30『決着』
松永啓介の右手に握られているのは、見た事もないぐらいにはドス黒い黒剣だ。
いや、黒剣で黒くなかったら困るのだけれど。
「なんで国指定冒険者のアンタが……わざわざこんな所に来たんだ?」
「なに、ちょっとした野暮用だよ。お前が気にするほどではない」
気にするほどでもない、なんて言われてもな……。剣を持って自分を睨んでくる者がいたら、少しぐらい気にするというか、警戒するのは当たり前だろう。
しかも相手は国有数の実力者。
国お墨付きの冒険者・松永啓介だからな。
「……ただ一つ、お前に聞いておこう」
「というと」
「勇者はどこだ?」
疑惑が強まり、同時に体も強張った。
やっぱり国は国指定冒険者を使って勇者を──。
ダガーナイフを握り締める力が自然と増す。
「知らない」
「知らない、だと? お前は勇者と一緒にこのダンジョンへ向かったと聞いていたが……」
松永が開けた洞窟の中で、左右と辺りを見渡した。居ねえよ、此処にはよ。
心ではそう強気に出る事が出来る。
でも正直な話、どう答えるか迷った。間違いなくコイツは勇者に対する刺客である。
だから事実である『勇者とはぐれてしまった』と言うのは、流石に気が引けるし、僕自身がそれを許さないのだ。
此処で事実を言うのは、
無抵抗と等しい。
無抵抗と等しいというのは、
勇者を見殺しにするのと等しい。
最もこんな野郎に、あの絶壁勇者が負けるとは思っていないが……。
「4階層の調査を終えたから、先に彼女には帰ってもらったのさ。僕は修行も兼ねて此処に残ったわけ」
「ほう? 嘘じゃないな?」
「ああ、本当だ。真っ青な真実だよ」
嘘である。
彼は蛇の様に鋭い眼光で、コチラを睨む。
……授業で監視されている時にも思ったが、この人の眼力は強い。
純粋に怖くなる。
だが、そこで怯んでいる様ではダメだろう。
……別に冒険者として強いプライドがあるわけじゃないけど、怖くても立ち向かわなければいけない時は必ず存在するからな。
小さい事にでも立ち向かわなきゃ、その時が来ても対処することは出来ない。
分かりきっている。
それに、
「いいや、それは真っ赤な嘘だな」
嘘だとバレる未来も、残念ながら分かりきっていた。
松永は、
───音速にも及びかねる速度で、
コチラの真横に歩み寄り……、僕の首目掛けて黒剣を振るう。
国指定冒険者なだけあって、その速度や軽やかさは死神の技術を断然上回っている。
「そりゃ随分と良い加減な判断だと思うけれど」
だが勇者よりは少し遅かった。
これでアイツを倒そうって考えているなら、百年早い。いや甘すぎる。甘口カレーだ。
振り翳される剣に対し、僕はダガーナイフで対抗──弾き返す。
「それでも構わない。お前とその女は此処で死ぬからな」
「笑えない冗談だね、それは随分と──ッ!」
一旦距離を取ろうと後退するが、しかし彼はその隙をついて更に距離を詰めてきた。
「まじ?」
かなり無茶苦茶で、力技だ。
「やっちゃえ、ファンゴル……!」
『グルフゥゥゥぁ!!!』
突っ込んでくる松永に対抗する様に、ヒナが操っていたファンゴルを横腹に突進させる。
「む」
だが彼は華麗にジャンプし猪突猛進のファンゴルに乗っかったかと思えば、そのまま脳天へ黒剣を刺し込んで動きを停止させた。
ファンゴルは死んだ。
「あ……!」
「お前は動けないのか、ならばソチラから──」
暁ヒナの怪我に気が付いたのだろう、松永は彼女の方を向く。
「そうはさせねぇよ!」
彼が見ていない刹那にジャンプ蹴りを喰らわす。松永は相当吹き飛んだが、受け身を取られた様で……大したダメージにはなっていない様である。
「魔素の無い天才冒険者・城里学。……冒険者ホワイトか」
暗いこの洞窟の中で砂塵が巻き起こる。
唯一の灯りは暁ヒナと松永啓介の《点灯》のみだ。
「成程。やはりお前は逸材だ。魔素の無いその体で此処まで動ける奴は見た事がない」
男は言う。
正直、褒められるのは悪くない。
