45『打開策』
ここは火口の中だと錯覚するように、とても高い天井の先には大きな穴が空いていて、青空を映している。
下は一面がマグマ溜まりだったり、川だったりと地獄絵図なのだが。
「にしても、まじかよ……」
目の前には一人、赤髪の男が立っている。
その炎の男は人間ではない。ネオイロスの子……つまるところ、神の子、共同体であった。
日本に現存する共同体は全部で3体。
三宮と、包帯野郎と、もう一人は東京からかなり遠くにいるって話だったのだが。
ソイツはここに居た。
「……と、取り敢えず撤退するわよっ!」
思わず呆然とする僕は、秋元の声でハッとする。僕たちとはかなり距離があるものの、マグマの川を越えた先にいるのは敵だ。
コチラの命を、銃で攻撃した国指定冒険者だ。
更にネオイロスの共同体が相手。これだと手加減することはちょっと難しくなってくる。もし国指定冒険者なんて殺してしまえば、そりゃあもう、即刻僕は公の場で裁かれて殺される。
目に見えていた。
「分かってる」
「いくわよ!」
──どうやったら逃げれるのかは分からない。このマグマで溢れる高温のダンジョンからどうすれば、脱出出来るのかは分からない。
ただ走るしかない。
「ああ」
しかし踵を返すと同時、
『待テ』
僕たちの行く先を邪魔する様に、炎の奴がジャンプして先回りして立ち塞がってくる。
──速度が増している気がした。
自分のフィールド内だと身体能力が向上する系のアレだろうか?
「《勇者》・赫色」
刹那。
逡巡はない、本当の刹那。
秋元は聖剣を取り出して、珍しくユニークスキルを発動する。そして何故か、コチラをちらっと見て睨んでくる。
「本気を見せたことがなかったのは、私だって同じなのよ」
どうやら彼女は負けず嫌いらしい。
「じゃあ、これはお手並み拝見ってやつだな?」
「言うまでもなく、よ!」
刀身は赤く染まり、熱気を帯びる。
毒には毒を、炎には炎を。
──燃えている全てを、上書きして焼き尽くす。
『ハッ』
……物凄い威力だ。
生半可の実力者じゃ、いや、この炎を受けて無傷でいられる人間はこの世界には存在しないだろうな。
「やるじゃないか、僕なんてちっぽけに見えるぐらいには」
「そりゃあ一応、世界に一人だけの勇者ですから」
凛とした顔でドヤる秋元だが、自慢するのも程々にしなければならない。
時間は、ないのだ。
だって名前も知らない国の犬は、僕たちに向けて既に、再び、銃口を向けていたから。
……こんな修羅場でも動揺は見られない。相当、死線を潜り抜けて来たのだろう。
お世辞抜きで、積み上げられた重みってのが感じられた。
だが、僕にはまだ遠い。
「きゃ!? な、何するのよ!」
勇者を、いわゆるお姫様抱っこした。
「逃げるんだよ、ここから」
「いや分かってるわよ……でも、どうやって逃げればいいか分からないし」
「飛べば良い」
「はい?」
「しっかり掴まっててくれ」
───このまま歩いて出口に向かうとしたら、僕はそのルートを知らない。
だがジャンプすれば……高い所にある大きな穴から脱出することができる。
予想するに此処は火山の火口を模した、もしくはソレを作ったダンジョン。
「え? な、なに言ってるのよアンタっ!」
跳ぶ、空高く。
──脚をバネの様に力強く伸ばし、進んだ先にある洞窟の壁を蹴って、更に上へと飛んでいく。
「きゃぁああ!? ど、どんだけ筋肉バカなのよアンタぁぁああ!!!」
「……うるさいって」
大きな穴を飛び抜けて、大空へ駆ける。
穴の先は外であった。
というか東京であった。どうやら、僕たちは転移させられたわけではないようだ。
どちらかというと、こうである。
日本の首都のど真ん中に───大きな大きな火山が突然、瞬間移動してきた。
これが一番良い、この状態の表現の仕方だろう。
◇
火山の斜面をずり降りて、ようやく地面に着地する。奴等は追ってきていない。
「取り敢えず脱出できたな」
「はあ、はぁ、はぁ……ホント、勇者なんかより馬鹿力って何者なのよ」
「ただの冒険者だ。本気を出すと、ちょっと凄い」
「全然ちょっとじゃないわよ!」
そんな楽しそうな会話を交わしているものの、だが会場は変わらず地獄だ。
生命の気配は感じられない。ここから半径10キロメートル程の範囲の建造物は、大半が倒壊している。
