その2
屋外のサイレンやパトカーの警報など、今さら無意味だった。
カウントダウンの数字は刻一刻と秒を少なくしている。もはや四十分を切っていた。
さすがに早紀も事の重大さから逃れられない運命を、感じて床に座り込んだままだ。カオスはそんな彼女の側に立ち尽くしている。
どうすることも出来ない。
救うための用意をするには、時間が余りにも足りなさ過ぎた。
空には真っ赤に燃え落ちてくる物体が、丁度太陽と並びんでいる。間もなく太陽は、邪悪な岩に隠れてしまうのだろう。
クルスは屋外に飛び出し、半ば狂乱していているように、壊れた受送信機を更に砕いていた。追うように関口も出て行ったが、辺りの光景を見て棒立ちしている。スマホを見て空を見上げている者、逃げ惑うどころか、写真や動画を撮ろうとして翳している者、泣きじゃくっている者、理由がわからず彷徨いている者たちが一帯に溢れていた。
関口も空を見上げる。太陽が二つあった。
「もう、無理なのね。死んじゃうの、私たち」
廊下にへたり込んで涙ぐむ早紀の側で、カオスはひたすら佇む。男はその姿を見て、他の惑星で起こっている侵略の悲惨さを感じた。
武カによる最大の犠牲者は一般市民だ。宇宙の紛争に巻き込まれているここにいる人たちは、何も罪はない。これ程理不尽なことが有るのか。自分が犯してきた行動も、この様な不条理であったかもしれない。
「おい、カオス」
先程までグランドにいたクルスが窓際に立っていた。青い顔をしている。
「お前は半人間体だ。隕石が落ちて体が無くなっても意識の集結体として存在出来る」
訝しげな表情でカオスは見つめた。
「何が言いたいのですか」
「この事態は俺のせいだ。せめてもの願いを聴いてくれ。お前の能力で、ここの奴らの苦しみを失くしてく欲しい」
「クルス……」
深く考え込むカオスは、早紀の肩に手を伸ばした。気配を感じた彼女は男を見上げる。
「一ノ瀬君……」
人差し指を早紀の額に、そっと当てた。彼女はなすがままだ。その指は動きを止める。
確かに、人々の死への恐怖と苦痛を精神のコントロールで和らげることくらいは出来る。笑いながら最後を迎えることも可能だ。だが……。
考え込むカオスは指尖を折り曲げて拳をつくった。
「姫はそのようことを、決して望んでいない」
そう、最期まで諦めない。僅かの希望が有れば待ちたい。衝突寸前まで待ちたい。この身体を失くしても、信じたい。発動するのは、その最後の時でも遅くない。
早紀から離れたカオスは、窓から屋外へ勢い良く飛び出す。クルスが驚いて道を開けた。
「カオス!」
冷静さを欠く表情を男は見せる。
「どうした! ひと思いにやってくれ!」
「クルス。僕はまだ姫のことを……、僕の忠誠を誓うリオン姫の想いを信じているのです」
開いた口が塞がらないクルスは、顔を緩ませて大きなため息をする。
「つくづく幸せな奴だな。でも隕石はもう頭の上だ。全部吹き飛ぶぞ」
カオスは歩き出した。その先のグランドには関口がいる。彼は空を見上げたままだ。
「関口、くん……」
「やってくれるよな、あいつ」
その瞳はまだ諦めていない。カオスも同じ方向を見つめる。
目前に迫った隕石は勢い良く燃えていた。百メーターを超える火の玉は、狼のように襲い掛かろうとしている。
「姫……、どうか返事を……、返事をして下さい」
*****
小刻みな振動とともに、横たわる頭上から声がする。それは達成感に浸りながら深い眠りにつきたいと思った時だった。再び身体が揺り動かされる。重い瞼をゆっくりと開けた。白色の明るい照明だった天井が突然、暗くなる。ピンぼけだった視点が合った。
「私がいる……」
「莫迦者。わらわじゃ、そちの姉だ!」
「……ア、アデン?」
薄目だった瞳が大きく見開いた。両肩を激しく揺さぶられている。
「早く起きぬか、リオン!! 寝惚けている場合では無いぞ」
「ど、どうして、ここに……?」
状况把握出来ない璃緒は口が半開きだ。
「その様な事はよい。早く『ゼブラ』を動かすのだ」
「な、何故?」
唇が触れるかと思うくらい、アデンは顔を近づける。鏡に映る真剣な自分だ。
「そちの街が危ないのだ!!」
「で、でも、地球から隕石は無くなったんじゃ……」
眉を潜めてアデンは呟く。
「地球は確かに助かった。だが欠片が残っておって、地表に向かってこぼれ落ちたのだ」
「え……、えええ!?」
驚く璃緒を掴んで立たせた。
「しかも、それが落ちる所はそちの街だ。そちの里親やサキ、セキグチやカオスも含めて街が消滅するのだ」
「そ、そんな……」
絶句し、絶望する彼女の手足は震える。
「……私は何ために。誰も救ってない……」
口元は戦慄いていた。
顎が持ち上げられ、その唇が尖がるほど両頬を潰される。
「聞けリオン!!」
そして璃緒の震える手をアデンは強く掴んだ。
「隕石を止められるのは『ゼブラ』しかおらぬ。急いで向かうのだ! 皆を救えリオン!!」
「で、でも、もう……、もう……、力が出せない」
掴んでいた手は璃緒の頬をぶつ。
「あきらめるのか、莫迦者!! わらわが付いておるではないか!! わらわと『ゼブラ』を信じろ!!」
淀んだ瞳に光が差したように輝き始めた。
「完全リンク出来ないわらわでも、『ゼブラ』のひと槍でも動かせようぞ」
「アデン……、力を貸して……」
「愛い妹よ、あきらめるな」
息を飲んだ璃緒は叫ぶ。
「ゼブラ!!」




