脱出、それからそれから
「はっ…はっはっはっ…!」
さて、残すところ後1時間だ。
後1時間すれば休憩時間に入り、一度体勢を立て直すことができる。
現在僕は宮内さんと一緒に学校中を駆け回っている。
しゃがんで!
と頭に声が響いた瞬間二人揃ってしゃがむ。すると間一髪、斬撃が入り、廊下の壁ごと横にぶった切られる。
「くっそー!またよけられたー!まてー!」
どこからかうっすらとそんな声が聞こえるような気がする。
もうこの逃走劇が始まってから早1時間。まだ仲間は誰一人欠けてはいない。
「あっ!そこ!」
とまた声が聞こえ、
廊下に左右に分かれて左側は飛んで右側は飛んでその後真ん中に!
「えーと、えーと!」
「急げ!来るよ!」
避ける避ける避けまくる。
ええと、これで合計十発か!
「よし!後二回分だ!なんとか耐えろ!」
と自分で言うが、もうこれは無理なんじゃなかろうか、もう駄目かもしれないと思い始める。
りょーかい!
と、頭の中にみんなの声が響く。
その声だけが今僕が踏ん張れる唯一ブレーキだった。
このまま誰一人リタイヤせずに生き残るのがベストだが、はたして_____
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
逃げ回る少し前、ある教室で隠れていた時。
全員の動きは結局、動くか動かないかが決まらなかった。どちらにしてもリスクは同じだ。だったらと小鍋さんが、
「じゃあ路木くんの話を踏まえて今度は動いてみたらどうですか?私たちは全員がバラバラの位置にいたからこそ、こうして今生き残っているわけですし」
という意見で動く事にした。
ただし、一人だとこの戦力では敵に出会った瞬間にゲームオーバーなので二人一組の行動とした。
ただ一人の男子である僕は一番運動神経のいい宮内さんと。
後は戦力が均等になるように、坂名井さんと小鍋さん。
牛飼さんと愛沢さんという組み合わせになった。
「それじゃー今更かもしれないけど路木君が会った二人組には気をつけないとねー」
それは本当に今更過ぎる発言であったがその発言のおかげで全員が命拾いをした。
その二人組の二度目となる襲撃に反応が出来た。
ピシッ
と扉がない方の、つまりは普通の教室でいう窓側の壁から真横に亀裂が突然出てきた。さっきはガラスだったから一発で切れたが、壁を一撃で切る威力はないらしい。助かった。
その時には全員がそれをこえるようにして飛び跳ね、その直後に壁が切られる。幸い、低い位置での斬撃だったので、すぐに体制を立て直し、ガラガラと音を立ててもう見なくてもわかる、二人組の襲来にしかし、シルエットが出る前に一目散に逃走を開始した。
まず小鍋さんと坂名井さんが。その次に愛沢さんと小鍋さんが。その後に宮内さんと僕は、逃げ切れなかった。
いや、宮内さんは逃げれたのだが、動かなかった。多分、僕を見捨てていけないという判断だろう。残りのみんなもそれを判断したのか、より一層速度を上げて逃げた。
肝心の逃げ切れなかった僕はというと、見事に立ったまま、一歩も動く事が出来なかった。うん。これは男子と女子の行動力の差を見せつけられた気分になった。
もちろん、僕も他に負けず劣らず逃げようとはしたのだが、その前に、少年と思われる方からの一言で、体が縫い付けられたかのように動かなくなった。わざとらしく、いやに僕に聞き取りやすいように、
「しつもんが、ある」
と言った瞬間に完全に動かなくなった。
「………?」
いや、落ち着け。着いちゃ駄目だけど落ち着け。僕は敵の能力の怖さにびびって動けないなんて事はないはずだ。
ましてや、みんなよりも行動が遅くなるなんてありえない。
火球や斬撃が来るなんて想像をしている暇はない。それくらいはとっくに腹をくくってる。
だとしたら何かの能力なのか?金縛りか?もう一人追加でいるとか?いや、そんな人は確認出来ない。ならば目の前の二人の能力だと考えていいだろう。いや、それも違う。だって二人の能力は既に判明している。だったらもしかして能力を二つ持っているかもしくはそれに準ずる能力だったとか?
考えろ。
少年が一歩近づくまでにたっぷりと考える時間がある。
二つの能力を持つというのは当たっているかどうかわからないけれどフェアな勝負だと言っていた以上、例外的な能力じゃないのか?この少年たちはどれくらいの強さの位置にいるんだ?ああ、もう全然全体が見えない!
一歩。
だったら今度は別の視点からだ。いつから僕は固まったかだ。これは少年が僕に話しかけてきたときだろう。いやに聞き取りやすいように言ったのが証拠だ。みんなにも確実に聞こえていたであろう声量だったのにもかかわらず、固まったのが僕一人というのは僕が一番少年に近い距離にいたからその能力、金縛りとすると、にかかったというわけか?つまり、かけられるのは一度に一人というわけか?距離だと今僕の真横にいる臨戦状態の宮内さんも動けなくなっているはずだが、そんな様子はないところをみると、どうやら僕の考えはほぼ当たっているとみて間違いないだろう。
一歩。
一人にしかかけられない金縛りなど、対多数戦ではあんまり使い勝手は良くないだろうことを考えると、動きを止めるのがメインではないと考えるのはどうだろうか。例えば相手を拘束するために動けなくするみたいな。あ、これは違う。少年が発した言葉がキーとなるなら拘束するのにわざわざ『質問がある』という言い方はおかしい。別に止まれ、でもいいはずだ。だとしたら問題は『質問がある』という言葉の方だ。
一歩
ええと、つまりそれはどういうことなんだ?質問をするために相手を動けなくする?こんな事を言うのもなんだがしょぼくないか?質問なんていくらでもごまかしが効くものを…ちょ、ちょっと待った。話の論点がどんどんずれてる。今考えるのは敵の能力ではあるのだが、具体的な能力の内容よりは僕がいかにして行動できるかという方が大事だ。そっちに思考をシフトしろ。
一歩。
つまり、まあ仮に質問をする間動けないとしよう。別に質問しなくても固まっているんだから煮るなり焼くなり(切るなり焼くなり)好きにすれば良いが、しないという事はこの能力発動中は敵サイドはほかの能力が使えないというご都合主義なものだとしよう。だとすれば質問が終わればまた攻撃が来るに違いない。いや、その前に宮内さんにも質問をするか。一人ずつしか聞けないだろうし、僕一人では動けないから…は知らないだろうにしてもそうする可能性が高い。ならば、
一歩。
小鍋さん!
