王子様、魔女にディスられる
魔女、ブチギレてます。
ヘンリーがいつの間にやらお茶を用意してきた。
魔女は出されたお茶を一気に飲み干すと、リチャードにおかわりを要求する。リチャードはヘンリーに用意を頼んだ。
ニールとレベッカはそれを見届けて、ようやく腰を下ろした。
「んで、話って何。」
魔女は話を聞いてくれるらしい。ついさっきまでの態度から取り付く島もないと思われたが、そうではなかった。
「我がグッドマン商会の会頭の子息、エリオット様の件にございます。なにやら眠りの薬を飲まされたようで、何をしても目覚めぬのです。医師の診察によると、森の魔女の特別な薬であろう、ということでした。我が国では未だ解明されぬ、未知の薬であると伺いました。そこで森の魔女と関わりの深い兵站長のリチャード様にご助力をいただき、本日は直接お願いに参ったという次第でございます。どうか、エリオット様が目覚める薬を私どもにお売りいただけないでしょうか。」
今までひとつも表情を変えずにいたニールは、同じ表情のまま魔女に用件を説明した。レベッカは未だ固まっているので、正面を向くので精一杯だった。
「アタシが誰かに売り付けた薬でそうなったんでしょ?解毒薬もなく、解決方法もなく、ずっとそのままとか思わないの?」
「はい。英邁なる森の魔女が解毒薬のない薬を売りつけるわけがないと考えましてございます。」
森の魔女が個人的に依頼を引き受けた話は多くない。恐らく魔女は誰に売った薬でそうなったのか知っているはずだ。覚えてないのか、興味がないのか、しらばっくれているのか。
かと言って、魔女を責めたところで解決するわけではない。そんな危ない薬を簡単に売るなと言いたいところだが、今、魔女の機嫌を損ねるわけにはいかない。ニールは続ける。
「薬で陥れられる者もいれば、薬で救われる者もいる。解決するには作成者本人である森の魔女を頼るしか策はございません。貴女はそれを見越して商売をされていると私は考えます。私たちが訪れるのを貴女はお分かりだったのではありませんか?」
魔女は不貞腐れた。悪巧みを親に見透かされてしまったいたずらっ子のようだ。
「だったらどうだって言うのよ。需要があって供給がある。商会の人間なら、それくらい当たり前なことじゃないの!?責められる謂れはないわよ!」
「責めているのではございません。最初に申し上げた通り、ご助力をお願いに参ったのでございます。どうか、解毒薬を私どもにお譲りくださいませ。値段は言い値で結構でございます。他にもご要望があれば、お応えする準備は出来ております。」
魔女は自分に出された菓子を食べ尽くし、リチャードの皿にも手をつけ出した。随分と傍若無人な振る舞いだが、リチャードは不思議と穏やかな顔をして魔女を見つめている。
「あっそ。でも、薬を売るか売らないかはアタシが決めるのよ。いくら金を積まれても、今のところ解毒薬を売るつもりはないわ。」
魔女は口をモグモグさせながら言った。リチャードは魔女の食べこぼしを片付けたり、口元を拭いたりして甲斐甲斐しく世話をしている。不思議な光景だった。
「理由をお伺いしても?」
ニールが問うた。
「あの男が気に食わないから。」
即答だった。どうやらエリオットと魔女は面識があるらしい。
「エリオット様のことをご存知なのですか?」
「あの男、私が街で買い物してるときにたまたまぶつかったんだけど、僕の気を引きたくてぶつかってくるなんて積極的な子猫ちゃんだね!とか言いやがったのよ!美しい君は僕にこそ相応しい!とか!それから街で会うたんびに言い寄られて、とうとうアイツの女と鉢合わせして大修羅場よ!!しかもアイツ、それを嬉しそうに見て、僕のために争わないでくれ!とか言ってんのよ!?信じられる!?付きまとわれて、こっちはいい迷惑だわ!何度も断ってんのに、あれくらいの顔でいい気になって、とんだナルシストよ!」
魔女によるエリオットの声真似は喋り方がよく似ていた。
