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番外編:宝石虫の話



 ソファに横たわっていた紅野真守は、ぱちりと瞼を押し開いた。どこか居心地悪そうに体を起こす。すると彼の起床に気がついたのか、綺麗な女性が声をかけた。


「あら、起きたの?」

「ああ、うん……何だか、長い夢を見ていたみたいだ……」


 いまだぼんやりとする紅野を心配したのか、女性は静かに近寄ると、そっと彼の隣に腰を下ろした。不安げに見上げてくる彼女に向けて、紅野はそっと腕を伸ばす。


「大丈夫? あんまりいい夢じゃなかった?」

「……どう、かな。そうかもしれない。……君と何度も、巡り合う夢だった」

「わたしと?」

「うん。君は僕の叔母……母の、妹だった。すごく優しい女性で、歳の離れた僕は当然のように恋をしていた」

「あら、わたしが年上なのね」

「そう。だから僕はまったく相手にされていなくて……おまけに君には、とびきり優秀で将来性のある婚約者がいた。僕の恋は、無残にも砕け散ったんだ」


 そこで紅野は、彼女の体を確かめるように力を込める。


「でもその後、事件が起きた。僕が殺されそうになって、それを君が庇ったんだ。君は僕の腕の中で事切れて……僕は、みずから命を絶った」

「……」


 紅野の言葉に、彼女が抱擁を返す。生きていることを確認すると、紅野は少しだけ穏やかに微笑んだ。


「でも、まだ続きがあったんだ。僕はその後『死神』になった」

「死神って、死神?」

「どれのことを言っているのかは知らないけど、その死神だよ。人の命を回収し、新しい魂に生まれ変わらせる。僕は空っぽな心のまま、仕事だけをただ淡々とこなしていた。人の最期を見る仕事だったから、嫌なことは多かったけど……」

「どうして、そんな仕事を?」

「君に、会いたかったから」


 夢の中の紅野に残されていた、たった一つの希望。

 残酷な選択をして、紅野の前から去っていた彼女に、どうかもう一度だけ会いたいと願った。そのためにどんなつらい仕事でもこなしたのだ。


「そっか、夢の私も生まれ変わっていたのね。それで会えたの? わたしたち」

「……会えたことは、会えた。でも君は前世の記憶を失っていて、すでに多くの人から愛されていた」


 いけすかない幼馴染に、自分の気持ちに鈍感な医者。彼女の愛に気づかない剣士に、無遠慮に愛を叫ぶ若輩者。

 今腕の中にいる彼女にはとても言えないが、夢の中の彼女――四宮春菜は、彼らに恋をしていた。

 だが自分との関係は前世で終わったと紅野も理解していたため、彼女の新しい人生に口を差し挟むつもりはなかった。

 ただ一度だけ、彼女を助けられればいいと思っていたのだ。


 しかし紅野が結んだ契約のせいで、彼女は前世の記憶を取りもどしてしまった。

 死神の仕事は前世の記憶を封印し、新しい生命を与えること。そこに綻びを生んでしまった失態はもちろん、彼女と紅野が前世で関係があったことも知られてしまった。

 結果として紅野は再び命を――今度は、人にはなれぬと定められたまま、奈落の果てに突き落とされたのだ。


「……大丈夫? よほど怖い夢だったのね」

「すみません。……ただの夢だと分かっているのですが」


 無意識に体が震えていたのだろう。彼女は紅野の背中を優しく撫でてくれた。その手のひらの暖かさに、あれはやはり悪い夢だったのだと安堵する。

 そして同時に最後の最後につかみ取った幸せな時間のことも思い出した。


「でもその後は、それほど悪い夢ではありませんでした。僕は小さな猫になっていて、どこかに捨て置かれていたところを、君が助け出してくれた」

「夢のわたし、いい仕事するわね」

「ここにいる君も、きっと同じことをするでしょう?」


 紅野の言葉に、二人はふふと笑いあった。


「それからしばらくは、幸せな日々でした。君は僕だとは気づいていないようでしたが、そんなことがどうでもよくなるくらい、大切にしてくれた。あの時僕はようやく――救われた、と思ったのです」


 ぽつりと零した紅野を、彼女は再び抱きしめてくれた。小さな手が紅野の髪を撫でるたび、猫だった頃の思い出が甦るかのようだ。


「じゃあ真守は、最後は幸せだったのね」

「はい。とても」

「良かった。やっぱりどんなお話でも――最後はハッピーエンドがいいものね」






 ある日、神様は地上に降り立ちました。

 素晴らしい踊りの名手はどこか、と動物たちに尋ねます。ですが皆は一様に首を傾げ、同じことを口にしました。


「あの踊り手は、神様の元に向かったと聞きました。神殿で幸せに暮らしているのではないのですか?」と。


 それを聞いた神様は驚き、神殿に戻って問い正しました。そこでようやく、以前に姿を見た一匹の虫が、その踊り手であることに気づいたのでした。

 神様は嘆き、自身の浅慮を深く反省しました。

 そして虫が次に生まれ変わった時は、その技量に見合うほどの美しい体を与えることを誓いました。


 やがて時は流れ、地上には宝石のように美しい甲殻を持つ、一匹の虫が生まれました。 虫はたいそう踊りが得意で、艶やかかつ複雑な動きに、誰もが魅了されました。

 その評判は神様の耳にも届き、虫は神殿に呼ばれることになりました。そうして神様の前に立った時、神様はぼろぼろと涙を零し、こう告げたのです。


「ごめんね。ずっと待っていた。生まれ変わって来てくれてありがとう」と。


 虫は最初、何のことかさっぱりわかりませんでした。

 ですが目からはとめどなく涙があふれ、止まる気配がありません。

 ようやく泣き止んだ虫は、堂々と胸を張って踊りを披露しました。神様はそれを見ながら、何度も素晴らしい、素晴らしいと喜んでくれました。

 そうして虫は神様のすぐ傍で、その短い命が尽きるまで、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしたのでした。



(了)


 

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