でも今はもっと大事な事がある。
「なあ。なんでかはともかくさ……、アンタ。勇者の命を狙ってるの?」
ついでに僕とか、この状況を見た暁ヒナも。
「……もしそうだとして、それを知ってどうする?」
「それなら僕は勇者を殺される訳にはいかないから、アンタを此処でぶっ倒すまでさ」
「ふむ。やってみろ」
ダガーナイフを構える、その瞬間。
「この際だから言っておくが、俺は───今からお前を殺すぞ」
松永の黒剣に紫光の電撃が流れ、纏い始める。大方、魔法による剣の属性付与・強化的なものか。
警戒するのに越したことはない。
「おいおい、手加減してくれよ」
「しねえよ、ガキが」
男は再び僕の懐へと迫り、更には連撃──幾千にも及ぶ斬撃を放ってきやがった。
まさに神業である。……でも問題ない。こういうパターンの攻撃は予習済みだ。
勇者との喧嘩で、な。
僕は普通に彼の剣劇をあしらっていく。
「っ……」
だが剣が電撃を纏っているからか、彼の黒剣と僕のダガーナイフが衝突する度に……手に痺れが生じる。
更にちょっとした問題が発生する。
技術はコチラの方が上である、自分で言うのは変な話だけれど……それは明白だ。
だけれど、武器の耐久力の違いで──コチラのダガーナイフが刃こぼれをし始めたのである。
なんとか持ってくれよ、僕の剣!
「ふむ。剣技で押しきれんか」
松永が唱えた。
「《紫侍》」
途端に彼の黒剣が双剣へと……いいや、二本の日本刀に形状が変化した。
一本で押しきれないから、二本ってことか? 力技も力技だな。
「日本刀の二本刀……そのダジャレは寒いと思うけど」
「静かに死ね」
次は大きく彼がジャンプした。大きく二つの日本刀を天へ掲げ、そのまま僕目掛けて振り下ろす──ッ!
そこで気がつく。
先程まで彼の剣から出ていた紫の電撃がなくなっていたのだ。しかもいつの間にか、彼は《点灯》の魔法も解除している。
──暗闇に紛れる黒い、双つの黒刀。
よく見えない。
これじゃ避けられない。
──ならば、
避けないまでだ。
「あ?」
「来いよ、国指定冒険者さんよぉ!」
「……何がしたいのか分からんな」
風切り音で分かる。
暗闇の中で、二つの日本刀が狂喜乱舞と……剣撃を繰り出していることが。勢いが強く直撃すればマトモではいられないことも。
裸眼では暗くて、闇に紛れる刀身はとてもじゃないけど見えないことを。
ダガーナイフを手放して、その場に落とす。
僕は目を瞑って両手をそれぞれ前に突き出し。全神経を空間把握に注ぐ。
「何やってるの、城里ッ!」
ヒナが叫ぶ。
黙っててくれ、これでも僕は"本気で避けない"つもりなのだ。
……来る。
何も見えない暗闇の中では目を瞑っても変わりはない。信じるのは聴覚、触覚、そして──第六感だ。
「ここだ」
何も見えない暗闇の中で、自分の感覚を信じて。
『掴む』。
「───本当にお前は、人間か?」
「ああ、そうさ。父さん自慢の……城里家の最高傑作さ」
暗闇の中で僕は紛れる二つの刀身を、右の手と左の手でそれぞれを掴む。
……成功した。
勢いを止める時に、刀の流れに沿ったので衝撃は最小限に収めたが……でも、やはり手の平から血が流れる感覚があった。
まあでも、上出来だろう。
「だがそれでどうする? これでは俺は攻撃出来ないが、お前もそれは同じはずだ」
「決まってるだろ」
「なに?」
「───コッチの仲間は一人じゃないってこと」
一瞬、彼はその言葉の理解に躓いたようだけれど。安心した。その後すぐに分かったようだ。
動きを止めてさえしまえば、コッチのもんなんだよ。
「やれっ、暁ヒナ!」
「いくよ城里っ、《魅了》」
ヒナのスキルによって粉塵が巻き起こり、僕と松永は例外なくソレを吸い込んでしまう。
彼女の粉塵さえあれば、勝利は間違いなかった。
最初にこの攻撃を使わなかったのは、例え使ったとしても……最初に避けられてしまえば、剣撃によって生じる風などで防がれてしまう可能性があったからだ。
「ぐ、あ」
