無料だ。

 いくら罵倒だけしか知らない、褒めるなんて縁遠い自分とはいえ……少しぐらいなら、やってやる事も可能だろう。


「じゃあいくぞ?」


「う、うん」


 そんな緊張しなくてもいいのに。

 そう思いつつも、自分の緊張していた。なんだろう。こう改まって人を褒めるってのは、勇気がいる。


「そうだなあ。ヒナは凄いよ──率直に。ドラゴンを正確に操り、しっかりと一般人を安全な所へ運んでくれた。僕なんかよりもずっと英雄で、ヒーローさ」


「え、ぇぇ。えへへ……」


「それに、そんな大変な状況なのに──……一人で頑張っている。それだけで偉いし、偉すぎるよ」


 本当に。

 これは嘘偽りない。


「本当さ。本当にね。嘘偽りない、真っ青な事実だよ」


 正直、褒めてほしいなんてよく分からないことをお願いされ──それから、こう答えるのが最適解なのかは、知らない。世の中は分からない事だらけだ。

 だがその中で僕たちは選択していかなければならない。今回の様にね。

 だから、分からない。

 だから、分からないだらけの中で選択し──成功か失敗を得るのだ。


「えへへ、えへへぇ」


 僕の褒め言葉がお気に召したのだろうか。

 喜んでくれた、多分。

 見えていないけど、電話先から彼女の笑顔が見えてくる。まるで脳が溶けたようなリアクションだな。


 可愛いとも、とれる。


「喜んでくれたらなら、なにより」


「本当にありがとっ」


「ああ」


 こんなわけで電話を締めくくるが、しかし実際問題、何も終わってはいない。

 東京の災害も、国指定冒険者アレスターになることも、国から命を狙われていることも、全部終わってはいない。


 だからこれは、ただの第一歩としかいえない。


 ──実にただの通話で、僕は改めて、いや初めて『選択』を知ったというわけ。


 ───強さしか知らなかった少年が、

 選択を知ったというわけ。


「これからも大変だろうけどさ、頑張っていこうぜ」


 まあこんなのを知ったところで変わりはないし、僕はただするだけだ。

 最強として、最強を物語る。

 それだけである。



データ消えたので、今日の朝、40分で書きました。

悲しい。


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