その16
当直室にいる三人の見つめるモニタ上には隕石を示すオレンジ色の反応はない。地球滅亡のカウントダウンは、二時間二十八分前で止まっていた。
「本当にやったのか。あれを破壊したというのか」
クルスの目は見開いたままだった。関口は奮える拳を作って、頷く。
「百瀬……」
男は隣のカオスを見た。カオスの安堵した顔を確認する。
「一ノ瀬、百瀬は仕留めたんだな」
「関口君……。もちろんです。リオン姫は……、我が姫は地球を救ってくれました」
クルスの笑い声が聞こえてきた。
「たいした姫様だよ。見捨てようと思えば、いつでも出来た。危険を犯してまで、命まで張ってやることは、なかった……」
やがてその声は静かに小さくなっていく。
「やはり、心のどこかで、信じていたのかもしれん。あの姫なら、何か、出来るはずだって」
「クルス……」
呟く男の口元が小刻みに震えていることを、関口は知った。
「俺がここにいる理由は全くない。あんな立派な正義の味方がいるのならな」
彼はもう一度、大笑いする。隣の二人も微笑まずにはいられなかった。
*****
突然、扉が開く。早紀が飛び込んできた。
「ここにいたのね! 三人とも!」
彼女は持っていたネットブックパソコンを、机にあったカウントダウンのモニタを弾き飛ばして置く。
「これ、見てよ!」
昨日まで見ていた動画共有サイトが液晶画面に映っていた。そこには同じ研究者の老人が説明をしている。
ーもちろん、この隕石は確かに昨日まで存在していたのです。本当に、いや確実に、三時間後に地球に衝突するはずでした。しかし今は、計算軌道上にありません。隕石は無くなりました。消滅しているのですー
早紀は喉を鳴らした。
「これって……、璃緒?」
「しっ!」
関口は早紀の言葉を遮る。彼女は困った顔をカオスに向けた。彼は目を伏せて頷く。
『これを見ていただきたい』
画面が切り替わり、地球と隕石の映像が映った。
『これは、我が財団の衛星が独自に入手した宇宙での映像です。この小さな物体が何なのかわかりません。しかしこれが、何らかの作用を隕石に及ぼしたことは明白です』
画面の半分を占めていた隕石が、青白い光りに覆い尽くされた後、二つ、そして四つに分離した。更に赤い光の玉がそれを打ち砕き、画面は白く輝く。
『この映像も宇宙空間より発信されたものであり、現在分析中です』
「あれは、きっと『ゼブラ』です」
カオスは呟く。クルスは目を丸くした。
「怒れる雷『ゼブラ』。話に聞いたことがある。『ゼブラ』は、一千年前からザベリン国の純粋な血族に受け継がれている、滅亡と破壊するための征服要塞。それが地球を守ったのか」
「百瀬が操っているんだろうよ。破壊神でも何でも、手下にしてさ」
半分誇らしげに、関口は言う。
「『ゼブラ』は、自己が認める主に完全同調します。それでなければ、まず起動しませんし、能力も発揮出来ません。そして何よりも『ゼブラ』は、認めた主しか忠誠を誓いません」
早紀は三人の顔をまじまじと見る。研究者らしき老人の解説は続いた。
『これはある意味、知的外生命存在の可能性を示唆しています。更に我々地球人にとって、この存在は無視してはなりません』
当直室の四人は静かになる。
『この存在は我々にとって未知なる脅威的な存在であり、地に生活する生き物全てにとって、未来を与えてくれた意味あるものであると確信します』
断言した口調で研究者は言い切った。立ち上がって窓に近づいたクルスは苦笑する。
「破壊神は、救世主になったのか」
「違います。姫が己の信念を貫き、『ゼブラ』が同調したのです」
微笑むカオスは、何度も自分に言い聞かせているようだった。
「ザベリンの娘は征服するために、この地にいる存在。自国を無くすことはない」
「さっきまで、終わりって言ってたのに。まだそんなことを」
関口は腕を組んでクルスを睨む。男は再び大笑いをした。
当直室に射し込む夏の日射しとは違う光が、勝利の証しとしてのものとクルスは確信出来た。
*****
隕石の中心部から離れた端の一部が独りでに割れ、意志を持って分離した。岩肌から機械の一部が飛び出す。噴射口だった。
数キロの破片はエネルギー魂で一部破壊して溶けたが、その爆裂を掻い潜り地球に向かう。
ある装置のGPS座標を目指していた。
*****
これまでの緊張感をとくために窓を開け放していたクルスは、ある一点を見つめて動かない。
「ち、ちがう……、終わっていない……」
「クルス?」
と関口が呟いたその時、テーブル上の追跡モ二タのオレンジ球体が拡大される。璃緒が守った地球だ。その地球のある地点へ導線が延びていく。線上に小さい粒が浮かんだ。その線の終末部分が点滅している。
「なんだ? また光っているぞ。ここって……」
絶句して振りかぶったクルスは、鬼の形相で叫んだ。
「そ、そいつの電源を落とせ!!」
「ど、どうしたんだよ」
慌てる関口は訳がわからず、クルスの顔にたじろぐ。
立ち上がった無造作にカオスはモニタを持ち上げ、床に叩きつけた。
「間に合わない!」
壊れた送受信機は、再びカウントダウンを始める。カオスは踵で踏みつけた。しかし欠片は天井に投影して刻み続ける。
「クルス、いったい何があったんだよ!」
「最初からここが、この街が、ターゲットだった」
クルスは胸のバッチを鷲掴みにして、二つに折って壊す。
「俺がここに来た時点で、目標は定まっていた……。あの姫がいてもなくても俺ごと破壊するつもりだった」
空を見上げたクルスは歯を噛み締めた。月とは別の物体の光が輝いている。
「姫が守りたい大切な人達のいるこの街を無くしてしまうことは、地上の他の民たちを無くすよりもダメージが大きい」
窓枠を握り絞める男は凝視する。
「死へのカウントダウンは、まだ終わっていない」
「お、おいクルス……」
戸惑う関口ときょとんとする早紀は、唇を震わせるクルスを見つめる。
カオスだけがその意味と信じ難い現実に目を伏せた。カウントダウンは二時間を過ぎている。
「もはや、これまでか」
突然、窓外から大きくサイレンが鳴り響く。次第にそれは大きくなり、街じゅうに響き渡っていった。
まるでカウントダウンに歓喜するように。
「俺は見捨てられたんじゃなく、利用されていた。俺がいるところが破壊地点。そこまでしてザベリンに、この地球に憎しみをぶつけるのか、カイザルの高官ども……」
周囲の生徒や教師は訳が分からず、グランドに集まっていた。そして皆が同じ方向を指さして向いている。
明るい太陽と青空が、何かに遮られようとしていた。
最終話に続く




