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「そういうわけで陛下、王立学院の編入手続きしてください」
「まてまてまて」
夢を見たその翌日に、陛下と内密に謁見した。
聖女はいつ何時でも陛下に報告できる。
災害や、戦争、干ばつなど緊急事態にいち早く知らせる必要があるからである。
今朝早く神殿と城の王宮の取り次ぎをしてもらい、陛下に夢の内容を説明し、王立学院に潜入の要請をしていた。
いつ来ても王宮の中は荘厳ときらびやかさが同居している。
神殿に少しでもこの華やかさを取り入れてくれたらと恨めしくなるが、今はそんなことを考える余裕はなかった。
なぜならここは陛下の寝室なのだ。
誰にも見られてはいけない。
以前戦争の未来を見た時も早朝で、取り次ぎの側近だけしか見られないよう、陛下の私室に案内された。
三人の子供をもつ陛下は今年五十三になるが、朝たたき起こされたため、
寝間着姿でむくんだ顔をこすりながら、状況の整理に尽力している。
「あと王立学院の見取り図と、敷地内の風景画を見せて下さい! 私を殺しそうな犯人もリストアップして!」
「それは見せる。だが編入手続き…はええと、ちょっと待って、なんでそんな話になったんだっけ…」
「だから犯人を見つけ出すのです!」
ベッドの中で上半身を起こした体制のまま頭を手に添え、陛下は寝起きのぼんやりした頭を急ピッチで起こした。
「私が寝起きだから変なことを言って騙そうとしてるんじゃないか…ちょっと頭が回らない…」
「陛下、早朝からこんな冗談を言うと思っているのですか。早く目を覚ましてください」
わかったから少し待ってくれ、と懇願して、目をつぶったまま扉に控えていた側近を呼んで、コーヒーを持ってくるよう告げる。
昔はかなりの美男子だったという話を聞いたが、今ではただの中年にしか見えない。
「コーヒーなど飲む時間はありませんよ。あの夢は春の昼間の中でした。早くしないとあっという間に春なんかきちゃいます」
「だからってなんで殺される場所にわざわざ行くのかなあ。君、そんなに死にたいの」
「そんなわけないでしょ。まえにも説明したじゃないですか」
未来を視るということは、確実にその未来が訪れるということだ。
私が殺される未来も春に、必ず起こるだろう。
だが殺される未来を、阻止し、殺されない未来にぎりぎり修正することは出来るのだ。
私が春に誰かに殺されるのが確定した今、一足先に犯人を捜し出して、学院で待ち受けなければいけない。
そうしなければ私は春に本当に刃物で刺されて死ぬ。
ただ難しいのは、未来に私を殺す犯人を、過去の私が探さなければいけないということだ。
私が視えた予知夢の情報と、私が死んで得をする者たちを見極めて、ありもしない殺人の犯人を捜し出す。
朝から感じる悪寒を気取られないように、なるべく冷静に振る舞った。
「私が殺されそうになる未来はどうしてもあるものだから、変えられないんです」
「…ああ、そうだっけ」
「それをいつ、どこで、誰に、変更して、いかに私の死の確率を低めるかが問題なんです」
「そうか、そうだったかね」
「神殿にいても殺される可能性は大いにあります」
「なるほどね」
「つまり犯人は、私を殺す未来を、私に突きつけているのです。せこいやりかたです。
聖女の私を挑発しているのです。早く見つけないと殺すと」
「でもこういうのもあれだが、君にはかなりの護衛を蔭からつけているんだけどね。
それをかいくぐって殺せるとなると…そんな人間いたか」
「私がいなくなれば得をする人間がたくさんいますから。犯人をしぼるのはかなり時間を有します。
なので、あえて学院で私をおとりにして探したほうが早いと思うのです」
「それで本当に刺されたらどうするの」
「どうせ刺されるのはわかってますもの。どこでも一緒です。春になったら、学院に王宮医師を常駐させておいてください」