それから黒煙を上げているか、燃え盛っている。
「にしても、これからどうするよ? 勇者」
「……分からないわよ」
取り敢えずと、ポケットに入れていたスマホを取り出す。色々と派手に動いたり、あの高熱の場所に一瞬ながらも留まっていたというのに、この電子機器の電源はついた。
奇跡である。
いいや、これも人間の高い技術力によるものか。
「こんな緊急時にスマホなんて弄っちゃって、依存症?」
「いや違うから」
そうかもしれないが、秋元の意見を認めるのは癪だから否定しておいた。
にしても、凄いな……。
僕のSNSに大量のメッセージが届いている。
「なによそれ?」
あんな事を言っていた彼女だが、スマホを覗き込んでくる。
「大量のメッセージだよ。多分、僕のファンからだ」
「こんなの見て、何になるのよ?」
「いや、何にもならない。ただ僕が注目されているんだなあ、と勝手に自己肯定感が増すだけさ」
「きもっ」
「……おい」
一旦、あのネオイロスの子を名乗った炎の男は思考から除外しよう。
まず考えるべきなのは、
「そんなことよりだよ、この状況を何とかする打開策を考えなきゃ」
「それはそうだけど……それには、こうなった原因を突き止めなきゃいけないじゃない」
そうだった。
魔獣が一体、どのダンジョンから出て来たのか。果たして何故こうなったのか。
どうすれば止まるのか。
ソレらを知らなければ、打開策など見出す事は出来ない。
ここで行き詰まった。
「あのさ、さっきの炎の男が──この惨状の原因なんじゃないの?」
どうだろうか。
最も頭を回したところで、低脳の僕に正確な答えは導き出せないのは明白だ。
だとしても……少しぐらいはヒントになるような回答が出てくるのではないだろうか。
ネオイロスの子。
「というかアンタ、ソイツのことを神の子だとかネオイロスだとか言っていたわよね。どういうことなの、それって」
……彼女は三宮の事情について知らないのだろうか? 研究所にて僕が彼女と話した時、秋元は離席していたから……その時に聞いていないのは間違いないのだが。
でも、違和感がある。
秋元は昔から研究所と縁がある様だし、僕なんかよりも先に聞いていてもおかしくないのに。
───僕にだけ話している、なんて事あり得るのだろうか?
もしそうだとして、
それに意味があるのだろうか。
ちょっと迷った末に、誤魔化すことにした。
「いや、急に頭に電撃が走ってさ……そんな事言っちゃったんだ」
「はあ? なにそれ、意味分からないんですけど」
流石に無理のある言い訳だったか? どうしよう。
「──お、居た居た。よーやく見つけたぜ、後輩」
そこで救世主が現れた。
先輩である。最強頭脳である。クロマチである。彼は後ろに三宮を連れていた。どうやら自分たちを探していたみたいな口ぶりだが……なんだ?
黒町は黒のショートパンツを履いて、白のフリルシャツで体を覆っていた。
三宮は白衣である。着ぐるみではない。
「クロマチがなんでここに」
秋元との会話を途中で中断させ、無理矢理にも話題を変える。
「そんなの決まってるだろ」
「え?」
そうだった。
僕たちはてっきり忘れていた。
「お前たちがいま、この最悪な状況の打開策を考えているぐらいお見通しなんだよ」
……この情報が何もない状況で、僕たちに考察の余地はない。打開策なんて、なおさら思いつく訳もない。
だが、彼はそんな次元にいる存在ではない。
最強頭脳にとって情報不足など、存在しないのだ。コチラの事情など説明しなくても、完璧に把握しているのだ。そらこそが、彼が彼である所以。
「そして、それと同じぐらい……この打開策は分かりきっているわけ」
───侮ってはならない。
……いける。
此処に居るのは実力者ばかりだ。
ふと見えてくるのは、この惨状の中の希望的観測。
これならまだ、どうにかなる。
僕や勇者だけなら魔獣を殺すしか叶わない、
だが頭脳組である最強頭脳と三宮さえいれば……もう、問題なんてなかった。
「じゃあ聞くよ、打開策っていうのは?」
「簡単だ。お前がオレの指示に従えば良いのさ」
「そりゃ楽だね。なんなりと」
じゃあ遠慮しねえぜ。と黒町は笑って、コチラを指差す。
「配信を始めろ───城里」
彼が示した打開策は、
僕に命じた内容は、
そう、5文字で表せるほどに実に単純であった。