魔女は引きこもっているわけではなく、度々街へ出ている。普通の年頃の娘がする格好をすれば、誰も魔女とは気付かないだろう。
遭遇頻度が高いのは、魔女が決まって街へ出てくる曜日とエリオットの休みが被っていたために起きた悲劇だった。
「そ、それは申し訳ないことを……」
さすがのニールも予想外だったようで、ことばをつまらせた。魔女はそれにも構わず、怒りが治まらないといった様子でエリオットに対する罵倒を続けた。
「その女が言うには、婚約者がいる上に他にもたくさん女がいるらしいじゃない!?なのに、アタシに声をかけてくるってどういう了見なの!?周りは誰も注意しなかったの!?甘やかしてんじゃないわよ!つけ上がりすぎよ、あの男は!!どういう教育してればああなるのよ!自分が愛されて当然って顔して、しかも連れてる女はみんながみんな顔がいいって、どんだけよ!選民意識丸出しじゃない!こちとらクソでクズで下半身だらしない男なんてお呼びじゃないのよ!あんなの世間に放流しないでくれる!?ほったらかしにしてきたアンタたちだって同罪よ!」
正論すぎてぐうの音も出ない。魔女の言うことは尤もだった。
マックスとニールはエリオットの素行に苦言を呈してきたが、本人に響いていないのが分かった時点で別の策を講じるべきだった。
レベッカだけでなく、ニールまでもが押し黙る。最早打つ手なしか、と思われたとき、魔女は突然レベッカに話をふってきた。
「ねえ、アンタ。さっきからずっと黙ってるけど、アンタ一体何しに来たの?なんでグッドマン商会はこんなの寄越してきたわけ?お話し合いなら、そちらの紳士で事足りるでしょ?アンタみたいな小娘送り込んで、何か意味あったの?」
「そちらのお嬢さんはエリオット氏の婚約者だよ。」
魔女は眉をますます寄せて、不快感を露わにした。
「ああーっ、そうっ!そうっ!同情を買おうってわけね!?女癖の悪い婚約者をそれでも心配してますぅー健気な女なんですぅーってか!お生憎様ね!アタシはそんなんじゃ絆されないわよ!!」
レベッカがエリオットの婚約者であることをリチャードは聞いていたが、魔女は知らなかったらしい。
何か言わなければ、これ以上事態が悪化しないようにしなければ、魔女を説得しなければ!
ぐるぐると回る思考の中で、言葉を選んだレベッカは叫んだ。
「わ、わたしは同情を買おうなんて思ってません!エリオットの女癖が悪いのも何とも思ってません!健気な女じゃありません!だって、わたし、エリオットのこと、好きじゃありませんから!!」
その場が沈黙に包まれた。向かい合わせに座る魔女やリチャードだけでなく、隣のニールや入り口に立っているヘンリーまでもがレベッカを凝視している。
レベッカは消えてしまいたくなった。とにかく否定しなければと思い、魔女の言ったことを全て否定したはいいが、なんだか余計なことを言った気がする。
無我夢中で叫んだので、自分が何を言ったか分からなくなり、集まる視線が突き刺さるようで尚更居た堪れなくなった。
「そう、だったのですか……?」
最初に沈黙を破ったのはニールだった。
「な、なな、何がですか?」
か細い声でレベッカが答える。
「エリオット様を好きではない、とおっしゃったことです。一体、いつから……?」
自分はそんなことを叫んだのか。レベッカは全身が真っ赤になった。
「い、いつから、と、言われましても…さ、さい、最初から、としか……。」
一度もエリオットに対して秋波を送ったことはない。そんな色気がある年齢でもないし、エリオットは婚約者なので、どんなにレベッカが嫌がってもいずれは結婚する相手。ならば、頑張る意味はない。好かれよう、媚を売ろうという考えにはならなかった。
「そ、そうだったのですか。それは……大変申し訳ありませんでした。」
ニールに謝られてしまった。レベッカは更にいたたまれなくなった。
エリオットの節操のなさを表現し切れなかった気がします…
もっと文章力と語彙力が欲しいです。
次回で魔女は薬を売ってくれるのでしょうか。
もう少し続きます。
お読みいただき、ありがとうございます。