頭の中で彼女の名前を叫んだ後、
宮内さんに繋いで!
という言葉を思い浮かべる前に頭の中でプツッと音がする。
一歩。
宮内さん!
うわびっくりした!何?路木君?
一歩。
今から敵が僕に質問してくるだろうからその質問が終わった瞬間に耳を塞いで!
一歩。
え?え?どゆこと?
一歩。
いいから!とにかく従って!
で、でも何個質問した後に耳を塞げばいいの?
一歩。
………!一個!
わかった!
プツッと切れる音がする。
一歩。
よしこれで一瞬隙ができる。その間に何としても逃げ切る!
と、ここで敵が十歩程歩いただけで動きが決まるという驚異の動きを見せたが、それでも恐るべきことにまだ敵がこちらに来るのに後数歩残っていたというところである。ここで僕は再びさっき停止した考えを改めて考える。
そうか、宮内さんのお陰で気づいたが、質問が一個で済むとは限らないじゃないか。むしろ何個も質問が出来るのならば動きを止める意味があるが、しかし思ったがそれも全部嘘を言えばあんまり意味がないような…嘘?
あ。あ!
い、いや、そ、それはないだろう。
突然閃いたある考えに全身から鳥肌が立つ。それと同時にほとんど僕にはこの金縛りの意味が、能力が、使い方が、余すことなくわかってしまった。
わかって、しまった。
……………最悪の仮説をしよう。
今、僕は自分で質問をされても嘘をつけばいいと思ったが、もし、もしもだ。
嘘をつけなかったら?
質問に対して、真実を言うまで動けないなんていう能力だったら?
それなら、質問をするために動きを止めるというだけのしょぼそうなというイメージは根底からぶっ壊された。
そんなの…チートアイテムじゃないか。
だけれども、フェアと言っていた言葉を疑ったわけでは決してない。寧ろ信じたからこそこんなとんでも発想が思いついた。僕らもよく知っていた。いや、ついさっき知った。そんなチートアイテムを。
それは僕らの持っている宝である。
無制限の無限移動。時間という概念を無視した、超高速移動。
なんでこんな物が宝にと思っていたが、そんなもの当たり前だった。
なにせ敵にも同じ力の能力があったのだから。
まるで、鬼ごっこのような能力だ。鬼と逃げる側の勝負。こんな物制限時間がないのならば圧倒的に鬼の有利なのだが、有利なのは逃げるこちらである。だって敵はタッチではなく、捕まえたと言わなければならないのだから。しかも逃げる側はそれを聞かなければ、聞こえなければ逃げ続けてもいいなんてこちら側が有利過ぎる。しかも相手はこちらの能力すらも多分、予測できていないのに。どこがフェアなのだ。こんなの、目隠し付きの幼稚園児が、大人を捕まえるようなものじゃないか。
一歩。
ついに目の前にあの少年が立った。
僕らが守るべき宝を隠し持ちながら。
実際、僕の考えはほぼ的中していた。能力も、内容も、完全に把握できていた。
ただし、僕の精神的ダメージは計り知れないものとなっていた。
こんなにも有利なのに、それを活かせず二度も失態を犯すのは僕の心を折るのには充分すぎた。
それでも、万が一、億が一にも僕の考えが全く違う、的外れすぎる事を考え、全てが空回りで一から考える方を望んでいたが、そんな奇跡、今までの僕の行動からして期待できるものではなかった。
しかし、しかしながら。
僕がこの一回戦を勝とうが負けようが、先にリタイヤしようがしまいがいずれ知った事だが、やっぱりルールはフェアに作られているようだった。
先程の例えで言えば、目隠しの幼稚園児はマシンガンを、もしくは大砲を、もしくは核爆弾なんてものを持っていて、鬼ごっこでも、ドロケイ、ケイドロであっても逃げる側は復活できるというチャンスがないという弱点もきちんと持っていた。
僕が思っていた真実を言うまで動けないという能力よりもワンランク上だった。
少年はこちらの目を見て、
「ぼくらのたから、もってない?」
という質問に対して、僕は馬鹿真面目にも、すぐに、1秒のタイムラグもなく、
「僕は持ってないよ」
と、声に出していた。
真実を言うまで動けないよりもワンランク上、
言うならばそれは強制的に、真実を言わせるという能力だった。
それに僕は驚きつつも、だけれどここでもうそんな事を重要視する程僕の心は頑丈ではなかった。
「ふーん。じゃ、つぎ」
しかし、僕の相棒は全くそんなものとは無縁だった。
言われた通りに耳を塞ぎ、あの少年の声を一文字でも聞く前に、僕を教室の外にぶん投げ、混乱した僕に一瞬で追いつき、尚且つ僕の背中をぶっ叩いた後、
「逃げるよ!」
といい、あの二人組からまたしても逃走を成功させるのだった。