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四時三十分

 佐橋さんが屋敷へ戻ってきた。残りは村長さんと番頭さんだけだ。そこで佐橋さんにも奥さまからこれまでの経緯が語られたが、説明が簡略化されてきているのは否めなかった。


 話を聞いた佐橋さんは、どうにも感情のやり場がない様子だった。すでに周りは沈痛な雰囲気が漂っており、今さら声も上げられないという感じである。


 しかし美千代はというと、佐橋さんの生還にほっと胸をなで下ろすのだった。今も殺人鬼は島に潜んでいるわけで、息を殺しながら次なる獲物を狙っているかもしれないのだ。


 知らせに行くわけにもいかず、ただただ無事に帰ってくるのを待つしかなかった。でも、こんな風な気持ちにさせるのは、やはり佐橋さんだけで、村長さんや番頭さんとは心の揺れ方が決定的に違った。これはなんだろうと、美千代は場違いなことを考えてしまうのだった。


「ぼくと義男くんは、まず蒸し風呂の方を見て回りました」


 佐橋さんによる説明が始まった。


「先生に……」


 そこで黒川先生のことを思い出したのか、言葉に詰まった。気を取り直して続ける。


「黒川先生に言われていたからです。結果は特に異常はありませんでした。小屋の周辺も捜しましたが、人影も何もありません。それから、義男くんとは別々に捜すことにしました。義男くんには牧場の林の方を捜してもらい、ぼくは牧場の小屋や、牛舎を見て回ることにしたんです。ちょうど牛の様子も見なければいけなかったので」


 そこで突然、清さんが割り込む。


「人がいないっていう時に牛の世話か……」


 皮肉を皮肉っぽく呟くのだった。


「悪いですか?」


 佐橋さんも引かなかった。


「悪いなんて誰も言ってない。ただ、のん気でいいなって思っただけだ」


 ああ、やっぱり馬渡清という、この男の人は、いつもこうなんだ。他人に喧嘩を吹っかけないと気が済まない性質たちなのか、なんにでも突っかってしまうのだろう。しかし、今回ばかりは佐橋さんも黙ってはいなかった。


「牛の世話を途中で投げ出すような人には何も言われたくありませんよ」

「なんだと?」


 清さんと佐橋さんが睨み合った。


「二人とも静かに」


 すぐに奥さまの諌める声が飛ぶのだった。


 さすがに奥さまの前では、清さんも佐橋さんも取っ組み合いの喧嘩にはならなかった。それでも、二人とも何かに当たりたいという気持ちは今も発していて、お互いに喧嘩相手は誰でもいいという感じだった。


「清さん、あなた島を出て変ったわね。それとも戦争のせいかしら」


 奥さまはそれだけ言うと、今度は佐橋さんに向き直る。


「勇くん、続けて」


 そう言って、佐橋さんに話の続きを促した。清さんは奥さまのひと言で俯いたきり顔を上げなかった。佐橋さんもさっきまでの苛立ちが顔からすっかり消えてしまった。


「勇くん?」


 奥さまがさらに促した。


「あ、はい。ぼくは牧場の方を捜しました。それからしばらく捜しましたが、何も見つからず、雨が降ってきたので、雨脚が弱くなるのを待って屋敷へ向かいました」


 奥さまが、今度は美千代に話し掛ける。


「沢村さん、何か訊いておきたいことはないんですか?」


 美千代もすっかり委縮していた。奥さまは、まるで何事もなかったかのような態度なのだ。はじめて会った時と変わらない。夢でも見ているのかと思うくらいである。やはり首狩り島の女王は、女王だった。


「あの、はい、そうですね――」


 奥さまを前にして、美千代は緊張して、声が若干震えるのだった。


「捜索の途中で、誰かを見掛けたり、不審に思うようなことはありませんでしたか?」

「いや、誰も。といっても、林の方に入ると、どうしても草や葉で周りが見えなくなるから、そこは仕方がないんだけど。うん、帰り道も、誰も見掛けなかった」


 答えた佐橋さんの声も緊張していた。


「そうですか」


 訊きたいことは、それくらいしかなかった。


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