四時
英屋敷の三十畳もある大広間にいるのは奥さま、伊月ちゃん、幸子さん、美千代、サトルの六人である。村長さん、義男くん、番頭さん、佐橋さん、清さんの五人はまだ屋敷へ戻ってきていなかった。
美千代は奥さまから借りた外行きの洋装に着替えていた。サトルも誰のものか分からないが、男性用の服を借りて着替え済みである。それもありがたいことではあるが、それより大広間へ来る前に、伊月ちゃんの無事を自分の目で確かめたことの方が、なにより美千代を安堵させた。
先ほどから美千代の心境は目まぐるしく変化していた。悲しんだり、怒りが湧きあがったり、安心したり、喜んだり、こんな経験は生まれて初めてのことだった。
大広間では、まず美千代が奥さまに、これまでの経緯を話した。それは土門さんの死体の発見状況と、黒川先生が殺された状況である。艀がないことも報告した。
正確にいうと、艀がないことを確認してから黒川先生が殺されたということを順番通りに話したということだ。つまり、まだ犯人は島に潜伏しているということである。それについて注意を喚起することも忘れなかった。
話を聞いている間の奥さまの顔には、変化という変化が表れなかった。それはすでに報告したことを簡単に説明し直しただけということもあるが、別のことを考えているようにも見えた。
次に、幸子さんが美千代に話したことを繰り返した。行方不明の者は見つからず、雨が降ってきたから屋敷へ向かったという話だ。
続いて、美千代が奥さまの話を訊く番になった。こういう場合、何から訊けばいいのか分からないが、とりあえず知りたいことから尋ねるのだった。
「奥さま、これは答えるのが難しい質問かもしれませんが、神主さんが何時に雨戸を閉めに行ったのか分かりますか?」
奥さまが思い出すように話す。
「そうですね、わたくしもそのことを考えていました。三時の時点で雨が降っていたことは憶えています。ええ、あれは半田さんが、『やっぱり降ったでしょう』なんて話していましたから。時間まで言い当てて、それはもう得意げでした」
奥さまが記憶を辿る。
「しかし、その時はまだ本降りという感じではなかったので、捜索に出た者は大丈夫だろうか、などと話をしていたのです。それから、これはみなさん外にいたから分かっていると思いますが、突然豪雨になったじゃありませんか。それで半田さんが『雨戸を閉めましょう』ということで、席を立ったんです。それがちょうど三時十五分でした。ええ、その時、時計を確認したのではっきり憶えています。外にいる人たちのことが気になったので。せめて五時になっていればと思いましたよ」
自然な息継ぎで、さらに続ける。
「半田さんもあの通りの方なので、わたくしが雨戸を閉めに行くと言ったんですが、わたしはここにいるようにと、まぁ、捜索に行けない代わりに、わたくしたちを守ることで責任を果たそうとされていたのでしょうね。もし仮に、わたくしが行っていたかと思うと、言葉もありません」
そこで奥さまは、ゆっくりと目を閉じた。
「これは、まずいな」
その場にいる者の目がサトルに集まる。
「なにが、まずいの?」
尋ねたのは美千代だ。
「時間だよ。黒川先生は僕たちが洞穴の中にいる二時から二時半までの間に殺された。そのあと、神主さんは三時十五分から三時四十五分までの間に殺されているんだ。つまりだよ、その二人は最短で四十五分、最長でも一時間四十五分の間に殺されているんだ。これは、まずいよ」
サトルは左手で額から頭を押さえ、そのまま抱え込んでしまった。
「どうして? わたしたちは南の洞穴の入り口から屋敷まで、一時間十五分で辿り着いたんだよ。それより三十分も余裕があるじゃない。歩けば二時間の距離なんだから、ちょっと走れば充分な時間でしょう?」
美千代の尤もな意見である。しかし、サトルは首を振る。
「いや、屋敷に行くだけなら問題ないけど、その時、屋敷までの道の上には、ここにいる女中さんが歩いていたんだよ。女中さんに見つからずに、追い抜いて屋敷に向かうなんて、一方通行のこの島では不可能なんだよ」
そこで幸子さんが口を挟む。
「はい。仰る通りでございます。あたしは三時前には旅館から屋敷へと向かっています。途中の大雨で周りが見えづらいというのもありましたが、人が追い抜いていったということはございませんです。はい」
そこで美千代は考える。時間と距離の感覚なら誰にも負けない自信があった。
「ああ、サトル、やっぱり不可能じゃないよ。だって、二時に黒川先生を殺害して、走れば二時半に旅館に辿りつけるんだもん。そこから同じ時間で折り返せば三時には屋敷についてしまう。反対に余裕があるくらいじゃない」
すかさずサトルが反論を試みる。
「いや、雨が降って、女中さんが屋敷に戻るのは、本人以外には誰も想定できないこと。途中で目撃されたらお終いじゃないか」
美千代も反論する。
「サトル、相手は大の男を三人も殺しているのよ。目撃されることを恐れていると思う? 途中で誰かと出くわしたら危害を加えて終わりなの」
そこで幸子さんが声を上げる。
「あたし、もしかしたら殺されるかもしれなかったんですね。もう少し早く雨が降って、もう少し屋敷へ向かうのが早かったら、神主さんじゃなく、あたしが……」
そこで口をすぼめてしまった。
そういうことだ、と美千代は思った。自分だって、洞穴から出てくるのがもう少し早かったら、まとめて殺されていたかもしれない。そこの意識がサトルと決定的に違うのだ。当のサトルは、例によっていつものように首を捻ったまま固まっているのだった。
「どちらにせよ、危険な状況であることに変わりはないということですね」
それまで黙っていた奥さまが言った。そこで柱時計を見る。
「そろそろ豪雨があった時間から一時間が経過します。雨で捜索をやめたなら、ちょうど帰ってきてもいい時間です。全員無事だといいんですが」