「長ーいこと気絶しててね、松永さん?」
「……っ」
そのまま、何も言わず。
ただ僕と暁ヒナの姿を交互に見てから、彼はその場に倒れ込むのだった。
「は、はあ。気絶した……?」
「ああ、ちゃんと気絶してるから安心してくれ」
松永の意識が無くなったからか、二本の刀が元の形に、一本の黒剣に戻った。
ゆっくりと剣を地面に突き刺す。
そのまま、僕は後ろの方向、地面に倒れ込んだ。
……そーいえば、ネオイロス・ライトがいつの間にか居なくなっているし。
まあ、いいか。
少なくとも、最初の危険は去った。
「はあ、疲れた」
「本当にお疲れ様だよーっ、あの攻撃を避けない時はどうしたものかって思った」
「アレは僕も、流石にドキドキしたよ」
でも、どうにかなったから良かった。
あれで失敗していたら、そりゃあもう大変なことになっていただろう。
「……ん、アンタ。いいや、ヒナさん?」
ここまで戦った仲だ。
"アンタ"呼びだけは、流石に情が無いなと訂正する。今まで心の中にだけで留めておいた呼び名を使う。
「ヒナでいいよっ、私も城里って呼ぶからさ。というかもう呼んでるし」
「じゃあヒナ。アンタのスキルがなければ勝てなかった、ありがとう」
素直な言葉だった。
彼女のスキルがなければ、"殺さないで無力化"させるのは出来なかっただろう。
こうして平和的に彼を止められたのは、なにより暁ヒナのおかげであり、功績である。
苛烈なダンジョン攻略のせいで彼女のゴスロリは、すっかりとボロボロになっていた。
「城里こそ」
彼女と目が合った。
……あれ、なんかヒナの顔が赤くなってる?
「私のこと信用してくれて、ありがとね」
ヒナはそれだけ言って、そっぽ向いてしまう。……なんだそりゃ?
「あれー、此処って2階層じゃあ」
「本当ね、戻ってきてしまったみたい……って。なんで貴方がいるの? しかも、ボロボロで……って、しかも国指定冒険者をボコしてるじゃない──何してたのよ、アンタたちっっっ!!!」
落ち着いた頃、霧が再び濃くなり、そこから絶壁勇者と死神が現れた。
「あー、うるさい。うるさい。僕たちはこれでも頑張ったのさ、色々とはぐれてから大変だったし」
秋元も梅雨坂も疲れ気味である。
僕も同じだ。
ともかくこの霧は、ネオイロス・ライトの良心だろうな……。
取り敢えず此処から抜け出そう。
僕は事情を秋元に伝え、4階層には行かずにネオイロス・ライトから脱出することを決めた。
松永は僕が背負い、四人で固まって進む。
途中でヒナのパーティーメンバーと奇跡的に合流出来たので、みんなで歩く。
すると霧が再び深くなっていき、なんと入り口に戻る事が出来たのだった。
これから色々と面倒ごとが多そうだけれど──まあ、どうにかなるだろう。
ダンジョンを無事に脱出し梅雨坂と、暁ヒナのパーティと解散してから。
僕はそう思いながら勇者と共に、電車である所へ向かい始める。
まだまだ面倒ごとは多そうだ。
因みにだが、秋元は配信を続ける事が出来ており──この衝撃的な出会いは、配信界に衝撃を与えた。
冒険者ホワイトと暁ヒナが洞窟内で二人きり。
ホワヒナという新カップリングが生まれたのである。
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『えぐい』
『なんか暁ヒナの顔赤くね?』
『乙女顔じゃん』
『つーか、誰か後ろにいない? 倒れてない? 勇者さん、国指定冒険者って言った? まじ? 何してんの』
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視聴者数:198000
これにて、夢迷宮のダンジョン編は終わります。
次話から、新章突入です!
まだネオイロス・ライトについて謎がありますが、次の章でそれらは明らかになってきますよ!
(くるはずだ!)。
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